1999年の朝日チャレンジCと京都大賞典に優勝したツルマルツヨシが8月2日、死んだ。31歳だった。

「ツルマルツヨシの会」公式ブログが同日朝10時15分に放牧場で息を引き取ったと報告した。詳細はのちほど報告するとしている。

 現役引退後はJRAの京都競馬場の誘導馬を務め、その後は宮崎県の牧場で余生を過ごしていた。2011年にオーナーが亡くなり、繋養者がいなくなったことから、元担当厩務員の中西繁夫さんが、預託料捻出のため同年10月に「ツルマルツヨシの会」を設立。翌年に引退馬協会のサポートホースとなり、会員数は徐々に増え、中西さんも会の代表として見守っていた。22年8月の本紙の取材では、宮崎県綾町の吉野牧場で余生を過ごすツルマルツヨシを支える中西さんが、「きっかけは何でもいい。引退馬のことを知り、興味を持つ人が増えるのはうれしい」と語っていた。

 シンボリルドルフ産駒のツルマルツヨシは栗東・二分久男厩舎から1998年、3歳の5月にダート1400メートルの未勝利戦でデビューV。2戦目から芝に転じ、中距離戦で99年春までに3勝目を挙げた。同年秋は、秋の盾戦線の上がり馬として注目された。900万下(現2勝クラス)の身で朝日チャレンジCを制し、続く京都大賞典では同期のスペシャルウィークや1歳下のテイエムオペラオーなど強豪を撃破して重賞連勝。体質の弱さが影響してビッグタイトルには届かなかったが、古馬の中距離路線に確かな爪痕を残した。

2000年有馬記念のレース中に左前脚繋靱帯(けいじんたい)を断裂し、競走能力喪失と診断され現役を引退した。

 22年3月には、人気ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のキャラクターとして実装されたことで、ツルマルツヨシの会の公式ブログや関連サイトへのアクセスが増えるなど注目されていた。

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