患者が“中学生のとき、部活のために一度だけコンタクトレンズを作った”——ただそれだけで、その患者が数年後にまったく別の不調で眼科を訪れても、目の状態を測る基本検査の費用が“タダ同然”になる。
患者の立場からすれば「お得」かも知れないが、眼科医にとっては「タダ働き」を強いられることを意味する。

東京都のこひなた眼科(文京区)の藤巻拓郎院長は、そんな査定の取り消しを求め、国の関連団体を相手にわずか2569円の不払いをめぐって3年近く争ってきた。
東京地裁は7月2日、社会保険診療報酬支払基金による査定を違法と判断し、支払いを命じる判決を言い渡した。
藤巻院長は7月9日、こひなた眼科の藤巻栄子事務長とともに都内で会見。「このような運用が続けば、まともに眼科でコンタクトレンズを処方してもらえなくなる。(基金の対応は)法令を無視し、医者も点数表も馬鹿にしている」と述べた。

「一度のコンタクト診療」で一生“再診”扱いに

眼科では、初めての症状で受診すると「初診料」(現在は約2900円)が課され、目の屈折度数を測る基本検査も行われる。
そして、同じ症状で受診を継続すれば「再診料」に切り替わる。再診料は約740円。藤巻事務長は「ラーメン一杯より安い値段だ」と説明した。
問題は、この切り替えが「コンタクトレンズ」を一度でも扱った患者に、際限なく適用されていた点にある。
こひなた眼科によると、中学生のときに部活動のためコンタクトレンズを一度処方しただけの人が、数年後に結膜炎や視力低下といった無関係の症状で訪れても、基金の査定では自動的に「再診」と扱われたといい、藤巻事務長は「何年経とうが、全部“先週来た患者”と同じ扱いだった」と述べた。
本訴訟で取り上げた患者は、2018年にコンタクトレンズの処方を受けるため受診した後、4年2か月以上を経て、2023年に「視力低下」「黒いものが動いて見える」と訴えて再び来院。基金は、この診療を「再診」と判断。

屈折検査と角膜曲率半径計測についても、コンタクトレンズの処方を受けた「初診」の際にすでに行われているという前提の下で、「医学的に保険診療上過剰・重複」としてゼロと査定した。
それらの処理の結果、患者の窓口3割負担を除いた2569円が不払いとなった。

「基金が法令を実質的に書き換えた」

では、なぜこのような査定が行われたのか。会見で病院側が指摘したのは、診療報酬の算定ルールを定めた告示・通知の“読み飛ばし”である。
コンタクトレンズ検査料をめぐる厚労相の告示・通知には、過去にコンタクト目的で受診した患者について「当該検査料を算定した場合は初診料を算定せず再診料等を算定する」との限定文言があった。「次回もコンタクト診療をした場合に限って再診扱いになる。これが本来のルールだ」と病院側は主張する。
ところが被告は、この「当該検査料を算定した場合は」の部分を無視し、過去に一度でもコンタクトを扱えば、受診目的を問わず再診とする運用を続けており、藤巻事務長は「法令を実質的に書き換えたに等しい」と述べた。
病院側によると、訴訟を通じて、査定が全国一律ではなく、東京・大阪など一部地域に偏っていた実態も明らかになったという。
診療報酬は本来、全国共通のルールで運用される制度である。藤巻院長は「地域ごとに基準が変われば、患者がどこで受診したかによって医療の評価が変わりかねない」と問題提起する。
一方、基金側は2024年3月、裁判で従来の解釈が成り立たないことを認めた。
しかし病院側によると、その後は減点の理由そのものを書類に記さなくなり、不払いだけが続いたという。

また、裁判で基金側は、再診とする新たな根拠として「コンタクトを使用中であり、屈折異常が継続している」と主張した。これに対し病院側は、その理由すら医療機関に渡す連絡書に書かれていなかった、と指摘。
藤巻事務長は「理由がわからなければ、何に反論すればいいのかもわからない」と疑問を呈した。
藤巻事務長はこうした査定の背景に構造的な事情があるとみる。基金は医療機関への支払額を削るほど保険者(企業の健康保険など)から手数料を得られる立場にあり、「大都市で不払いをすれば削減額も大きくなる」と指摘。
「不払いで最終的に得をするのは保険者であり、そこからの突き上げがあったのでは」と推察する。

「不正な不払いはお咎めなし、では許されない」

判決は原告の請求を全面的に認め、支払いを命じた。ただ、藤巻事務長は「喜んでばかりはいられない」とも話す。
病院側は基金の一連の査定について「巨額な診療報酬の支払を長期間大規模に免れていた疑いがある」と指摘し、「一連の行為は(詐欺罪などの)刑法上の犯罪に該当する可能性があるため、事実関係を徹底して捜査し、関係者の刑事責任を明らかにされたい」として、東京地検に告発状を提出。
藤巻院長は「正直者が馬鹿を見る社会であってはいけない。医師が不正請求をした場合には保険医療機関を取り消されるのに、不正な不払いはお咎めなし、では許されないと思う」と述べた。
なお、社会保険診療報酬支払基金は弁護士JPニュース編集部の取材に対し「判決内容を確認中のため、コメントを差し控える」と回答した。



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