今年初め、AIエージェントの急速な台頭により「SaaSは死んだ(SaaS is dead)」といった悲観的な声が聞かれるようになりました。しかし、過度な悲観論は収まり、一部の有力SaaSについては再評価の流れも見られるようになりました。

国内SaaSの展望について、SaaSアナリストの早船明夫氏が解き明かします。


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業績堅調も、評価は低迷

早船明夫さんプロフィール

【潮流】「死んだ」はずのSaaSが、静かに再評価されるワケ
株式会社ユーザベースでSPEEDA事業を推進後、独立。SaaS企業・スタートアップ分析note「Next SaaS Media Primary」を運営する株式会社クラフトデータを創業する。国内VCファーストライト・キャピタルの外部パートナー/チーフアナリストも務める。日経新聞、NewsPicksやBusiness Insider Japanなどでも執筆多数

トウシル編集部(以下、トウシル):国内SaaS企業の現状をどう見ていますか?


早船明夫さん(以下、早船):ファンダメンタルズ(業績)は決して悪くありません。特にトップ層に関しては、堅実な成長を続けている会社が多数存在します。


 ただし、株価や時価総額という視点で見ると、市場の評価は芳しくありません。2020年から2021年にSaaS企業への期待がピークにあった時期、国内SaaSの株価売上高倍率(PSR)が平均で16~20倍もありました。


 しかし、現在は国内SaaSのPSRが平均で2~3倍程度まで調整されています。これは過去10年間の中でも極めて低い水準です。


 SaaSは「死んだ」のではなく、「過度な期待が剥落し、実力値で評価されるフェーズ」に入ったのだと私は考えています。


大手国内SaaSのPSRの変化(5年前との比較)   時価総額
(億円) 売上高
(億円) PSR
(2021年6月末) PSR
(2026年6月末) ラクス 3,136 597 23.9 5.3 マネーフォワード 2,236 554 21.9 4 Sansan 1,753 537 19.1 3.3 サイボウズ 1,126 421 6.8 2.7 freee(フリー) 1,121 419 54.1 2.7 出所:クラフトデータ
注:売上高は会社予想。データは6月末時点。PSRは時価総額÷売上高

「SaaSの死」の本質

トウシル:今年初めから「SaaSは死んだ」という悲観論が聞かれるようになり、各社の株価が大きく下落しました。その要因は何でしょうか?


早船:SaaSへの懸念が急速に広がったのは、「AIエージェントによるSaaSリプレイス懸念」が主因です。


 ChatGPTやClaudeなどの急速な進歩によって、「既存のSaaSが不要になるのではないか」という懸念を抱く投資家が増えました。確かに、技術的な進化スピードにはすさまじいものがあります。


 しかし、実務レベルで見たとき、日本の大企業や中堅・中小企業が明日から即座にAIエージェントに業務を全委託できるかといえば、そうではありません。国内SaaS企業において、解約率が急増したり、新規顧客がAIのせいで全く取れなくなったりという事態は、現時点ではほとんど見られません。


 日本の企業文化やITリテラシー、既存の基幹システムとの兼ね合いを考えると、システムが入れ替わるには5年、10年という長い時間が必要です。つまり、「SaaSが死ぬ」というよりは、「SaaSが次の進化を求められている」というのが正確な認識でしょう。


 足元では、パニックによる下げは落ち着きを取り戻しており、金融系クラウド企業のFinatext(フィナテキスト)ホールディングス(4419)のように、一時はリプレイス懸念で大きく売られた銘柄が、高値を更新しに来るような動きも見せています。ようやく冷静な判断が戻ってきた、というのが現状です。


【潮流】「死んだ」はずのSaaSが、静かに再評価されるワケ
出所:クラフトデータ

「次に伸びるSaaS」の共通点

トウシル:今後、再評価されていくのはどのようなSaaSだと思われますか?


早船:大きく分けて、二つの軸で見ていくべきだと考えています。一つ目は、Sansan(4443)、ラクス(3923)、マネーフォワード(3994)、freee(フリー:4478)のような「圧倒的な地盤を持つトップランナー」です。


 こうしたトップランナー企業に共通するのは、獲得可能な最大市場規模(TAM)が大きいという点です。例えば、フリーやマネーフォワードは、数百万社をターゲットにできる会計領域で大きなシェアを持っており、特定のニッチ領域に特化した企業とはTAMの規模が大幅に異なります。


 こうしたトップランナー企業は、一度導入されると解約されにくい「スイッチングコストの高さ」を武器に、周辺領域へサービスを拡張し続けています。あわせて、「既存顧客の単価アップ」と「新規顧客の獲得」という両輪を回すことで、市場環境に左右されない安定した高成長を維持しているのです。


 一方で、伸び悩んでいる企業は、年間経常収益(ARR)の絶対額も低く、成長率も鈍化し、利益も出ていない。

この差が、市場での評価にも如実に表れています。


SaaSの進化系「BPaaS」

早船:二つ目は、生成AIによる恩恵を受けるSaaSです。


 企業が生成AIを安全に使いこなすためのプラットフォームを提供する「AI活用支援SaaS」は成長が加速するでしょう。


 その一例が、会社が従業員の生成AIの利用をセキュアに管理し、機密情報が流出するリスクを防ぐサービスを提供するエクサウィザーズ(4259)です。同社は、年間100%以上の成長率を記録しました。


 彼らはSaaSとしてツールを提供するだけでなく、AI導入のコンサルティングやインテグレーションにまで踏み込んでおり、プロダクトとコンサルティングの両面から収益を上げています。


 もう一つ、生成AIの普及による恩恵が期待できる分野が、SaaSと業務代行(BPO)を掛け合わせた「BPaaS(Business Process as a Service)」です。


 BPaaSは、SaaSの進化系で、従来のSaaSが「ツールを提供する」だけだったのに対し、BPaaSは「ツールを使って業務プロセスそのものを巻き取る」というモデルです。


 経費精算やコールセンター業務は、生成AIを使えば大幅に効率化できます。しかし、人手やITリテラシーの不足により、「自社では使いこなせない」という企業が山ほどいます。


 そうした顧客に対し、専門チームを組成し、AIを活用して業務をまるごと代行するのがBPaaSです。この方法であれば、リテラシーの低い顧客でも確実に恩恵を受けられます。


 サービスを提供する企業側から見ると、「労働集約的なBPOをデジタル化することで高い利益率を確保できる」という利点もあり、kubell(旧Chatwork)などがこの領域で実績を上げ始めています。


有望SaaSを見抜く「Rule of 40」

トウシル:SaaS企業への投資を考える上で重視すべき指標はどれでしょうか?


早船:特に重視すべきは、優良SaaS企業の目安となる「Rule of 40(ルール・オブ・フォーティ、売上成長率+営業利益率が40%以上)」という成長と利益のバランスを示す指標です。


 4~5年前、SaaS企業は「赤字を掘る」のが当たり前でしたが、トップランナー企業を中心に利益をしっかりと出せている会社が増えています。例えば、名刺管理でトップのSansanは売上成長率が24.5%、営業利益率は15.5%、その合計は40%です。


 こうした優良企業でも株価収益率(PER)が、日経平均株価の平均PER(約17倍)と比較してもディスカウントされていることがよくあります。


 Sansanのような高い成長と利益を両立する企業だけでなく、ラクスのように事業売却により成長率が一時的に40%を割っていても、高い利益率と中期経営計画への信頼感から、評価をされ続けている銘柄もあります。


Rule of 40を満たす国内SaaS   売上成長率 営業利益率 合計 ラクス* ▲1% 34.4% 33.4% Sansan 24.5% 15.5% 40% プラスアルファ・コンサルティング 14.1% 38.5% 52.6% PKSHA Technology(パークシャテクノロジー) 60.8% 14.3% 75.1% エクサウィザーズ 30% 14.7% 44.7% FinatextHD 40.2% 21.5% 61.7% スマレジ 15.3% 26% 41.3% 弁護士ドットコム 25.9% 14.6% 40.5% オロ 15.2% 30.6% 45.8% eWell 26.1% 45.1% 71.2% トヨクモ 19.4% 32.8% 52.2% 出所:クラフトデータ。▲はマイナスを示す
注:売上成長率は会社予想。データは6月末時点。*ラクスの人材派遣事業の売却影響を除いたSaaS事業の成長率は、15%以上であり、実質的にRule of 40を満たしている

 生成AIの影響など事業の中身を精査する必要はありますが、しっかり利益を出しつつ、成長率も維持しているSaaSは狙い目だと私は考えています。


(呉 太淳)

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