高市政権の肝いり政策である戦略17分野の官民投資ロードマップと骨太の方針の骨子案が公表されました。この官民投資で潜在成長率の押し上げにつながればもちろん良いわけですが、過去に何度も打たれた経済対策で潜在成長率が上がったかというと…。
戦略17分野の官民投資額、2040年度まで累計370兆円超
政府は6月24日、首相官邸で開催した経済財政諮問会議と日本成長戦略会議の合同会議で、2040年度まで累計370兆円超とする「戦略17分野の『主要な製品・技術等』における官民投資額」(官民の内訳は未公表)と、そのロードマップ(案)を公表しました(注)。
(注) 17分野とは、AI・半導体、デジタル・サイバーセキュリティ、情報通信、量子、防衛産業、航空・宇宙、海洋、造船、マテリアル(重要鉱物・部素材)、合成生物学・バイオ、創薬・先端医療、資源・エネルギー安全保障・GX、フュージョンエネルギー、防災・国土強靭(きょうじん)化、港湾ロジスティクス、フードテック、コンテンツ
さらに、例年なら「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)が閣議決定された後に出す「中長期の経済財政に関する試算」を、今回はロードマップの公表とあわせ公表しています(「日本成長戦略の下での中長期的な経済・財政の姿に関する試算」)。ちなみに、今年の骨太方針の骨子案は25日に公表されました。
以下では、それらを見た第一印象を、市場に及ぼす影響という観点から注視すべきポイントに絞って簡単にまとめたいと思います。
ちなみに、この戦略17分野の官民投資が、高市政権のもくろみどおりに日本の潜在成長力を高めることにつながればよいと思っています。しかし、過去に何度も打たれた経済対策の効果を見る限り(図表1)、それによって潜在成長率が高まるとはなかなか期待しにくい、というのが正直なところです。
<図表1 経済対策と潜在成長率>
むしろ、供給制約によってインフレが生じている現在の日本経済で、今回打ち出されたような野心的な投資促進策を講じればいったい何が起きるのか、つまり、経済・物価や市場に与える副作用について意識しておくことは、国民生活の観点から、あるいは投資家目線から必要なことだろうと考えています。
本当に民間設備投資の呼び水となるのか
民間企業の設備投資はボランティアではありません。政府がいくら「370兆円投資せよ」とロードマップを描き、数兆円規模の補助金を用意したとしても、企業は「中長期的に採算(リターン)が見込める」と判断しなければ、投資に踏み切ることはできないでしょう(踏み切るべきでもありません)。
政府の要請に従って、あるいは将来の見通しが甘くて大規模投資に踏み切った場合、5年後、10年後になって製品が国際競争に負け採算割れとなれば、投資した設備は不良債権化することになります。資金制約によって投資に踏み切れない状況がもともとあったのなら別ですが、企業はそうしたリスクをとるかどうか判断することになります。
結局、民間企業の投資が適切かどうかは、株価を通じて市場が評価することになります。市場経済における審判は、政府のロードマップではなく株価です。
半導体やAIといった分野は特にそうですが、技術革新のスピードが異様に早い分野では、巨額の固定費を伴う投資は大きなリスクを伴います。政府が示したロードマップに列挙された『日本の勝ち筋』も、2040年度までの長期を見据えると、勝ち筋のままでいられるのか不確実で、場合によっては過剰投資という結果につながるかもしれません。
市場には、国が深く関与したビジネス(いわゆる国策民営、第三セクター、あるいは過去のジャパン・ディスプレイやルネサスエレクトロニクスの再編劇など)に対する警戒感があります。政治の思惑が入ると経営判断が遅れ、結果として株主価値が毀損(きそん)されるケースを市場は何度も目撃してきました。
政府主導の色彩が強すぎるプロジェクトには、むしろ市場から「国策ディスカウント」のようなマイナス評価が下る可能性があります。というより、プロジェクトそのものが立ち行かなくなるリスクも考えられます。いずれにせよ、一つ一つの投資案件を見る市場の目線はかなり厳しくなる可能性があるとみています。
供給制約下におけるインフレリスク
さらに、民間設備投資が進むかどうかを不確実にしている背景が供給制約です。特に労働供給制約が、思いのほか設備投資の促進を妨げる可能性があります。
図表2は日銀短観の雇用人員判断DIと生産・営業用設備判断DIですが、2025年1月の「展望レポート」では、近年、人手不足によって前者の不足超幅が拡大しているにもかかわらず後者の不足超幅が拡大していないことを、労働供給制約の証左として指摘しています。
<図表2 雇用人員判断DIおよび生産・営業用設備判断DIとGDPギャップ>
こうした労働供給制約がきつい下で、企業の設備投資が活発化すれば、当然、賃金や物価に大きな上昇圧力がかかることになります。設備投資が供給力押し上げに寄与するまで時間がかかることを踏まえれば、しばらくは、特に企業間取引における物価(企業物価指数)が高まりやすい状況になることが予想されます。
「財政従属」への懸念が長期金利の上昇に拍車をかけるリスク
インフレが高まればそれを織り込み、長期金利が上昇します。加えて、日本銀行が財政従属に陥るという懸念が長期金利の上昇に拍車をかける可能性もあります。
ロイター通信は25日、「7月にまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で、民需を支える適切な金融政策運営が非常に重要との認識を示す方向で調整に入った」と報じ、長期金利が上昇しました。
実際、そうした記述があるかどうかは骨太の方針が公表されるまで分かりませんが、市場は利上げを進める日銀に対して高市政権が圧力をかけようとしているとの見方を強めています。
前出の内閣府による「日本成長戦略の下での中長期的な経済・財政の姿に関する試算」では、民間投資が最も誘発されるケースで実質国内総生産(GDP)成長率が1%台後半、名目GDP成長率が3%台半ばまで高まり、2040年度には名目GDPが1,100兆円に近づくとの結果を示しています。
高市早苗首相は25日の経済財政諮問会議で、「成長戦略の経済効果が十分に発現した場合、一定の追加的な財政支出の下で、債務残高対GDP比がおおむね安定的に低下する姿となり、『経済成長』と『財政の持続可能性』の双方が実現できるとの見通しが示されました」と述べました。
しかし、一つ疑問なのは、その試算の裏側にある長期金利の姿です。資料にはそれに関する記述が見当たりません。潜在成長率は1.8%との記述がありますので、それに物価安定目標の2%を足した4%くらいかなといった想像はできますが、いずれにせよ潜在成長率の上がり方といい、試算そのものが少し楽観的な印象は拭えません。
長期金利の想定が変われば、高市首相が言う「債務残高対GDP比がおおむね安定的に低下する姿」も変わってきます。従って、長期金利の上昇につながる利上げは避けたいということなのかもしれませんが、日銀に圧力をかけるといった姿勢そのものが長期金利を押し上げ、円安を助長させることにつながるため注意が必要です。
(愛宕 伸康)

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