過去最大の為替介入は、あっという間に効果を失いました。日本経済が直面しているのは、一時の円安でなく、通貨と国債の価値が同時に揺らぐ「骨太の円安」です。

なぜ日銀が利上げをしても円安は止まらないのか?「1ドル=180円」「長期金利5%」という破滅的なテールリスクは現実になるのか? 日本経済の今そこにある危機を考えます。


1ドル=180円、金利5%の時代がやってくる?積極財政の責任...の画像はこちら >>

はじめに:27兆円の介入でも止まらない「骨太の円安」

 2026年8月までの今年実行された為替介入の累計総額は、過去最大となる27兆円に達しています。これは日本の外貨準備の1割以上をわずか数日のうちに投入した計算となり、仮にこれを現金で給付していれば国民1人あたり22万円以上を分配できたほどの巨額な規模です。


 しかし、為替介入はあくまで一時的な時間稼ぎにすぎません。これほどの資金を投じても、その効果は1カ月と持たなかったのが現実です。根本的な円安トレンドを止めるには、市場の期待を上回る日本銀行の継続的な利上げと、明確な財政のコミットメントが不可欠です。


1. 日銀が利上げしても「円安が終わらない」三つの理由

 日銀は9月17~18日の政策会合で、政策金利を1.25%へ引き上げることはほぼ確実とみられています。日銀は、円安を抑制または是正することを直接の目的として利上げすることは、公式に否定しています。とはいえ、行き過ぎた円安が輸入物価を通じて国内のインフレ圧力を高めている中で、日銀がこれ以上為替に無関心でいることはできない状況になっています。


 しかし、日銀が利上げを実行したとしても、円安トレンドが反転することはないと考えます。その理由は以下の3点にあります。


1-1 利上げの完全織り込みによるサプライズの不在

 為替相場を動かすのはサプライズです。すでに市場は今月の利上げのみならず、その先の追加利上げ可能性まで消化した上でドル買い/円売りを進めています。前回の介入後に155円台まで買われた円が、あっけなく160円台へ押し戻されたことがその証拠です。


1-2 日米金利差はむしろ拡大へ

 米国ではインフレが依然として高すぎることを米連邦準備制度理事会(FRB)は懸念しています。ウォーシュFRB議長は8月末のジャクソンホール会議で、「必要ならば追加引き締めも辞さない」姿勢を明らかにしました。

日銀が0.25%ずつの緩やかな利上げを行ったところで日米金利差は埋まるどころか、スピードの差から拡大するとの見方も出ています。


1-3 政策スタンスの「後手(ビハインド・ザ・カーブ)」

 日銀が今後の追加利上げに慎重な姿勢を示したり、円安防止への言及が弱かったりすれば、市場は「材料出尽くし」と判断します。「日本はインフレと円安を本気で抑える気がない」との印象を市場に与えてしまったら最後、見切り売りの円売り圧力が一段と強まることになるでしょう。


 通貨のその価値を変えるのは、ファンダメンタルズが変化した場合に限られます。利上げでも介入でも円安が止まらない状況では、1年後に1ドル=180円を超える水準に到達することは、決して突拍子もないシナリオではありません。


2. 財政懸念による「長期金利5%」という悪夢

 高市政権が推し進める「責任ある積極財政」は、戦略的な財政出動によって経済成長を最優先する政策で、これまでの「歳入の範囲内で支出を抑える(財政均衡主義)」という財政政策とは全く異なり、国債を増発してでも、積極的な投資による経済拡大を目指しています。


 そして高市政権が言う「責任」とは、将来の日本経済に責任を持つための投資という意味で、あらかじめ財源を確保してから予算を組むという意味ではありません。市場が考える責任と政府の主張には大きな溝があるのです。


 あらかじめ財源を担保しない国債増発姿勢に対し、市場は「日本の財政規律の欠如」として強い警戒感を抱いています。重要なことは、過去の債券市場の暴落はほとんどの場合、国の借金の大きさ(債務対国内総生産[GDP]比率)ではなく、政治的な失策が原因となって発生していることです。


 債券市場では大変動が起きています。新発10年物国債利回りは、30年ぶりの水準となる3.0%台へ上昇しました。この水準は、3年後には歳入の3分の1以上が国債の利払いや償還に消えてしまうという危険域です。


 通常、教科書的には「金利上昇=円高」です。

しかし、今後起こりえるのは中央銀行の意志による金融引き締めではなく、「財政悪化を嫌気したリスクプレミアムの上昇(国債売り)」です。


 日本国債の信用低下による国債価格の暴落で逆相関にある長期金利が急上昇、セーフヘブンとしての地位を失った円が加速的に売られるという、新興国型「悪性の金利上昇で円安」の新しいフェーズに進みつつあるのです。


 現時点で「長期金利5.0%」という数字はメインシナリオではなく、テールリスク(甚大な影響を与えるが発生確率は低いリスク)の段階ですが、長期金利4.0%が現実味を帯びる中では、決して否定できない最悪の着地点です。


3. 1ドル=180円、長期金利5%の最悪シナリオ

 なぜ政治はこの危機を回避しないのでしょうか。その理由は、経済の論理と政治の論理の違い、あるいは「痛みの見えやすさ」の違いにあります。


 利上げは「目に見える痛み」です。利上げをすると、住宅ローン金利の上昇、中小企業の負担増、株価や不動産価格の下落など、「利上げしたせいで景気が悪化した」という政権への批判に直結しやすいのです。


 一方、円安は「目に見えにくい痛み」です。円安による物価高は徐々に進行します。企業は値上げするときに人手不足や原料高騰などとさまざまな理由をつけるので、どこまでが円安の責任か分かりにくいところがあります。


 一方で円安は輸出企業や観光業には恩恵をもたらします。インフレは、利上げよりも補助金(財政政策)で抑えた方が支持を得やすいというのが政治の論理です。


 高市政権は、日本の「失われた30年」に完全な終止符を打ち、日本経済を持続的な成長軌道に乗せようとしています。しかし、それが失敗に終わった場合は、本格的な金融引き締めの先送りと、大規模な財政出動(インフレ下での需要創出)のために「1ドル=180円・長期金利5%」という破滅的なシナリオが現実となるかもしれません。


 政治は市場からのメッセージを素直に受け止めて反応すべきだという意見があります。介入という手段で、ファンダメンタルズに逆らって価格を支えようとする政府は、最終的には常に敗北します。負け方に違いがあるとすれば、その事実に気づくまでにどれだけの費用を費やすかということだけです。


(荒地 潤)

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