敵の奇襲攻撃で滑走路が破壊されてしまったらどうする? そんな想定からイギリスのホーカー・シドレー社が開発し、英空軍が採用したのが、世界初のV/STOL(垂直/短距離離着陸)戦闘機「ハリアーGR.1」です。
いざとなれば、「ハリアー」は長大な滑走路を必要としません。
このような「ハリアー」のV/STOL性能が、水陸両用作戦での近接航空支援を求めるアメリカ海兵隊の目に留まり、1971年にAV-8A「ハリアー」として導入されました。しかし、AV-8Aは燃料消費が激しく、兵装搭載量と航続距離も不足気味でした。
この問題を解決するため、マクドネル・ダグラス社が米海兵隊向けに開発した改修型がAV-8B「ハリアーII」です。機体に炭素繊維複合材料を導入して軽量化を実現し、機体の下面にリフト改善装置(LIDS)を追加した機体です。
初期型の「ハリアー」では、垂直着陸時に地面に叩きつけられて跳ね返る高温排気によって、機体を下方に吸い込むような、危険な空気の動きが発生していました。これを改善したのがLIDSで、排気を閉じ込める「ガス・クッション」が形成され、最大約540kgもの追加揚力を生み出せるようになったのです。
他にも、姿勢制御を巡る細かい不具合が一挙に解消されたAV-8Bは、基本的には初期型と同じ「ペガサス」エンジンですが、兵装搭載量は約2倍に増加しました。
実は超危険だったホバリング制御初期型から大幅に性能が向上したAV-8B「ハリアーII」ですが、それでも制御システムはアナログのままであったため、パイロットはV/STOL飛行時に曲芸飛行のような腕前を要求される場面もありました。特に難しいのが、通常飛行から減速してホバリングに移る、遷移飛行時の制御です。
通常の戦闘機は、姿勢制御用の操縦桿を右手で、推力を司るスロットルは左手で操作します。しかしAV-8Bには、スロットルレバーのすぐ横に、排気ノズル角度を調整する制御レバーが存在します。パイロットは、減速からホバリングに移る時に、左手だけでスロットルレバーと排気角度調整レバーの両方を操作しなければなりませんでした。
さらに、減速にともない機体を支える力は、主翼が生み出す揚力から、エンジンの下方噴流へと移り変わりますが、これが時速280kmあたりを境に、一気に制御系が切り替わる仕組みなので、パイロットは突然発生する操作系の変更に備え、常に緊張を強いられました。そして、どれだけ注意していても、機体の挙動が不安定になる瞬間が生じました。
加えて、着陸操作時には、接地直前にインテークが熱気を吸入して推力が低下した場合や、横風による姿勢の乱れなどが生じた場合にも、パイロットの反射神経とアナログ制御で対処しなければなりませんでした。実際、AV-8Bの事故の多くが、通常飛行から垂直着陸への遷移時に発生しています。
F-35Bに引き継がれたV/STOL機の魂アナログ制御の限界にあったAV-8Bの操縦環境は、後継機となるF-35B「ライトニングII」で劇的に改善されました。完全なデジタル制御のF-35Bでは、排気ノズルの角度調整はコンピュータが担当するため、パイロットは3本目のレバー操作から開放されました。
さらに、速度低下にともなう不安定な機体挙動や、接地直前の風による傾き、エンジンの温度限界などもすべてコンピュータがミリ秒単位で管理します。パイロットは、水平飛行時と変わらぬ感覚で操縦桿を動かすだけで、安全にホバリング飛行を維持できるのです。
戦後に登場したジェット戦闘機は、技術的進歩を重ねながら、現在は第5世代機が主流となりつつあります。
その歴史の中で、米海兵隊の過酷な要求に40年間も答え続けたAV-8B「ハリアーII」がなかったら、F-35B「ライトニングII」は生まれなかったでしょう。そういう意味で、「ハリアーII」はV/STOL生態系を現代につなげた、貴重な航空機でもあるのです。

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