テレビ局の“一介の記者”が「日本人初の宇宙飛行者」になった衝撃と共に、宇宙の楽しさ、不思議さを身をもって日本中に伝えた秋山さんが、この世を去った。

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 2018年、三重県内の自宅に秋山さんを訪ねた。

 鍬(くわ)を片手に土をいじり、「せっかく作っても猿にやられちゃって壊滅状態。今度ブルーベリーに挑戦しようと思っていて、うまくいったら道の駅で売ろうかな」と話す姿は、畑仕事が大好きなおじさん。失礼ながら宇宙飛行士にはとても見えなかった。

 当時から36年がたつが、一般的に考えれば、現在も宇宙飛行は特別なものであることに変わりはない。ただ、秋山さん自身は「すごいことをした」という思いを一切持っていなかった。「宇宙からの中継をやってみたかっただけ。振り返れば、出張の一つのようなものですね」と冗談交じりに答えていた。

 場所は変われど、その場で起きていることをリポートするのが自分の役目。このフラットな感覚があったからこそ、「これ、本番ですか」という“名言”が生まれたとも言えるだろう。

 めったにできない経験を誇るのではなく、それをどう伝えるのか。そして、今後にどう生かしていくのか。記者として重要であることを教えられたような気がした。

(高柳 哲人)

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