半導体市場の「次のけん引役」としてフィジカルAIへの注目度が高まっています。自動車やロボット、造船などの基幹産業がひしめく九州はフィジカルAIの一大集積地に変貌するポテンシャルを持っています。
ジェンスン・フアンの期待
日本人は日本の強み・価値を理解すべきだ──。
去る2026年7月、エヌビディア(NVDA)CEOのジェンスン・フアン氏が来日。その際、記者会見などを通じ、叱咤激励とも受け取れる上記のメッセージを発信しました。
フアン氏が指摘する「日本の強み」とは、自動車や産業ロボットをはじめとするメカトロニクスや、半導体などの製造を支える装置・部品や素材・化学品といった産業です。こうした分野で、エヌビディアが普及に力を入れるフィジカルAIを浸透させれば、日本の製造業が再強化されるとフアン氏は語りました。
生成AIの用途が文字や画像などの情報検索・整理のような事務作業中心なのに対して、フィジカルAIは重力や慣性の法則、作用・反作用、摩擦が働く、リアルな世界で動きのある作業の自動化に応用されるものです。
フアン氏は日本に対して熱いメッセージを寄せるだけでなく、来日期間中やその前後に数多くの日本企業と提携を発表しました。
例えば、自動車分野ではトヨタ自動車(7203)と、富士通(6702)、ファナック(6954)、安川電機(6506)とはロボットにまつわる提携、またソニーグループ(6758)(以下ソニー)やホンダ(本田技研工業:7267)、ソフトバンク(9434)などが参画する国産AIプロジェクト、川崎重工業(7012)とはロボットのほか造船を対象とする次世代ものづくりシステムにおける提携を結びました。
日本企業は製品の性能が優れているだけでなく、「トヨタウェイ」に代表されるように製造現場において不良を出さず、無駄が少なく効率的な生産を実現するノウハウが現場にあるとされています。
ただし、そうしたノウハウの多くは、必ずしも言語で表現できない暗黙知として個人の中に埋もれたまま。高齢化に伴うベテランのリタイアによって、ノウハウが失われていく懸念が絶えません。
そこで、日本の現場に眠る暗黙知をフィジカルAIというデジタル資産に置き換えることで、日本の製造業の強みを維持し、さらには世界へとビジネスを広げることをフアン氏は切に願っているのです。
準最先端技術がやってくる
ここでいったん、シリコンアイランド・九州の話に戻ります。
タイワン・セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC:TSM)に加え、ソニーやデンソー(6902)、トヨタ自動車が出資する合弁会社JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)が2024年末に稼働を始めた第一工場は、15年以上前の古い世代の技術を用いて半導体を製造しています。
主な用途は、熊本県や長崎県に工場を構えるソニーのイメージセンサーや車載向けのプロセッサ。こうした用途では先端の半導体は必ずしも必要ではありません。それよりも、日本国内で安定調達できることが最大のメリットとなっています。
続いて、2028年に稼働が見込まれるJASM第二工場は、より先端の製造技術を導入する計画です。例えば、昨年発売のiPhone17の頭脳部である半導体チップにも採用されている世代です。第二工場が稼働する予定の2028年時点でも、「準最先端」領域として、AIデータセンター用にも使われる見通しです。
TSMCの アニュアルレポート を読む限り、JASM第二工場で出荷される製品は、供給が追い付いていないAI半導体として世界に輸出することを念頭に置いているようです。つまり、第一工場は主に国内向けであるのとは対照的に、第二工場は輸出も視野に入れる拠点ということになります。
第二工場で作る半導体を巡り、一つの疑念が付きまとっています。それは、日本には先端半導体の大口需要が存在しないのではないかということです。
一方、TSMCがアリゾナ州に大型投資を継続している米国は、AI開発の先進地であり、エヌビディアのようなTSMCに生産委託しているファブレス企業も集積しています。こうしたAIのエコシステムの存在は、TSMCが米国で先端半導体を現地生産する上で一つのインセンティブとなります。
日本においても、JASM第二工場で製造する先端領域の半導体の需要を国内で創出することは、投資が投資を呼ぶエコシステムを形成する上で重要なポイントとなります。
九州のポテンシャル
こうした中、日本にはフアン氏も期待するフィジカルAI領域があります。その点、JASMをはじめ半導体関連企業が多数拠点を構える九州において、フィジカルAIのポテンシャルはあるのでしょうか。
シリコンアイランドとして知られ、近年半導体の話題が沸騰している九州ですが、それ以前の九州の産業を象徴するフレーズとして「カーアイランド九州」があります。
古くは日産自動車(7201)が拠点を構え、1990年代から2000年代にかけてはダイハツ工業を含むトヨタグループが、福岡県や大分県を中心に自動車産業の集積化が進み、今ではトヨタのおひざ元の中京地区に次ぐ自動車産業の一大集積地となっています。
フィジカルAIの本丸として位置づけられるロボットはどうでしょうか。北九州市にエヌビディアとも提携している産業ロボット大手の安川電機があります。
また、造船業がさかんな四国・中国地域と近隣する九州には、長崎県の本社を構える大島造船所のほか、各社の造船所が存在しています。その産業集積が認められ、九州で3番目となる政府の戦略産業クラスターとして、造船業が認定されました。
ちなみに九州で最初の産業クラスターはもちろん半導体。そして2番目の産業クラスター、実は風力発電です。
その象徴として、Jパワー(電源開発:9513)や九州電力子会社が出資した北九州市の洋上風力発電所「北九州響灘洋上ウインドファーム」が2026年3月に稼働。いくつかの風力発電のプロジェクトがとん挫する中、国内最大出力となる発電所が稼働したことで、にわかに九州産の風力に注目が集まっています。
さらには、風車製造の世界最大手デンマーク・べスタスが風車の組み立て拠点を北九州市に設立すると発表。フアン氏が来日した時期と重なる2026年7月のことです。
このように半導体のみならず自動車、産業ロボット、造船、洋上風力発電所(風車)という日本の基幹産業や重点育成産業が集積しています。つまり、九州は自動車や産業ロボット向けにフィジカルAI半導体の一大需要となり、さらには日本の重要産業の製造現場にフィジカルAIを実装したロボット・装置の一大市場にもなりえます。
フィジカルAIパークとなるか
とはいえ、九州にも欠けている要素があります。研究開発や設計の機能です。
例えば、TSMCは横浜やつくばに設計や開発の拠点を持っています。韓国サムスンも、2026年9月に横浜に開発拠点をオープンしました。日本のルネサスエレクトロニクス(6723)も、その研究開発機能は主に東京、群馬、茨城の関東エリアの拠点が担っています。
そのほかにも、トヨタの本丸は中京地区です。
突破口となりそうなのが、熊本県といった地方自治体と三井不動産(8801)によるプロジェクト「くまもとサイエンスパーク」構想です。参考としているのが、TSMCが拠点を置く台湾・新竹サイエンスパーク。量産のみならず、研究開発から試作などの機能が一体化したエリアです。
TSMC自体も、熊本県にあるJASM周辺をサイエンスパークとして発展させたい構想を持っていました。
これまた2026年7月、くまもとサイエンスパークの運営法人は、工業技術研究院(ITRI)を含む日台7機関との連携協定を発表しました。ITRIはあのTSMCの「生みの親」としても知られています。併せて、くまもとサイエンスパーク内に「フィジカルAI・半導体基盤センター(PASTEC)」も設立されました。
かくして、くまもとサイエンスパークを軸に、フィジカルAI関連の研究や開発の拠点が集まってくることが期待されます。
これに先立ち、2025年には半導体後工程大手の米アムコー・テクノロジー(AMKR)の日本法人が福岡県に日本で初となる研究開発拠点を設置するなど追い風も吹いています。
このように必ずしも「オール・イン・ジャパン」ではなく、TSMCやアムコー・テクノロジーを含む海外企業の力も集めながら、フィジカルAIにおける研究開発→設計→製造→実証→消費が集約したエコシステムが形成される。
実現できれば、日本が持つモノづくりの総合力を新たなステージへ引き上げる可能性が一段と高まります。
(平岡 乾)

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