【不定期連載】箱根からロス五輪へ~MGCに挑むランナーの肖像~
第4回 合田椋(安川電機)前編
箱根駅伝を走ったという事実は同じでも、その物語は一人ひとりまったく違う。区間賞を重ねたスターもいれば、たった一度の出走で思うような成績を残せなかった選手もいる。
第4回は、合田椋選手(安川電機・26歳)。実業団でスピードに磨きをかけ、迎えた初マラソン(2026年2月の大阪マラソン)で2時間06分51秒と好走、見事にMGC出場権と新人賞を獲得した新鋭だ。このインタビュー前編では、箱根駅伝に一度しか出場できなかった拓殖大時代の思い出を振り返ってもらった。
【名門高校に進むも都大路は一度も走れず】
小学生の頃は、縦じまのユニホームにあこがれていた。
「野球をやっていて、ポジションはキャッチャーでした。阪神タイガースが好きで、(地元の倉敷)マスカットスタジアムで試合がある時にはよく観に行っていました。ただ、足が速かったこともあり、体力づくりの一環として陸上クラブにも入ったら、タイムがどんどん伸びていったんです。陸上のほうが将来活躍できるんじゃないかと思い、中学からは陸上一本に絞りました」
中学では陸上競技部に所属した合田は、めきめきと力をつけていった。進学先に選んだのは地元・岡山の名門・倉敷高校だった。
「ほかの高校からもスカウトに来ていただいたのですが、岡山県出身である以上、倉敷高校に進んで、全国で活躍したいとずっと思っていました。特に都大路(全国高校駅伝)で、みんなと一緒に活躍したいという気持ちがあったので、選択肢は倉敷高校しかなかったです」
当時の倉敷高校には強力なメンバーが揃っており、非常に強かった。合田の1年時は都大路3位、2年時は優勝、3年時は2位だった。
「(チームが)優勝から3位まで、すべての色のメダルを揃えられたのはよかったのですが......(苦笑)。3年生の時は副キャプテンとして、たとえ自分が走れなくても、サポートなどの部分でチームに貢献しようと思いながら頑張っていました。結局、高校では都大路を一度も走れなかったので、大学では同期のなかで一番早く箱根を走ってやろうという気持ちでした」
悔しい気持ちを抱えて進んだ大学は、当時、箱根常連校だった拓殖大だ。
「もちろん、(箱根で優勝を争う)名門と言われるような大学に行きたかったんですけど、そこまでの実力はなかった。自分の力で箱根を走れる大学、自分が輝けるところというのを考えて拓大に進学しました」
【このままでは箱根を走れずに終わる】
1年目から箱根駅伝で活躍する。そんな野望を持って拓大に進学した。ところが、そこでは思い描いていたような競技生活を送れなかった。
「生活面を含めた(自分の)意識のゆるみが出て、最初の2年間はまったく結果を出せませんでした」
高校時代は寮生活で、監督の指導のもと、練習はもちろん、生活面も厳しく管理されていたという。間食は禁止。消灯は22時で、その30分前には携帯電話を預けなければならなかった。
「自分で望んだとはいえ、高校3年間で休みがほとんどなく、プライベートの時間も限りなく少なかったです。陸上だけに集中する修行僧みたいな生活です。
厳しく管理された高校時代とは打って変わって、拓大ではポイント練習以外の練習メニューは個人にまかされ、ジョグのペースも距離もどうするかは自分次第。生活面も同様だ。そんななかで合田は、間食が増え、セルフケアもほとんどやらなくなった。
その結果、ケガが増え、記録を出すことができなかった。自分をコントロールしなければいけないとわかっているのに、自己管理を徹底することができなかった。1年時も2年時も箱根駅伝のエントリーメンバーには入れず、モヤモヤとした気持ちを抱え、「退部して地元に帰ろうかな」と思うことも何度かあった。
だが、転機は3年時に訪れた。
「夏前に『このままでは箱根を走れずに陸上(競技人生)が終わる。普通に就職することになる』と気づいたんです。遅すぎますよね。当時は新型コロナウイルスが流行していて、実家に戻る部員が多かった期間も、自分は寮に残って単独で練習を重ねました。ただ、それまで練習も食事も疎かにしていたせいか、同期との差は簡単には埋まりません。
予選会のメンバー落選で尻に火がついた合田は、それから「死ぬ気で練習をやった」という。徐々に調子を上げ、11月中旬の記録会では10000mで初の28分台(28分58秒72)をマークし、自己ベストを40秒以上も更新した。留学生を除けば、チームで2番目の持ちタイムだった。
「夏前から継続して取り組んできたことがようやく花開いた感じだったのですが、(自分の手応え以上に)周囲の見る目がすごく変わりましたね。『おまえ、こんなに走れるんだ』って。勝負の世界なので、結果を出せば、自分の見られ方も変わるとわかっていたつもりでしたが、正直、こんなにも変わるのかと(苦笑)」
これまでは監督やコーチになかなか評価されなかったが、ようやく認めてもらえたような気がしてうれしかったという。そして、ほどなく吉報が届いた。
「(箱根の)1区を走るように言われたのは12月上旬です。自分も『1区、行きたいです』と監督に伝えていましたので、願いがかないました。1区は小さい頃からのあこがれでした。(東海大の)佐藤悠基さん(現SGホールディングス)、(早稲田大の)大迫傑さん(現リーニン)、(青山学院大の)久保田和真さん(引退)といった方々が1区で区間賞を獲って、トップで襷を渡すシーンがすごく印象に残っていて、自分も同じように走りたいと思っていたんです」
【最初で最後の箱根は、三浦龍司に続く区間11位】
第97回(2021年)箱根駅伝、大手町のスタートラインには、順天堂大・三浦龍司(現SUBARU)や早大・井川龍人(現旭化成)、青学大・吉田圭太(現GMOインターネットグループ)、東海大・塩澤稀夕(現富士通)らそうそうたる顔ぶれが並んだ。
「すごいメンバーで、こういう選手たちと肩を並べて走ることがそれまでなかったので、スタート前は楽しみでした。
途中で前を引いたり、仕掛けたりする選手もいたが、結局、スローのまま展開し、17km過ぎの六郷橋が勝負ポイントになった。例年、1区はここからペースが上がり、ふるい落としが始まる。この年も一気にペースが上がり、集団はコンパクトになっていった。
「きつさを感じながらも、いけるかもという思いもありました。そこから有力選手が落ちていったのですが、本当にきつかったのは、橋を下ってからの平地ですね。ここからさらにペースを上げるのかと。強豪チームとのレベルの差みたいなものを感じました」
合田は、順大・三浦と同タイムの区間11位で2区のジョセフ・ラジニにつないだ。
「レース前は、先頭から1分差以内で襷を渡せたらと思っていました。
迎えた4年時、その悔しさを晴らすべく、まず箱根予選会に臨んだ。合田は留学生に次ぐチーム内2位(全体37位)の好走を見せたが、拓大は総合11位に終わり、9年ぶりに箱根駅伝出場を逃してしまった。
「この時は、それまでの人生のなかで一番気持ちが落ちました。3年の箱根が終わってから、この日のためにやってきたのに、目指すものがなくなった喪失感で何もやる気が起きなくなってしまいました。その2週間後には全日本(大学駅伝)が控えていたのですが、練習にも身が入らず、自分は何をやっているんだと思いながら過ごしました」
自分もチームも走ることのできない箱根駅伝本選は、観る気になれなかった。「本当はここで走っていたはずなのに......」と思うと、悔しさが募った。高校卒業時に掲げた「箱根を走る」という目標は達成できたが、一度きりで終わってしまった。
合田にとって箱根とは、どういう舞台だったのだろうか。
「箱根駅伝は、自分の競技人生を大きく変えてくれた舞台でした。中学、高校と無名の選手でしたが、箱根を走ったことで、いろいろなチャンスが巡ってきて、自分に自信を持つことができました。
後編を読む>>>初マラソンで好走し、MGC出場権を一発で獲得した新星・合田椋が意識する「トラックのスピードを、いかにマラソンに生かすか
合田椋(ごうだ・りょう)/1999年生まれ、岡山県倉敷市出身。倉敷高から拓殖大に進み、箱根駅伝は3年時に1区を走って区間11位。大学卒業後は実業団の安川電機でスピードに磨きをかけ、初マラソンとなった今年2月の大阪マラソンで2時間06分51秒(日本人6位、総合10位)を出し、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ/2028年ロサンゼルス五輪マラソン日本代表選考会、2027年10月3日開催)出場権と新人賞を獲得した。マラソン以外の自己ベストは5000mが13分29秒41、10000mが27分48秒22、ハーフマラソンが1時間00分55秒。



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