高騰が続く都内マンションはだれが買っているのか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「中国の景気悪化や政治的リスクを背景に、日本へ移住する中国人富裕層が増えている。
彼らには5億円超えのマンションを現金で買えるほどの資金力があり、経営・管理ビザの基準も難なくクリアできる」という――。
※本稿は、牧野知弘『「外国人不動産」問題』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。
■中国人富裕層の「不動産投資ツアー」
私は日頃から大変多くの講演、セミナー講師などのお仕事を頂戴していますが、ある日、オフィスの電話が鳴りました。電話の主は中国系の旅行会社の社員。流暢な日本語でこうおっしゃいました。
「来月、中国の団体のお客様が日本に来ます。それは、日本の不動産を買いたいという人たちですね。それでお願いがあるのですが、東京都内のマンションマーケットについて、彼らに話してくれますか?」
どこから私のことを知ったのか、尋ねると私の著書のいくつかが中国で翻訳出版されており、お客様からのご指名だと言います。私自身は外国人のお客様との取引はほとんどなく、大変な驚きと戸惑いを覚えましたが、お引き受けすることにしました。
当日、品川のホテルの会議室に集まったのは、ご一行様二十数名です。夫婦連れが多く、高齢の方も散見されます。なかには夫婦の娘、息子と見られる姿もあります。
講演時間は40分。時間に限りがあるので、都内のマンションマーケットの状況について簡潔に説明しました。
中国の方は日本人と異なり、講演中でもとても積極的に質問をされます。すこしでも関心を持つ、疑問に思ったことに手を挙げます。私が話を進めていくと、会場内のあちらこちらで感嘆の声や、ため息が聞こえてくるのも、日本での普通の講演と異なるものでした。
■港区の「5億円マンション」買える?
事前の打ち合わせでは、お客様は日本のマンションを「買う気まんまん」の人たちだとのこと。東京のどこでどんなマンションがどのくらいの金額で売られているかを詳しく解説してほしい、と依頼されました。私の講演のあとは、実際に湾岸エリアや六本木周辺のタワマンを見学する予定だとも言います。
そこで、その年(2023年)のマンション分譲で話題になった港区内のある高額マンションの事例を挙げて、都内ブランドエリアの状況を説明します。タワマンではないものの大型物件で、分譲戸数は900戸を超えています。分譲価格は坪換算で1300万円から1400万円台、120平方メートル(36坪)相当の住戸で4億8000万円から5億2000万円です。
この話題のマンションの説明をしたのち、会場のお客様に向けて私から質問をしました。

「会場のなかで、このマンションを買われた方はいらっしゃいますか?」
■「同胞人が多く買っているので安心」
私は、このマンションの詳細についてしばしば講演で取り上げ、同様の質問を冗談めかして聴衆に投げかけるのですが、それまで手を挙げた人は1人もいませんでした。
ところが、会場の後方に座っている中年男性がすっと手を挙げました。そこで、私のほうからどの住戸を買ったのかお聞きすると、まさに私がスライドで記した住戸(3LDK、121平方メートル)を購入したと言います。会場内から驚きの声。価格は5億2000万円だとのことです。驚いたことに全額現金での購入です。
さらにどんな点が気に入ったのか聞いてみると、立地、設備仕様などはもちろん、気に入ったが最大のポイントとして、
「同胞人が多く買っているので安心しました。中国人が自分だけでは寂しい。この物件はその点がとても気に入りました」
と答えてくれました。この発言に興味を持った私は、さらに
「ほう、同胞人が多いということは中国ですよね。ちなみに中国の方はどのくらいこのマンションを買っているかご存じですか?」
と聞いたところ、天井を見上げるようにしてしばらく考え、
「ふうん。私が知る限りですが、100人を下らないですね」
という驚愕の発言をされました。

■中国人が多いマンション「中華まん」
実際の数はわかりませんが、900戸を超える分譲戸数でしたから、1割以上の住戸が中国人の所有ということになります。私の知人でこのマンションを購入し、住んでいる方がいますが、中国人オーナーの姿はけっこう目にしているとおっしゃっていました。
中国はどこの国でも同胞人で固まる傾向があると言われます。世界中に広がるチャイナタウンがその典型です。そうした意味では、日本国内にもチャイナタウンならぬ、“中華まん”が増殖しているのかもしれません。
なお、このマンションについて語ってくれた方は、今は旅行で日本に来ているものの、近い将来は日本に永住するつもりであり、その際の住居として購入したとも話してくれました。
今、中国では日本への移住を検討する人が増えているのだそうです。特に近年急激に増えた富裕層のなかに、こうした志向を持つ人が多いと言います。その背景を、次にご説明しましょう。
■お金持ちが中国脱出し始めた理由
最近、中国国内で「潤日」という言葉が流行っていると言われます。「潤」には、もともと「儲ける」という意味がありますが、これは中国語におけるローマ字表記で「run」と書き、英語で言う「走る」「逃げる」を連想させます。「日」は「日本」を表します。
つまり、この2つの語を掛け合わせて「日本に逃げる」という意味で広まった言葉なのです。
この言葉は、コロナ禍前の2018年頃から使われるようになったそうですが、顕著になったのはコロナ禍以降のことです。中国経済の減速が鮮明になったのは、コロナ禍が発生した2020年以降と言われます。潤日は中国経済の減速と関係がありそうです。
中国政府は、コロナ対策としてロックダウンをともなうゼロ・コロナ政策を掲げ、国民に対して外出を禁じ、自宅や施設での隔離を求めました。同時に、飲食店やスーパーマーケットなどのライフラインを停止して、感染の拡大を防ごうとしました。その結果、中小企業を中心に数百万社が倒産。若者の失業率が高くなり、中国経済のデフレ化が始まりました。
いっぽうで、過熱する不動産マーケットに対しては、2020年に不動産開発業者による資金調達および不動産業向けの金融機関融資に対して規制を実施した結果、2021年以降不動産価格が急落します。
大手不動産開発業者・恒大集団の経営破綻、国有企業の深圳地鉄(深圳メトロ)を最大株主とする不動産会社・万科企業の経営危機が表面化するなど、深刻な不動産不況を招いています。中国不動産バブルの崩壊です。
■企業の「中国離れ」、言論統制の強化
中国経済の不調は、米中対立もその一因となっています。
半導体製造分野においては、台湾の半導体製造企業であるTSMC(台湾積体電路製造)が日本やアメリカに工場進出。アメリカは日本のラピダス社にIBMの最新鋭半導体技術である2nmのプロセス技術を導入、中国包囲網を構築し始めています。
中国に進出していた日本の製造業各社も、「中国リスク」を分散させる目的で、東南アジアなど周辺諸国に工場を移転。中国離れが加速しています。
さらに、中国国内では反スパイ防止法の改正などで、中国政府に反する言動などについての取り締まりが厳格になり、富裕層などの間で、自身の資産保持について不安を覚える人たちが急速に増えたのです。アリババ・アントグループ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が国家分裂や政権転覆を扇動した容疑で捜査を受けているなどといった報道は、富裕層の将来に対する不安を大いに煽るものとなりました。
■アメリカもシンガポールも諦めて日本へ
彼らが目指したのは当初はアメリカやカナダ、シンガポールでした。しかし、トランプ政権は移民に対して厳しい対応を取るようになり、国内でのアジア人に対するヘイトも横行したため、アメリカ移住をあきらめる人が続出。カナダでも不動産取得を2年間にわたって禁止するなどの施策が採用され、脱出先の門戸は次第に狭くなっていきました。
シンガポールは華僑が多く住み、国家を動かしている国なので、アメリカやカナダよりも選択肢に挙がりやすいのですが、居住権の取得条件が厳しく、多額の資金が必要であることに加え、物価が高いこと、不動産取得にあたっても多額の税負担を強いられることなどから、移住のハードルが高い国です。
これに対して、日本は地理的に近いことに加え、2025年10月16日以前では、経営・管理ビザの取得要件がきわめて緩く、この制度を使って日本に拠点を構えることが容易であることがSNS上などで話題になり、アメリカやシンガポール移住をあきらめた中国人が富裕層を中心に日本に流れ込みました。
具体的には、資本金500万円で日本に法人を設立しさえすれば、自宅を事務所扱いにもでき、ペーパーカンパニーを作ることで日本への移住が実現できるものでした。

■日本の「移住コスト」はまだまだ安い
さすがに、こうした「金で買えるビザ」しかも「破格に安いビザ」に対して、日本政府は経営・管理ビザの基準を厳格化。現在は常勤職員1名雇用の義務づけや資本金3000万円以上、一定の日本語能力、業務分野に対する学歴、職歴の開示、専用事務所の開設などを求めるようになりました。
しかし、これとても、シンガポールなどと比べれば雲泥の差です。シンガポールでは永住権の獲得には1000万シンガポールドル(12億2000万円)以上をシンガポール企業に投資するか、2500万シンガポールドル(30億5000万円)以上を政府が指定する投資ファンドに投資する必要があります。
中国人富裕層にとっては相変わらず、日本への門戸はあけっぴろげの状態にあると言ってよいでしょう。

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牧野 知弘(まきの・ともひろ)

不動産事業プロデューサー

東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。

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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)
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