Kさん(女性)が60代の終わりに、築30年の実家をスケルトンリノベーションした理由は明快だった。
「健康寿命を延ばしたい」。
両親を見送り、一人に。長年温め続けた家づくりの夢をリノベで実現
■Kさん邸データ
工法木造階数・間取り2階建て・2LDK+納戸建物面積89.43m2竣工年月2025年11月世帯構成本人住宅性能上部構造評定1.62UA値 ※10.26W/m2・KC値 ※20.28cm2/m2設計・施工会社設計:永峰昌治建築設計事務所(神奈川県川崎市)耐震補強計画:遠藤大士建築設計事務所
施工:Nデザイン※1:UA値…外皮平均熱貫流率。住宅の熱の出入りのしやすさを表す。値が小さいほど熱が逃げにくく、断熱性、省エネ性が高い
※2:C値…相当隙間面積。値が小さいほど隙間が少ないことを表す
今年古希を迎えたKさんが暮らすのは、30年前に両親と建てた一軒家だ。父を亡くした後、認知症を患った母はサービス付き高齢者向け住宅へ入居。2019年に母を見送ってからは、この家で一人暮らしを続けてきた。
リノベーションへの思いが芽生えたのは、60歳で定年退職し、母の介護に専念していたころだった。
「いつかリノベーションをするなら、どんな家にしたいか」
そう考えながら、気になる情報を少しずつメモに残していくうち、「いつか理想の家を実現したい」という思いは年々強くなっていった。
「夏は暑く、冬は寒い家を高気密・高断熱で快適にしたい。そして、大好きな格子戸を取り入れたい。この2つがリノベーションの大きな柱でした。メモを見返しながら、やりたいことの優先順位を整理していきました」(Kさん)
ほんのりと淡い桜色に塗った外壁が、個性的でありながら街並みに溶け込み、品よく華やぎを添えている(写真撮影/松木雄一)
ダイニングキッチンの出窓が外観のアクセントになり、通りに暮らしの息遣いを伝える(写真撮影/松木雄一)
希望を数値化してマッチングサービスへ。理想の建築家・工務店との出会い
建築家が手掛ける美しい空間に憧れていたKさん。しかし、依頼を決意したものの、「誰に頼むか」という新たな壁に直面した。そこで利用したのが、高気密・高断熱住宅を得意とする工務店や、建築家を紹介するマッチングサービスだった。
Kさんは、自身の希望を細かく言語化してメールで送った。
内容は、「UA値0.42・断熱等級6、C値0.5~0.7以下、床下エアコンと小屋裏冷房に対応できること。さらにパッシブ設計(※)の知識があり、木や漆喰など自然素材を得意とする建築家または工務店を紹介してほしい」というもの。
※パッシブ設計:自然のエネルギーを活用する、快適で省エネな住まい設計のこと
素人離れした具体的な要望書が、理想のチームとの出会いを引き寄せた。
古建具の扱いを得意とする永峰昌治建築設計事務所の永峰昌治(ながみね・まさはる)さん。そして施工を担うNデザインは、高断熱・高気密住宅を専門とする工務店。高い施工精度への信頼も決め手になったという。
「父の四寸柱を残したかった」。スケルトンリノベを選んだ理由
建て替えではなくリノベーションを選んだ背景には、性能やコストだけではない理由があった。
「当初は建て替えも視野に入れていました。でも、スケルトンリノベーションにしたいと思ったのは、父の希望で建てた四寸柱を残したかったからです。建て替えでは柱をすべて解体してしまうため、再利用は難しいと言われて」(Kさん)
こうして、亡き両親の思いが刻まれた住まいを生かすスケルトンリノベーションが動き始めた。
キッチンを移設してリビングに吹き抜けを設け、明るく広々したLDKに(写真撮影/松木雄一)
空を望むリビングの高窓に、父の思いが込められた四寸角の柱をあえて残し、見せている(写真撮影/松木雄一)
1階は生活の場、2階は趣味空間。吹き抜けでつながる住まい
間取りの考え方は明快だ。1階に暮らしの機能を集約し、2階を趣味のアトリエとする。
「リノベ前は、椅子から一歩も動かなくても何でも手が届く暮らしが好きだったんです」
そう笑うKさん。
1階は壁付けキッチンとダイニング、リビングをひと続きにしたシンプルな構成。リビング上部には吹き抜けを設け、東・南・西からの光が家全体に回り込むよう計画されている。
「以前は同じ場所に大きな掃き出し窓がありました。でも目の前がお隣の玄関なので、開放的に過ごすには少し抵抗があったんです。
設計案を見たときは『窓が少ないのでは?』と思いました。でも永峰さんが『光は十分に回ります』とおっしゃって。その通りでした。道路やお隣からの視線は気にならないのに明るさはしっかり確保されていて、晴れた日は空に流れる雲を眺めながら、のんびりランチを楽しめます」(Kさん)
ダイニングの窓(左)からは朝日が、リビングの高窓からは昼間の光が差し込む。建築家の優れた設計力と、工務店の巧みな施工力の掛け算で、高性能の美しい家になった(写真撮影/松木雄一)
対面する隣家玄関との干渉を避けるため、南面はあえて開口部を抑え、地窓から緑を取り入れた(写真撮影/松木雄一)
アトリエ前には格子床を採用した。生活の場と創作の場はフロアで分かれているが、視線や空気の流れは緩やかにつながっている。
2階アトリエ前のホールは床が格子状で、吹き抜けと合わせて空気の通り道になっている(写真撮影/松木雄一)
水回りにも工夫が凝らされている。洗面スペースはあえて廊下に配置し、帰宅後すぐに手を洗える動線を確保。人目に触れる場所だからこそ、洗面ボウルには信楽焼を採用し、「眺めて楽しめる洗面」とした。
水回りに充てられる面積が限られていたことから、廊下に洗面コーナーを配置し、来客も意識したスタイリッシュなデザインで仕上げた(写真撮影/松木雄一)
古い欄間の透かし彫りを取り付けた、洗面上部の間接照明(写真撮影/松木雄一)
また、トイレから脱衣所、浴室へと続く動線は、一人暮らしだからこそ実現できたレイアウトだ。来客時にはトイレの扉を閉めるだけで個室として使えるため、実用性も損なわれていない。
トイレ内にある左手の引き戸を開けると脱衣兼ランドリー。窓のステンドグラスは以前に購入しておいたもの(写真撮影/松木雄一)
寝室は1階の和室。越前和紙を張った壁と細工の美しい雪見障子が、まるで茶室のような落ち着いた雰囲気をつくり出している。
玄関には家具作家に製作を依頼した手すりを設置。さらに階段は既存より勾配を緩やかにするなど、将来を見据えた配慮も随所に盛り込まれている。
和室の窓にしつらえた古い雪見障子の、格子に面取りを施した繊細なつくりは今では希少(写真撮影/松木雄一)
古建具が住まいに深みを添える。古福庵との出会い
Kさんが長年憧れていたのが、繊細な格子や組子細工を施した古建具だった。それらはLDKやアトリエの出入口、和室の障子など、住まいの随所に取り入れられている。
設計当初、永峰さんは既製品の建具も検討していた。しかし、スケルトンリノベーションによって生まれ変わる住まいには、どこか「整いすぎている」ようにも感じていたという。
そこで二人が足を運んだのが、神奈川県相模原市にある古建具と古道具の店「古福庵」だった。
「新しく製作すると1枚10万~20万円ほどかかる格子戸が、古福庵では割安で見つかることもあります。しかも状態がいい。コスト面でも非常に合理的な選択でした」(永峰さん)
住まいに取り入れた格子戸は、現代の住宅とはモジュールにズレがある。そこで、建具に合わせて開口寸法を決めるという、通常とは逆の発想で設計された。
LDK入り口の万本格子戸も、細工の細かい古建具(写真撮影/松木雄一)
さらに、障子や欄間の透かし彫り、タンスや衝立なども同じ店で選定。空間のあちこちに点在する古建具や古道具が、住まい全体に統一感と深みを与えている。
「LDK入り口の万本格子戸は、おそらく70年以上前につくられたものだと思います。私と同じくらいの年齢で、一緒に時を重ねてきたような親しみを感じるんです。新品にはない、こなれた風情があって、とても落ち着きます」(Kさん)
千本格子の古建具が、アトリエと生活空間を仕切る。壁に飾られているのはKさんの書の作品(写真撮影/松木雄一)
家具選びにも、こだわりが貫かれている。
ダイニングテーブルとリビングのソファは、永峰さんとともに長野の家具工房「木工yamagen」を訪れ、ほのかに紅がかった色合いに惹かれ、山桜材でオーダーしたもの。ダイニングチェアには、奄美の泥染めで藍色に染められた限定仕様のYチェアを選んだ。
(写真撮影/松木雄一)
また、ステンレスのワークトップが印象的なキッチンは、建築家からの支持も厚いヤジマ製。
「こんなにしっとりとした質感のステンレスは初めてでした」(Kさん)
しっかり厚みの感じられるステンレストップとメープルの面材が気に入ったキッチンで、お茶を淹れるKさん。茶道も趣味の一つ(写真撮影/松木雄一)
新しいものと古いもの。手仕事の温もりと住まいの性能。そのどちらかを選ぶのではなく、自分が本当に好きなもの、納得のいくものを丁寧に選び取ったことが、この家ならではの心地よさにつながっている。
全館空調と高気密・高断熱、耐震補強も万全を期して
「死にたくなかったから(笑)」
高気密・高断熱にこだわった理由を尋ねると、Kさんはそう笑う。改修前の住まいは冬の寒さが厳しく、一人暮らしになってからはヒートショックのリスクも気になるようになっていた。
新しい住まいでは、床下エアコンと小屋裏エアコンによる全館空調を採用した。冬は床下から暖気を送り、夏は小屋裏から冷気を下ろすことで、家全体を快適な温度に保つ。
さらに、断熱等級6相当(UA値0.42)、C値0.5~0.7以下の高気密・高断熱性能と第一種換気を組み合わせることで、室内の温度差はほとんどなくなった。驚くことに、全館冷暖房を行いながらも光熱費は改修前より減っているという。
住み始めてまず実感したのは、睡眠の質の変化だった。
「夜中に目が覚めることがほとんどなくなりました。今朝も3時間も寝坊してしまって(笑)。それだけ深く眠れるようになったということだと思います」(Kさん)
室内環境の変化は、数字にも表れている。
入居当初は20%台まで下がることもあった湿度が、数カ月をかけて40~50%程度に安定。ホタテ漆喰の壁や越前和紙が持つ調湿効果も、その一因と考えられる。
Kさんはリビング、和室、脱衣所、アトリエの4カ所に温湿度計を置き、日々の変化を記録している。
「息をするのが楽になったような気がしています」
性能向上は目に見えにくい。しかし、その効果は毎日の睡眠や体調といった形で、確実に暮らしに現れている。
壁・天井はホタテ漆喰塗り。一度塗りで質感豊かに仕上げることができるため、コストメリットもある(写真撮影/松木雄一)
暖房は1階の床下エアコン1台で行う。暖気を床下から室内に送るガラリが、床に設置されている(写真撮影/松木雄一)
高気密・高断熱と並ぶもう一つの柱が、耐震性能の向上だった。
スケルトン状態にした躯体に構造用合板を追加し、構造計算の専門家とも連携しながら耐震性能を高めている。
「断熱性能を高めるだけでなく、耐震性能もしっかり確保することで、安心して暮らせる基盤を整えました。デザインや趣味の空間は、その上に成り立つものだと思っています」(永峰さん)
地震の多い日本において、特に一人暮らしのシニアには耐震性能は欠かせない要素だ。
キッチン上には、梁を露出。部屋を広くするために既存柱を撤去しつつ、新たな梁を加えて耐震性を担保した(写真撮影/松木雄一)
住んで実感した、住まいが変える人生
リノベーションによって変わったのは、住まいの快適さや安心感にとどまらない。
「人は、整った空間に暮らすことが大切なんだと実感しました。荷物に囲まれた暮らしをしていると、なかなかそこから抜け出せない。でも、心地よく整った空間があると、それを保ちたいと思うようになるんですね。キッチンも、毎晩きれいに拭き上げてから寝るようになりました」(Kさん)
趣味を楽しむ環境も大きく変わった。
2階のアトリエを書道や折り紙、ビーズ手芸、水引細工のための空間として思う存分使うことができ、広げたままにしておいても生活には支障がない。月2回の書道教室や毎週の朗読教室に加え、「やりたい」と思ったときにすぐ始められる環境が、日々の暮らしに張りを与えている。
2階のアトリエは12畳とゆったりした広さ。天井を取り払って小屋裏空間も室内に取り込んだことで、さらに伸びやかに(写真撮影/松木雄一)
うれしい変化はそれだけではない。
「近所の友人が遊びに来ると、まるで旅館に来たみたいで心が休まる、と言ってくれるんです。自分だけでなく、お友達の役にも立てているのかなと思うとうれしくて」(Kさん)
二度の引越しが、人生の棚卸しになった
リノベーション工事に伴い、引越しを二度行ったことで、Kさんは大量の両親の遺品や自分自身の所持品と向き合うことになった。それは、単なる荷物整理ではなかった。過去の人生を振り返り、両親との思い出も含めて、本当に大切なものだけを選び取る作業でもあった。段ボールの中からは、若いころに夢中になっていた手芸作品も見つかった。それらは新居のアトリエに設けたガラス扉付きの飾り棚に収められ、再び日の目を見ることになった。
飾るスペースとしまうスペースを充実させ、段ボールにしまい込まれていた過去作品も眺めて楽しめる環境に(写真撮影/松木雄一)
さらに、思いがけない発見もあった。30年前の引越しの際、階段下の段ボールにしまわれたまま忘れられていた、100年以上前の古時計が見つかったのだ。その時計は2階アトリエの壁へ。今では唯一無二のアンティーク品として、空間に静かな存在感を添えている。
100年以上の家族の歴史をまとう古時計も、心地よい居場所を得た(写真撮影/松木雄一)
若いころ母が見立ててくれた和服の帯を、古福庵で購入した古い和ダンスの上に飾って楽しむ(写真撮影/松木雄一)
実家リノベという選択が拓く、新しい後半生
今後、日本では一人暮らしのシニア世帯がますます増えていくと予想される。親世代から住まいを受け継ぐケースも少なくないだろう。
スケルトンリノベーションは、必ずしも新築より安く済むとは限らない。しかし、住み慣れた家や地域とのつながりを維持しながら、かけがえのない思い出とともに、これからの暮らしに合わせて住まいを再構築できることは大きな魅力だ。
Kさんの事例が教えてくれるのは、体力や気力、そして判断力のあるうちに住環境を整えることが、その後の人生の豊かさにつながるということ。
高気密・高断熱による快適な室内環境。趣味に没頭できるアトリエ。長年愛着を抱いてきた古建具。そして、気軽に訪ねてくれる友人たち。この家は単なるリノベーション事例ではなく、「これからどう生きたいか」という問いへの一つの答えでもある。
設計・施工チームとの関係について、Kさんは「家族が増えたような感覚」と表現する。
一人暮らしとなり、親族を見送ったKさんにとって、半年以上にわたって住まいづくりをともに進めた設計者や施工者の存在は、今も頼れる「専門家の家族」なのだという。
「工事費は最初に想定していた金額の倍くらいかかりましたが、後悔はまったくありません。一つひとつ自分で考え、自分で決めたから。後悔があるとしたら、もっとお金をかければよかったかも、ということくらいですね(笑)」
アトリエには筆を洗う流しも設置した。友達を招いて趣味を一緒に楽しめる余裕の広さ(写真撮影/松木雄一)
住まいは人生の器だと言われる。Kさんの住まいから伝わってくるのは、老後を不安の時間としてではなく、好きなことを楽しみ、自分らしく暮らすための時間として捉える姿勢だ。
実家リノベーションという選択は、住まいを変えるだけでなく、これからの人生そのものを前向きにデザインすることなのかもしれない。
■ シニアの実家リノベ、ここがポイント──Kさんの事例から学ぶ5つのこと
- 希望を「言語化」してから動く。数値・仕様・優先順位をまとめた要件リストが、理想のチームとの出会いを引き寄せた。
- 住み慣れた家の「強み」と「弱み」を熟知しているからこそ、どこを改善すべきかが明確になる。これが実家リノベの最大の強み。
- 体力・気力・決断力があるうちに動く。老後を迎えてからでは遅い。健康でいる間に住環境を整えることが、健康寿命を延ばす近道。
- 「高性能」と「好き」を両立させる。高気密・高断熱などの性能面と、古建具・自然素材などのデザイン面は相反しない。優先順位を明確にして、予算の中でベストを選ぶ。
- 地域コミュニティとのつながりを継続できる。転居せずに住み続けることで、長年培ったご近所とのつながりや居場所も守られる。
●取材協力
永峰昌治建築設計事務所

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