「かわいいから」「少しくらいなら」――そんな軽い気持ちでの餌付けが、野生動物と人との距離を少しずつ縮めてしまうことがあります。何気なく与えたひと口が、思わぬ“悲しい結末”につながることも……。
今回は、山で目にした「ある親子」の出来事をご紹介します。

「おいで!」野生動物にお菓子をあげる親子

 ある休日の午前中。関谷結花さん(仮名・32歳)は、人気の低山で一人登山を楽しんでいました。

「天気も良くて、鳥のさえずりが聞こえる気持ちのいい日でした」

 途中、休憩できる広場に差しかかると、小さなリスが姿を現したそう。

「エサあげて写真撮ろうぜ」山で野生動物にお菓子を投げる親子。...の画像はこちら >>
「すると近くにいた親子連れの、小学低学年くらいの男の子が『かわいい! おいで!』と、お菓子を取り出してリスに差し出したんです」

 すると父親も笑いながら「ほらほら、食べろ! 手に乗ったところを写真に撮ろうぜ」と、一緒になってお菓子を投げ始めました。

「えっ……野生動物にエサをあげちゃうの? と驚きました。周りの登山客も戸惑った表情で見つめていましたが、親子は気にする様子もなくて」

注意されて反論した父親の「呆れた言い分」

 その時、近くで休憩していた年配の男性登山者が親子に近づいて「すみません。野生動物には人間の食べ物をあげないでください」と注意したそう。

「すると父親はムッとした表情を浮かべ『はぁ? 別によくないですか? 食べたがってるし』と反論したんですよ」

 すると年配の登山者は穏やかな口調のまま「人間の食べ物を覚えると、自分でエサを探す力が弱くなったり、人への警戒心が薄れたりすることがあります。結果的に、その動物の命を危険にさらすこともあるんですよ」と続けました。

 その言葉を聞いた男の子は、お菓子を握りしめたまま小さくうなずき、「パパ……もうやめよう」とつぶやいたそう。

「ですが父親は釈然としない表情で、子どもの手前、仕方なくといった感じで『はいはい、分かりましたよ』とお菓子をしまい、男の子と手を繋いで先に歩いていってしまいました」

 リスはそのまま森の中へ駆けていき、広場には再び静かな空気が戻りました。

クマ出没のニュースから、私たちが学ぶべきこと

 近年、クマが市街地や住宅地に出没するニュースが相次ぎ、野生動物と人との距離のあり方が、身近な問題としてあらためて注目されています。クマの出没にはさまざまな要因がありますが、野生動物を人に慣れさせない、人の食べ物を覚えさせないことも、人と動物との適切な距離を保つうえで大切です。

「エサあげて写真撮ろうぜ」山で野生動物にお菓子を投げる親子。餌付けの“決定的なリスク”を知らない父親の「呆れた言い分」
道路を横断するニホンツキノワグマ
 人との適切な距離を保つ必要があるのは、小動物も同じです。
リスへの餌付けは、一見すると小さな親切のように思えるかもしれません。しかし、野生動物が「人間の近くへ行けば食べ物がもらえる」と覚えてしまうと、人への警戒心が薄れたり、人の食べ物に依存したりするなど、本来の行動に影響を及ぼすことがあります。こうした餌付けが繰り返されることで、人と野生動物との適切な距離が崩れてしまうことも。

 動物の種類や地域によっては、人慣れした野生動物が人里に出没し、人身被害や農作物被害などのトラブルにつながることも。中には、駆除という悲しい結末を迎えるケースもあります。軽い気持ちで与えたひと口のお菓子が、野生動物にとって思わぬ問題のきっかけになってしまうことがあるのです。

「かわいい!」と近づく前に知っておきたいこと

 また、餌付けは動物だけでなく、人間側にもリスクがあります。野生動物との不用意な接触は、人獣共通感染症などのリスクにもつながります。環境省も、感染症予防の観点から野外での野生動物との接触を避けるよう呼びかけています。

 野生動物への餌付けは、「かわいいから」という気持ちだけでしていいものではありません。前出の親子を注意した登山者の言葉には、動物を守ることはもちろん、人と野生動物が適切な距離を保ち、登山者や地域で暮らす人たちの安全も守りたいという思いが込められていたのではないでしょうか。

「エサあげて写真撮ろうぜ」山で野生動物にお菓子を投げる親子。餌付けの“決定的なリスク”を知らない父親の「呆れた言い分」
自然
 山でのマナーは、単に自然環境や野生動物を守るためだけのものではなく、人と野生動物が適切な距離を保ち、登山者や地域で暮らす人たちの安全を守ることにもつながっています。
一人ひとりの小さな行動が、豊かな自然を守り、安心して山を楽しめる未来へとつながっていくのではないでしょうか。

<文・イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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