1920年代後半、アメリカで時代を変える戦車が開発されました。当時、戦車は黎明期にあり、時速20km出れば「快速」といわれた時代に、時速60kmで走ることができる戦車が登場したのです。
クリスティー式戦車を開発したのは、アメリカのエンジニアであるジョン・ウォルター・クリスティーという人物です。彼は、鉄工所に勤務する傍ら、蒸気船の開発や潜水艦の研究にも携わりました。その後フロント・ドライブ・モーター社という会社を立ち上げたクリスティーは、第一次世界大戦中に、戦車や高射砲の研究・開発を進め、1920年代半ばに、クリスティー式戦車を生み出します。
戦車開発において彼が何よりも重視したことは、高速性であったといいます。彼の考える戦車用兵は「圧倒的な機動力で敵の防衛線を突破し、後方の補給網や司令部を麻痺させる機動戦」でした。当時の戦車といえば、時速10km前後が主流で、塹壕を越えることを目的とした鈍足の「鉄の塊」といったものです。
のちにドイツ軍の電撃戦を主導するグデーリアンが、著書『戦車に注目せよ!』で高速機動力の重要性を主張したのが1930年代ですから、クリスティーには、かなり先見性があったといえるでしょう。
タイヤ走行では驚きの時速111kmを発揮クリスティーは、戦車の高速性を実現するため、2つの独自性を取り入れました。ひとつはエンジンです。
そしてもう一つの工夫が、装軌式から装輪式に変更できる足回りです。悪路では装軌式(履帯)で走行し、整地では装輪式(タイヤ)に替え、スピードを出すことができました。大出力エンジンと履帯/タイヤを切り替え可能な足回りが、装軌時に時速68km、タイヤ走行時になんと時速111kmという圧倒的な高速性を発揮することができたのです。
完成したクリスティー式戦車には、アメリカ陸軍をはじめ、ソ連、イギリス、日本などが興味を示しました。しかし、クリスティーは、研究者や発明家にありがちな気まぐれな性格だったために、なかなか上手く売り込むことができなかったといわれています。
アメリカ陸軍はまずは数両を導入、ソ連も2両を購入します。イギリスも購入しようとしましたが、技術の海外流出を恐れたアメリカ政府により阻止され、農業用トラクターと申請したり、戦車を部品レベルまで解体するなどして、ようやく入手することができました。
ソ連は入手したクリスティー戦車を研究し、国産のM-5エンジンを搭載して履帯/タイヤ切り替え式のBT戦車シリーズを開発します。なお、BTとはロシア語で「素早い戦車」を意味する言葉の頭文字です。BT戦車は、のちの傑作戦車T-34の開発にも繋がっていきます。クリスティーは後年、「技術をソ連に売り込んだことを後悔している」と周囲に漏らしていたそうです。
しかし、クリスティー式戦車そのものは、これ以上の成功を見ることはありませんでした。高い機動性を持っているのに「なぜ?」と思われるかもしれません。しかし、戦場では履帯からタイヤへ、またはその逆への切り替えは非常に手間がかかるものでした。一見すると非常に便利な機能ですが、いつ敵が攻撃してくるかわからない戦場で、それを行うのはナンセンスでした。
しかも、その切り替えのために足回りの機構は非常に複雑で、故障も多かったといいます。実際、クリスティー式戦車の技術を応用して生まれたBT戦車は、履帯とタイヤの切り替えができるものの、それに続くT-34のシリーズではタイヤ走行はできなくなっています。技術的には優れていても、実戦を想定した場合、必要な技術ではなかったということです。
こうして、クリスティー式戦車は大きく日の目を見ることなく終わりを迎えました。しかし、その後もひとつだけ、各国で注目されたものがありました。それがサスペンションです。「クリスティー式サスペンション」と呼ばれたその技術は、大型の転輪をタイヤとして使用するために生み出された、二重構造コイルスプリングのサスペンションです。悪路機動性に優れているとされ、イギリス軍などで採用されました。
クリスティーの考えた「圧倒的な機動力で敵の防衛線を突破し、後方の補給網や司令部を麻痺させる機動戦」は、第二次世界大戦でセンセーショナルな結果をもたらしました。しかし、そこに彼の技術が使用されることはなかったのです。

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