プロフィギュアスケーターの羽生結弦さん(31)が、7月19日にプロ転向から4年を迎えた。4周年を記念した特別インタビュー第2回は「4年前の怖さと今の幸せ」、「制作総指揮者として見る、スケーター羽生結弦とは」。

(取材・構成=高木恵)

×    ×    ×    ×

 4年前の7月19日、羽生さんは都内でプロ転向への決意表明会見を開いた。今の自分の姿は、当時思い描いたものと重なるのか、異なるのか。

 「あまり想像していなかったというか、想像できなかったんですよね。記者会見の時は、『これから本当に見ていただけるのだろうか』という怖さとずっと戦っていました。あの当時の言葉で言えば、現役だから見てもらえる、プロになったら見てもらえない、という怖さみたいなものをずっと抱えていました。怖かったから余計に、自分がどういう風になっていくべきなのかも分からなかったし、どういうスケートをしていけば皆さんにこれからも期待してもらって、見ていただけるようなスケーターになれるのかというのも、ちゃんと分かっていなくて、すごく怖かった記憶があります」

 単独公演への挑戦は、プロスケーターの概念を変えた。自ら企画、台本、出演、制作総指揮を務める「アイスストーリー」は「GIFT」「RE_PRAY」「Echoes of Life」と大盛況。毎回チケット争奪戦が展開され、今も変わらず満員の観客が会場を埋める。

 「そういった意味では、今の姿は想像していたものとは全然違うというか、想像できなかった自分であるのかもしれないです。皆さんが今のスケートに価値を見出してくださって、今のスケートが見たいと思って見に来てくださる。そのようなスケーターになれているということ。それが一番良かったんじゃないかなと思っています。

そういう風になりたいと、あの当時は願っていたと思うので。まだまだ自分の実力に満足は全然できないし、表現したいことをうまく体現できていないこともたくさんあるといえばあるんですけど。それでも、今の羽生結弦を見たいと思って、新作を楽しみに待っていただける。プロになってもそういう風に思ってもらえるフィギュアスケーターでいられることは光栄なことだし、とても嬉しいことだし、幸せなことです」

 「アイスストーリー」で制作総指揮も務めるようになったことで、スケーターとしての羽生結弦を多角的に見えるようになったという。いったいどのように見えているのだろうか。

 「制作指揮をやっている時は『駒』です(笑)。『こいつにこういうことをやらせるべき』みたいな感じぐらいまで、すごく外側にいるような気はします。振り付けを作っている時もなんとなくそんな感じではいます。自分が表現したいことはもちろん詰め込みますし、曲を聞いた時に急にパッて出てくる振りを大切にすることはあります。ただ、自己満足ではなく、誰かに届けるための振り付けっていうものを考えていかなきゃいけない。そうなった時に『こいつのこういうところをちゃんと見せるべきだよな』とか、『こいつのここがいいからこういう風にさせるべきだな』みたいなことを、すごく遠くの視点から作っている自分もいます」

 羽生結弦を「駒」として扱う羽生結弦。実に興味深い。

 「自分だから、雑に扱えるんですよ(笑)。自分が他の方への振りを作っているとか、他の方のアイスショーをプロデュースしているのであれば、こんなことはできないんだろうなと思います。自分だから、無理をさせ続けられてしまうというか。これをやってみたら全然できなかった、けど、『そういうものを見せたいから、やり切れよ』って言い切れちゃうみたいなところもあって。それがまた自分の今の実力を押し広げてくれるための、向上心の一つにもなっていると思います。人間は成長する時、制約がないといけないと思っていますし、いい制約になっているのかなとは思います」

 「自己満足ではなく、誰かに届けるための振り付け」と羽生さんは言った。思いのまんま、感情にまかせた振り付けを作品に乗せることはないのか。羽生さんは笑いながら、静かに首を振った。

 「全部しっかり計算しています。自分で振り付けを作っていると、毎回3段階ぐらいになるんですよ。最初は全然振りも覚えられないような感じで、バーッて作っていきます。それって通せないんですよ。

そのパートごとしか滑れないぐらいの密度でやってしまうんですよね。それがいわゆる計算されていない、一番そのまんま出てくる振りです。そしてそれをつなげて、とりあえず作ってみて、映像で編集をして、つなげて。そしてこれは多分、フィギュアスケーターあるあるだと思うんですけど…」(つづきは最終回で)

編集部おすすめ