「シナジーより人材面の支援余地」 技術サービス連邦経営で描くマイスターエンジニアリンググループのロールアップ戦略

人手不足が日本経済の最大の制約要因となるなか、M&Aによるロールアップ戦略を掲げる企業が増えている。その多くは規模の拡大やコストシナジーを狙うものだが、直近5年で15社のM&Aを実現したマイスターエンジニアリンググループ(東京都千代田区)の考え方は一線を画す。

同社が買収先を選ぶ際に重視するのは、既存事業とのシナジーではない。グループが培ってきた「人材の採用力・育成力」を生かし、企業価値を高められるかという「人材面の支援余地」だ。2018年の社長就任以来、積極的なM&Aを進める平野大介社長に同社の戦略を聞いた。

人手不足だからこそ「人」が競争力になる

―社長就任後、M&Aを加速した理由を教えてください。

当社には技術者派遣事業とビルマネジメント事業という二つの柱があり、いずれも一定の事業規模まで成長していました。しかし、それぞれの市場には圧倒的な大手企業が存在し、オーガニック成長だけで勝ち続けることには限界があると感じていました。

一方、ビルマネジメント事業を通じて消防設備点検や法定点検などに携わるなかで、この業界には慢性的な人手不足があり、社会インフラを支える重要な仕事であることが見えてきました。

さらに私たちは、技術者派遣事業を通じて、多くの未経験者を採用し、教育し、キャリアアップを支援してきました。こうした「人」のビジネスを長年続けてきたことで、採用力と育成力というコアコンピタンスを築いてきたのです。

この強みを生かせる技術サービス企業と一緒になれば、企業価値をさらに高められる。その考えから、M&Aを経営戦略の柱に据えました。

―現在はどのような企業を買収対象としていますか。

消防設備、防災、電気設備、制御、FA(製造設備の設計・開発・製造)、プラント保守、設備メンテナンスなど、人の技術やノウハウが付加価値の源泉となる技術サービス企業です。

一方で、大規模な製造ラインへの設備投資など、資本集約型の製造業は基本的に対象としていません。

重要なのは、その会社が現在どのような事業を行っているかだけではありません。当社の採用力や育成力、人事制度や教育体制を生かすことで、さらに成長できる余地があるかどうかです。

今後も技術者不足は簡単には解消しないでしょう。外国人材の活用だけで埋められる問題でもありません。だからこそ、人を採用し、育て、長く活躍してもらえる企業が競争力を持つ時代になると考えています。

―M&Aでは「シナジーを追わない」と話されています。その真意を教えてください。

誤解されることもありますが、「シナジーが不要」という意味ではありません。一般的に言われるクロスセル(併売)や共同購買、物流統合を目的に買収しているわけではない、ということです。

私たちが重視しているのは、未経験者を採用し、教育し、キャリアアップしてもらう仕組みです。その仕組みを提供できる会社になりたいし、その仕組みが生かせる企業を仲間に迎えたいと考えています。



つまり、買収基準は既存事業とのシナジーではなく、「人材面の支援余地」です。もちろん、グループ会社が増えれば技術交流やノウハウ共有、共同受注などの相乗効果は生まれます。しかし、それはあくまで結果として生まれるものであり、買収の出発点ではありません。

―PMI(M&A後の経営統合プロセス)で最も重視していることは何でしょうか。

私たちはグループ全体の運営方式を「技術サービス連邦経営」と呼んでいます。イメージしやすく言えば、アメリカ合衆国の連邦制です。それぞれの州が独立性を保ちながら、一つの国として共通の基盤を活用しているように、グループ会社も地域ブランドや経営の自主性を維持しながら、グループ全体の経営基盤を利用できます。

本社が提供するのは、採用、人事制度、教育研修、法務、ガバナンス体制などの共通機能です。一方で、地域のお客様との関係やブランド、現場の経営は、それぞれの会社に任せます。

長年地域で築いてきた信頼は、その会社にしかない大切な資産です。社名やブランドを無理に統一するよりも、その価値を守りながら経営基盤を強くする方が、お客様にとっても社員にとってもメリットが大きいと考えています。

むしろ、グループに加わることで採用や教育への投資が可能になり、「これまで以上に安心して仕事を任せられる会社になった」と評価していただくことが理想です。

「シナジーより人材面の支援余地」 技術サービス連邦経営で描くマイスターエンジニアリンググループのロールアップ戦略
キャリアアップしてもらう仕組みづくりがM&Aの目的と平野社長
キャリアアップしてもらう仕組みづくりがM&Aの目的と平野社長(Photo By Masahiro Osawa)

―グループ化によるメリットはどこにありますか。

最大のメリットは採用です。グループ全体で技術者数が増えれば、人材紹介会社や求職者から見ても魅力が高まります。採用できれば教育投資ができる。教育によって社員が成長し、定着率が上がる。

その結果、サービス品質が向上し、お客様から評価される。さらに会社の魅力が高まり、人材が集まる。私たちが追求しているシナジーとは、この好循環そのものです。

ブランドを残すことが顧客価値になる

―買収後も社名やブランドを維持する理由は何でしょうか。

地域の技術サービス企業は、それぞれの地域で何十年にもわたり仕事を積み重ね、お客様との信頼関係を築いてきました。例えば、「この工場の設備なら、この会社」「消防設備なら、あの会社」といった評価は、一朝一夕につくられるものではありません。その地域で培われたブランドや信用こそが、その会社の企業価値です。

そのため、M&Aをしたからといって社名やブランドを一律に変更する考えはありません。

むしろ、お客様には「グループに加わったことで採用力や教育体制が強化され、これまで以上に安心して任せられる会社になった」と感じていただきたいと思っています。

私たちの掲げる「技術サービス連邦経営」では、それぞれの会社が地域に根差した経営を続けながら、本社が採用、人材育成、人事制度などの経営基盤を支えます。地域で培われた信頼と、グループとしての経営基盤。その両方を生かすことが、私たちの考える企業価値向上です。

MBOで得た「経営スピード」

―2020年にMBO(経営陣による買収)で非公開化しました。

振り返ると、MBOは私たちにとって非常に大きな転機でした。最も大きかったのは意思決定のスピードです。M&Aはタイミングが非常に重要で、時には短期間で意思決定しなければならない案件もあります。非公開化によって、その判断が格段に速くなりました。

もう一つ大きかったのは、経営資源の配分です。上場を維持するための形式的なガバナンス対応や各種コストに充てていた経営資源を、人材採用や教育への投資に振り向けられるようになりました。

私たちは、人への投資こそが企業価値を高める最大の投資だと考えています。その意味でも、長期的な視点で経営できる環境を得られたことは非常に大きかったと思います。


―近年はM&A市場で買収価格の高騰が続いています。バリュエーション(企業価値評価)をどのように考えていますか。

私たちは価格規律を大切にしていますが、それ以上に重視しているのは、「買収後に長く価値を高め続けられる関係を築けるか」ということです。

技術サービス業では、人材採用や教育、人事制度の整備など、企業価値を高めるための投資には時間がかかります。私たちは買収した企業を短期間で売却することは考えておらず、永久保有を前提に、責任を持って企業と向き合います。

だからこそ、数年で売却しなければ採算が合わないような前提では、買い手である私たちにとっても、売り手にとっても望ましい関係にはなりません。

重要なのは買収価格そのものではなく、グループに加わった後に採用や教育への投資を実施し、その会社が持続的に成長できる環境をつくることです。そうした考え方を共有できる企業と、長い時間をかけて企業価値を高めていきたいと思っています。

現在、年間3~5社程度のM&Aを進めていますが、これはPMIを着実に実行し、1社1社と丁寧に向き合える範囲を意識した結果です。私たちは件数を追うことが目的ではありません。仲間になった企業が着実に成長できる環境を整えることを最優先にしています。

「シナジーより人材面の支援余地」 技術サービス連邦経営で描くマイスターエンジニアリンググループのロールアップ戦略
(Photo By Masahiro Osawa)

「なりわいから産業へ」

―将来ビジョンを教えてください。

私たちは「なりわいから産業へ」という言葉を掲げています。地方には優れた技術を持つ技術サービス企業が数多くあります。しかし、その多くは地域に根差した「なりわい」として発展してきた一方で、後継者不足や人材不足、採用や教育への投資など、1社単独では解決が難しい課題を抱えています。

だからこそ、私たちはM&Aを通じて企業をグループ化し、「技術サービス連邦経営」のもとで、それぞれの会社の独立性や地域ブランドを守りながら、採用、人材育成、人事制度、教育、安全管理といった経営基盤をグループとして支えていきたいと考えています。

1社では難しかった投資が、グループだからこそ実現できる。その積み重ねによって、「なりわい」として営まれてきた技術サービスを持続的に成長できる「産業」へと昇華させていきたいのです。

-2040年にはグループ売上高1000億円を目指しています。

もちろん、売上高という目標はあります。しかし、それは決して目的ではありません。本当に実現したいのは、日本全国の技術サービス企業が、それぞれの地域に根差した強みを生かしながら、人材が集まり、人が育ち、安心して働き続けられる環境をつくることです。

技術サービス業界は、日本の社会インフラを支える重要な産業です。一方で、人材不足や後継者不足といった構造的な課題を抱えています。私たちは、その課題を1社だけで解決するのではなく、「技術サービス連邦経営」という枠組みを通じて、グループ全体で解決していきたいと考えています。

M&Aは企業を集めることが目的ではありません。採用し、人を育て、技術を次世代へつなぎ、日本の社会インフラを支え続ける企業を増やしていく。そのための経営戦略です。私たちが目指しているのは、企業規模を競うことではなく、日本の技術サービス業界そのものの持続的な発展に貢献できる企業グループになることです。

文:糸永正行編集委員

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