総務省の「就業構造基本調査」(2022年)によると、過去5年間に介護・看護を理由に前職を離職した人は47万4000人にのぼる。このうち、調査前1年間に離職した人は10万6000人となっている。

5年ごとに実施される同調査において、この「調査前1年間の離職者数」は2007年調査(14.5万人)、2012年調査(10.1万人)、2017年調査(9.9万人)と減少傾向が続いていたが、今回は5年前より約7000人増加し、増加に転じた。高齢化が進むにつれて、その数はさらに膨らむとみられている。
高齢者人口の増加に伴い、働き盛りの世代が突然、仕事と介護の板挟みに置かれるケースは珍しくない。親が倒れた、認知症の症状が出てきた——そのとき、会社員はどうするのか。
筆者自身、現在0歳児育児をしながら夫の母親の介護が始まった。通院の付き添いに食事作りや身の回りの世話、役所関係の手続きなど、やることが多すぎて仕事との両立に頭を抱えている。私の場合はフリーランスなので仕事をする時間帯をある程度調整できるが、これが会社員となるとさらに厳しくなる。
会社員として働きながら介護した経験をもつ2名にインタビューし、その実情を探った。(フリーライター・姫野 桂)

賃金の67%が支給される「介護休業制度」

「介護休業制度」は、要介護状態にある家族を介護するために仕事を休める制度だ(育児・介護休業法に基づく)。1995年の法律改正で創設され、30年以上の歴史を持つ。
現在の制度では、パートやアルバイトも含めた雇用労働者(日々雇用を除く)が対象で、取得できる期間は対象家族1人につき通算93日まで。3回まで分割して取得できるため、「施設への入所準備で2週間」「体調が急変したときにまた1週間」といった使い方が可能だ。
この「休業」とは別に、年間5日(対象家族が2人以上の場合は10日)まで1日または時間単位で取得できる「介護休暇」もある。
通院の付き添いや役所の手続きといった短時間の用事には、こちらのほうが使い勝手がよい。
休業中の収入については、雇用保険の被保険者であれば「介護休業給付金」が支給される。支給額は休業開始時の賃金の約67%。給付金は非課税だが、社会保険料の免除はない点には注意が必要だ。
ただし、この制度は認知度が低い。今回のインタビューでも、当事者が制度の存在を知らないまま有給休暇を使い続けたり、正社員の仕事を辞めてパートに転換したりしていた実態が明らかになった。

祖母の介護のため会社を辞め、パートを掛け持ち

1人目にインタビューを受けてくれたのは、約20年前に母親と2人で約5年にわたって認知症の祖母の介護をしたという山田佳奈子さん(仮名・50歳)。
「当時は事務職の正社員として働いていましたが、介護のために会社を辞めざるを得なくなりました。というのも週2~3回、祖母をデイサービスに通わせることになったからです。
施設の車が迎えに来てくれるのですが、その際に誰か家にいないといけなくて。行きは母が家にいるのですが、帰ってくる16時頃は誰もいないので、私が会社を辞めて、9~15時のシフトで働けるスーパーのレジ打ちのパート、そして夜間に働けるドラッグストアの品出しのパートを掛け持ちすることにしました」
祖母は噛む力も弱くなっていたため、食事はペースト状の離乳食のようなものをミキサーで作った。トイレも失敗することが増えたため、オムツをはくよう説得することに苦労したという。
山田さんの祖母は透析治療も受けていたが、その最中も透析の管を引っこ抜いてしまうため、治療している間は3~5時間立ち会う必要があった。

「まだ会社に勤めていたとき、介護のために仕事を休むことが増えると、会社側からあまりあてにされなくなっていき、申し訳なさが込み上げてきました。育児中の人が『子どもが熱を出したので休みます』と言うのが後ろめたいのと同じですよね。
最近は、育児のために時短勤務をすることは浸透してきましたが、介護で休む人なんて当時はあまりいませんでした。介護休業を取る人もほとんどいないし、第一、取れる雰囲気ではありませんでした」

「パート→介護→パート」のハードな生活

山田さんの1日のスケジュールはハードだった。朝出勤して15時に終業し帰宅すると、デイケアから戻ってた祖母を迎える。その後、17時頃に母親が仕事から帰ってくるとバトンタッチをして、今度は夜遅くまでドラッグストアで品出しするパートへ向かう。そして帰宅すると、祖母が徘徊しないよう自分の手と祖母の手を縛って寝た。
パート先のスーパーには育児をしながら働いている人が多く、介護のためにシフトを交代してほしいと頼む際も「私も子どものことで休むことが多いからお互い大変だよね」という雰囲気で休みを取りやすかった。
「最近だと介護をしながらリモートで勤務できる人もいると思いますが、家にいたら介護に追われて、なんだかんだで仕事をする時間が少なくなってしまいますよね。それに、リモートが可能な会社はとても少ないと思います」
結局、一緒に介護をしていた母親ががんになってしまったことと、山田さん自身の出産が重なって家庭での介護が不可能になったことで、祖母を施設に入れて介護は終了した。ケアマネジャーがとても頼りになる人で、通常1~2年待ちの特別養護老人ホームの空きが出て、運良くそこに入れたのだという。

がんの母親の介護のため、東京⇔札幌を往復

続いて話を聞いたのは5年前に半年間、がんの母親の介護をした竹中友里恵さん(仮名・65歳)。当時は都内在住だったため、母親の住む札幌まで2週間に1度、飛行機で通った。
「母は父が亡くなってから10年以上1人暮らしでした。
認知症もなく、3食自炊できるほど元気だったのですが、さすがに75歳を過ぎると日常生活に不便が生じてきました。そこで善は急げと、地域包括支援センターに相談にいき、ケアマネージャー(以下ケアマネ)を紹介してもらい要支援2の認定を受け、さまざまな公的サービスにつながることができました」
その結果、週2回のヘルパーによる買い物と家の掃除、市が行っている自宅前の雪かきボランティア、仕分けしておけば玄関前でゴミを回収してくれるシステムなどを活用し、1人暮らしを続けることが可能になったという。
「この時期は月1回、実家に行って母の要望を満たすだけで実質的な介護は不要でした。われわれ一般人にはこうしたサービスの知識はありません。早めに介護の専門職に公的サービスを紹介してもらったことで、本人の希望する生活を継続でき、ケアマネには感謝しています」
その後、母親は84歳で肺がんと直腸がんが見つかったが、いずれも手術は成功し自宅での生活に戻ることができたという。
しかし最後に見つかった乳がんの術後は、右腕がむくんで皮下腫瘤(しゅりゅう)が多発し、右手が使えなくなり、とうとう母親から「1人暮らしはもうできない」と相談があり、急遽要介護3の認定を受けて、介護施設に入居することとなった。

行政関係の手続きは平日の昼間しか受け付けていない

「仕事柄、私は自分で業務時間をコントロールできたこと、コロナ渦以降、週1回出社すれば他はテレワーク可となったので、パソコンとレンタルルーターを持って実家に帰り、昼は仕事の合間に施設へ行ったり家事や手続きを行ったり、1日の中でやるべき業務が終了するように時間を使っていました。自分の裁量で進められる職種と立場でなければ、母の世話をするという選択はできなかったでしょう。
でも平日は仕事、土日も母のことが頭から離れない、ずっと稼働状態だったので体力的に本当にキツかったです。介護を始めて半年で母は亡くなったのですが、すべてが終わったと思った途端、気力・体力がゼロになってうつ状態になってしまい、3か月間の傷病休暇を取りました」
竹中さんが働きながら介護をした中で一番大変だったことが、「書類」と「手続き」だ。地域包括支援センターや役所、介護施設入居やケアプラン作成の手続きに至るまで、平日の9~17時の対応。しかも必ず対面である。
「日本の社会って専業主婦など、平日の昼しか受け付けていない用事を済ませられる人がいる前提で成り立っているのだなと思いました。
そして書類の多さ・複雑さ、手書きの署名、印鑑など、体が弱った高齢者には無理であり、誰かが、主に子どもが代わりにやってくれる前提なんだなとも感じました。
親の介護が必要な時は自分もある程度年齢が上がっています。気力・体力の配分をよく考えないと共倒れの可能性は高いし、自分も若い世代の負担にならないように準備しておかねば、と真剣に考えています」
竹中さんは介護休業制度を詳しく知らなかった。もし知っていたら利用していたかもしれないとのことだった。認知度の低さも、介護休業制度が浸透しない理由の一つだろう。

介護離職を防ぐためのルールは強化されつつある

2名のインタビューに共通するのは、「必要な人が必要な制度を使うことができていなかった」という現実だ。
こうした実態を受け、国も動き始めている。2025年4月、改正育児・介護休業法が施行され、介護離職を防ぐためのルールが強化された。
事業主には、介護休業制度を利用しやすい雇用環境を整備することが義務付けられたほか、介護に直面した従業員に対して制度の内容を個別に周知し、取得の意向を確認すること、従業員が40歳になるタイミングで介護休業制度に関する情報を事前提供することも義務となった。
さらに、要介護状態の家族を介護する従業員がテレワークを選択できるよう措置を講ずることも、事業主の努力義務として明記された。
人は誰しも年を取り、誰かの手を借りないと身の回りのことができなくなってしまう。働かないと自分の生活が立ち行かなくなるし、働いていると介護ができなくなってしまう。

育休や時短勤務などは当たり前の社会になってきたのと同じように、介護休業制度の存在を当事者だけでなく職場全体が知り、使える空気を作ることが次のステップだ。雇用する側が制度への理解を深め、従業員が安心して手を挙げられる職場を作ること——それが、年間10万人を超える介護離職を減らす最初の一歩になる。
■姫野 桂
ライター。1987年うまれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。
大学卒業後は一般企業に就職。2013年に退職してフリーライターに。
専門は発達障害や生きづらさ、社会問題。
著書に『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ解消」ライフハック』(ディスカヴァー21)、『生きづらさにまみれて』(晶文社)、『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)など。


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