ワールドカップ各国のカタチ――現代戦術と代表チームの葛藤
VOL.5:スペイン

 世界のサッカーは、ポジショナルプレーの普及によるビルドアップの進歩と、それに伴うハイプレスの普及で、全員守備が必須な時代に突入しようとしている。しかし、ワールドカップを戦う代表チームは、それぞれ特別な国民的スターを抱えているために、全員守備に舵を切れない事情がある。

 ひとりのスターを残りのフィールドプレーヤーで支える「1+9」か、それともスターを入れない「10」か。強豪国それぞれの現状を探る。

【淡々とパスをつないで勝つ】

 隣国ポルトガルとの接戦を1-0でモノにしたスペインが準々決勝へ進出している。

【ワールドカップ】スペインは今日も粛々とパスをつなぐ 自分た...の画像はこちら >>
 試合は文字通りの接戦だった。ターニングポイントはポルトガルの左サイドバック、ヌーノ・メンデスの負傷交代だ。ヌーノ・メンデスは対面のラミン・ヤマルを抑え込んでいた。しかし、負傷交代によって少しずつヤマルへの制限がかからなくなった。決勝点はアディショナルタイムの91分、ロドリ→フェラン・トーレス→ミケル・メリーノとショートパスをつないでの中央突破からだった。

 スペインはそんなに強く見えない。常に優勢に試合を進めているので強いはずなのだが、あまりにも淡々としすぎていて強烈にアピールしてくるものがないからだと思う。しかし、これこそがスペインの強さなのだ。

 並外れたスピードも怪物的なパワーもない。技術は高いが曲芸的なテクニックもない。

静かに淡々と、丁寧にパスをつないでいく。ヤマルだけはスピードとトリックプレーの名手なのだが、そのヤマルがヌーノ・メンデスに抑えられていたので、いつにも増して「強いのに、強そうな感じがしない」スペインだった。

 強豪国だったイタリア、ドイツ、ブラジルが次々にアイデンティティを失って弱体化しているなか、スペインはスペインらしさを維持し続け、結果を出し続けている。

 スペインが現在のプレースタイルを確立したのは、2008年欧州選手権での優勝。それまでは期待され、いいところまでは行くけれどもタイトルを獲れなかった。ルイス・アラゴネス監督は開き直ったかのごとく、シャビ・エルナンデス、セスク・ファブレガス、ダビド・シルバ、アンドレス・イニエスタといった技巧派MFを並べてパスワークに特化した編成にしたところ、それが見事に開花したのだ。

 ただ、このプレースタイルの元は、実はオランダである。

 バルセロナの監督に就任したオランダ人、ヨハン・クライフがアヤックスから持ち込んだサッカーなのだ。そして2008年にバルセロナの監督になったジョゼップ・グアルディオラが、クライフの路線を引き継いで完成させている。つまり、スペイン代表のサッカーはバルセロナのそれであり、元をたどればオランダからの輸入だった。

 スペインの「オランダ化」には20年ほどかかっているが、完全に定着して今ではスペインのサッカーになっている。

 スペインの大成功を見て、イタリアとドイツは「スペイン化」を試みた。

どちらも一時的にはうまくいった。しかし、「スペイン化」が進むとともにアイデンティティを失い、イタリアは3大会連続でW杯予選敗退。ドイツも2大会連続のグループステージ敗退の後、今大会もラウンド32で姿を消してしまった。多くのクラブチームが「バルセロナ化」を試みて失敗したのと似た現象だ。

 なぜ、スペインだけが他国のサッカーを消化し、すっかり自分のものにできたのか。

【ポジションとポゼッション】

 スペインが大躍進を遂げた時期、そのスタイルは「ポゼッションサッカー」と呼ばれた。中枢を担ったのはバルセロナの選手たちだ。

「我々のやり方でボールを70%支配できれば、80%の試合には勝つことができる」

 これがクライフ監督の植えつけた教義だ。ボール保持が前提で、実際バルセロナ、スペイン代表は圧倒的な保持力で無双状態だったので、「ポゼッション」が注目されたわけだ。

 ここで注意すべきなのは「我々のやり方で」と言っているところだと思う。そこにはボールを失った直後のプレッシングが含まれているのだが、それ以上にこのサッカーはポゼッションとポジションが両輪で、ポゼッションだけではないのだ。

 クライフの右腕だったカルロス・レシャックはJリーグの横浜フリューゲルスの監督を務めたことがある。初練習で「パスを回せ」と指示したら、選手が動き回るばかりでボールは思うように回らなかった。

するとレシャック監督は練習を中断し、一人ひとりに正しいポジショニングを教え込んでいったという。

 ボールを保持するには、それにふさわしい作法がある。技術、ポジショニング、タイミングなのだが、その柱になるポジショニングについての知識が当時の日本の選手たちにはなかったわけだ。

 今でこそバルセロナのサッカーはポジショナルプレーという形で普及しているが、前記したように当初はバルセロナ化を試みたクラブはことごとく失敗している。簡単に言えば保持力が多少上がっただけだった。多少では明確な効果は出ない。むしろボールを持たされて逆襲を食らうパターンに陥っていた。

 スペイン代表がそうならなかったのは、バルセロナの選手たちによるバルセロナのサッカーだったからだ。培ってきた年季が違う。

 決定的だったのはバルセロナの哲学が、ほぼそのままスペイン代表のそれになったことだろう。イタリアやドイツにできなかったことが、なぜスペインにはできたのか。

 それは、スペインにはイタリアやドイツのようなアイデンティティがなかったからだと思う。

【勝つ確率が高いスタイル】

 スペインは地方色が豊かな国だ。言語も違うし風習も違う。代表チームもある時期は運動量をベースにしたバスク風、ある時期はレアル・マドリード中心の速攻型など、プレースタイルが定まらなかった。

 そもそもファンも代表よりクラブチームへの関心が高く、レアル・マドリードとバルセロナは欧州トップクラスだったにもかかわらず、代表となるとそこまでの地位にはなれていなかった。確固たるアイデンティティもなかった。

 そこへオランダの思想が入ってきて、まずバルセロナで成功を収める。やがてそれが広まり、バルセロナの選手たちを軸に代表が編成され、バルセロナ化された。もともと選手の技術は高かったがドイツやイタリアのようなパワーはなく、それが弱点だった。だが、長所を最大限に拡張してくれる戦術と出会ったことで吸収が進み、すっかり自分たちのものにすることができた。ある意味、何もなかったからそのまま受け入れて消化できたのだと思う。

 自分たちのサッカーを信じ、粛々と作業をこなすようにパスをつなぐ。2008年以来、多少の変化はあっても基本的にブレはない。

2010年のW杯初優勝は、ノックアウトステージでは1-0の連続だった。今回のスペインも、前回カタール大会で日本の田中碧にゴールされてからW杯での失点がない。今のところ609分間無失点はW杯記録だそうだ。クライフが意図したものとは違うかもしれないが、ボール保持による無失点試合を重ねている。

 スペインの選手たちは、パスワークの作法を子どものころから身体化させていて、半自動的にパスを回す。GKも含めた11人が戦術に同化したパスワーク。このスタイルが絶対的とは言えないが、勝つ確率が高いのはすでに証明しているとおりだ。

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