9月13日、バレーボール男子・アジア選手権はフィナーレのセレモニー真っ只中だった。

 優勝が決まったあとの表彰台で、髙橋藍(25歳)はカメラに向かって笑顔でピースサインを作っていた。

決勝でイランをセットカウント3-0(25-21、26-24、25-23)で退け、ロサンゼルス五輪出場権を獲得。ふだんの明るく朗らかな姿に戻っていた。仲間と喜びを分かち合い、安堵と達成感がないまぜになってアドレナリンが出ているのか、体が弾むようだった。

 しかし大会を通じて、髙橋がこれほど殺気立った戦いを続けることはあっただろうか。ずっとトップギアで運転するレーサーのように、一気に走り抜けていった。

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――髙橋選手が、これほど鬼気迫る様子は見せたことがありません。

 そう問いかけると、彼はいつものようによく通る声で答えた。

「ここに(勝負を)かけてきたので。大会前から決勝の相手がイランになると思っていたし、『決勝でイランに勝つことでロス五輪の切符を取れる』とイメージしていたので。やりきる、出しきるという気持ちで、とにかく『勝たないといけない』と思っていました。自分がすべてを出しきることが結果につながると思っていたので、スタートからギア全開でしたね。一歩も引かず、常にアグレッシブに攻める。

それを忘れずにやっていました」

 彼はそう言うが、その集中力が続くことが異能だろう。ミスがなかったわけではない。しかし、少しも気持ちが乱されることなく、夜叉か鬼のように戦い続けた。

 必然の大会MVP受賞だった。

 イラン戦はストレート勝利だったが、3セットともに終盤までは拮抗していた。実はほんの少しの差の"集積"だった。

 勝負の分かれ目で力を示したのが、髙橋だ。

 たとえば第1セットの8-8の場面、髙橋は敵リベロを欺くようなショートサーブで、鮮やかにエースを奪った。強度の高いサーブと同じようなフォームで繰り出すため、相手は一歩、出るのが遅れる。直球を待っているバッターが、変化球に泳ぐような格好になる。相手に自分のサーブを読ませない。その緩急のコントロールによって、大会を通じて最多22点のエースを記録した。

【頭のなかはずっと冷静だった】

 さらに19-19のシーンでは、髙橋は伝家の宝刀と言えるバックアタックを決め、またも逆転に成功、咆哮を上げた。それがスイッチになったかのように、チームは押しきった。彼自身は戦場に立つ兵士のような気迫に満ちていたが、視野は広く、感覚は鋭敏になっていた。むしろ拮抗した場面でアイデアが湧くようだったし、ゾーンに入ってすべての動きがスローに映っていたのかもしれない。フェイクセットを西田有志に合わせたシーンは象徴的だ。

 いったい、どんな心理構造なのか。

「気合は入っていますけど、頭のなかはずっと冷静だったので。常にどうやって得点を取るかを考えながら、冷静にできました。自分自身は、今日のフェイクセットはあまりうまくいかなかったんですけど、得点にはつながったことでリズムを作るきっかけになったのは間違いないですね」

 髙橋はこともなげに言った。しかし、心を燃やし、頭を冷やしたままにする"矛盾"を成立させられる人間はそういない。たいていはどちらかに引っ張られるし、できたとしても瞬間的だ。

 第2セットも、20-20の同点の場面で、髙橋はレシーバーを弾くようなサーブでエースを奪い取っている。

これで逆転したが、イランの粘りや味方のミスで23-23と再び同点に。そこで山本智大のレセプションから、髙橋が神々しく羽ばたくようなバックアタックを決め、セットポイントを奪った。最後を締めたのは石川祐希のサービスエースだったが、髙橋が勝負の流れを作っていた。

 3セット目も、髙橋は1点目をブロックアウトで奪い取る。そしてリードを奪われるたび、西田有志とともに激しく追撃した。イランにとっては悪夢のような存在だったはずだ。

「"最後の1点"を狙い続けてきました。チャンスが来たら、ブレイクを取るとか。その1点を取るか取らないかで、勝敗は変わる。今日はそれが取れてよかったです」

 そう語る髙橋は大会を通じ、「決めきる」と繰り返し、有言実行してみせた。総得点は大会4位の96得点、サービスエースは1位。サーブで崩し、ブロックディフェンス......というチーム戦術を回していた。

攻撃だけではなく、ディグの数は4位、レセプションも6位。攻守に八面六臂の活躍で、もはや英雄的だった。

 そこで最後に質問を投げた。

――パリ五輪では無念の現場でした(準々決勝でイタリアから1、2セット奪い、第3セット目も24-21とマッチポイントまで追い詰めながら逆転負け)。そこから2年、ロス五輪の出場権を獲得した今、何を思いますか?

 髙橋は凛と口角を上げ、決意を新たにするように語った。

「自分のなかでは、『メダルを獲るためには、もっと必要』と思っていますね。まだまだ足りない。ひとりで獲れるものではないですけど、自分がレベルアップしないとチームのレベルも上がっていかない。パリで負けた悔しさは残っています。勝てなかった難しさは、今も覚えていますね。今日、出場権を取ったからといってメダルを獲れるわけでないし、VNL(ネーションズリーグ)で優勝したとしても勝てるわけでもない。でも、それだけの準備をしてオリンピックには挑みたいです。

メダルは目標だし、今日のイラン戦のように『出しきる、やりきる』という気持ちで」

 髙橋が主人公の英雄譚はひとつの章が終わった。「ロス五輪出場権、激闘編」とでもタイトルを入れるべきか。深夜の会場に渦巻いていた野心と気概の熱は、なかなか消えなかった。

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki

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