
ロンドンで産声を上げたイギリス人夫婦の営む英国初の清酒醸造所「カンパイ」。同社はイギリスで日本的な日本酒をそっくりそのまま造るのではなく、土地の風土と文化に合わせた日本酒造りを模索している。
「イギリス流」ともいうべきカンパイの酒は、日本酒の歴史に新たな一ページを加えつつある。
イギリス人の舌に合わせたロンドン地酒とは、いかなるものなのだろうか? 同所にて、店頭に並ぶ前の3種類の日本酒を特別に試飲させてもらいながら、カンパイ酒蔵の酒造家トム・ウィルソンさんとルーシー・ウィルソンさんによるロンドン地酒造りの舞台裏に迫ってみた(前編はこちら)。
イギリス人が造る純米酒、スパークリング清酒、濁り酒
――これが純米酒の「スミ」 ですね。
トム この純米は酒米の五百万石を7割使用して、 低温でじっくり発酵させる吟醸スタイルでの醸造です。酵母を培養して「酒母」を作るのに2週間、そして、もろみ発酵に5週間かけ、通常の純米酒よりも2週間半ほど長く費やしています。辛口で日本酒度はプラス10度ほどです。
ルーシー トムはもっぱら甘党じゃないので、酒造家のスタイルとしては辛口専門です(笑)。
トム 一回だけ、デザート用に甘口の日本酒を作ったことがありましたが、山田錦を使ったので高くつきました。
ルーシー 次はスパークリング清酒の「フィズ」をどうぞ。夏にはピッタリです。
――カンパイの「フィズ」は、日本でもすっかり定着したスパークリング清酒の一種ですね。でも、カンパイではシャンパンと同じ方法を用いて造られていると聞いています。
トム 「フィズ」は強制的に炭酸飽和させずにじっくりと時間をかけるシャンパーニュ方式で作っています。
フランスから取り寄せた小型シャンパン用ボトルを使い、 酵母が瓶内二次発酵して自然に発泡するのです。 アルコール度数も、宝酒造「澪」などの5パーセント程度の弱めのスパークリング清酒と比べるとはるかに高めで、シャンパン並みの11.5パーセント。 しかも甘口ではなく辛口。さらに他と違うのが、 モザイクホップという品種のビール用の乾燥ホップで瓶詰め前に香り付けをしている点です。とてもユニークで、かなりキレのある清らかな味わいで「口直し」的な効果があります。食べ物との相性も良く、牡蠣、バーベキュー、燻製類などに良く合いますよ。
――「フィズ」の名前もユニークですね。「fizzy(発泡性のを意味する形容詞)」をどことなく日本語化したような。
トム 日本人の友人たちにも相談しながら、アングロ・ジャパニーズ(英国的かつ日本的な意味合いの)な名前を考えるのに一夏かかりました(笑)。
――そして最後の「クモ」が、イギリス人一押しの「濁り」ですね。
トム 確かに濁りは、日本よりもイギリスで人気かもしれません。 特にミクソロジストにウケがいいです。
ルーシー 透明がかった清酒に比べると、見た目の違いからしてより興味をそそるでしょ。一見、濃厚でクリーミーで「ベイリーズ」みたいですが、いざ飲んでみるとその意外な味わいに驚かされるのでしょう。
トム ちなみにこれも辛口・ドライスタイルで、日本酒度は、弊社の他の銘柄に比べやや弱めのプラス9度です。濁り具合は試飲会での意見を頼りに調整していますが、やや薄めで落ち着きました。昨今の日本ではきめ細やかで、濁り具合を薄くする傾向があるようです。

カンパイで醸造される日本酒のスミ(左)、フィズ(中央)、クモ(右)
日本酒を英語で「ライスワイン」は間違っている
――「brewed like a beer, enjoyed like a wine (ビールのように造られ、ワインのように楽しまれる)」という、日本酒についてのカンパイのうたい文句が気に入りました。まさにその通りで、日本酒を知らない人にはわかりやすいですね。
トム 日本酒は「rice wine(ライスワイン)」とよく訳されますが、全くもって正しくありません。日本酒はユニークで独自なものです。欧米文化での捉え方としては、穀物を発酵させる方法はビール造りに似ていますが、その仕上がりはワインやシェリーに近いといえるでしょう。多くの人々が日本酒はとても強い蒸留酒だと勘違いしています。
――日本酒の透明感からウォッカを連想するんでしょう。まずは日本酒教育からですね。
トム 試飲や食べ物との組み合わせを紹介するイベントも開催しています。日本食に限らずスペイン料理やインド料理などと。人々に日本酒は多様で多目的で、簡単に食べ物との組み合わせができるということを知ってもらいたいのです。日本酒はワインよりもかなり簡単に食べ物と組み合わせることができ、食べ物と対立することはないでしょう。ワインと食べ物との組み合わせで失敗することは多いですが、日本酒の場合はそうではありません。人々にその簡単さを示し、もっと自信を持ってもらい、日本酒を買ったりメニューで選んだりして、おいしく食事をしてもらいたのです。
――日本酒の風味はかすかなものですから、さまざまな料理との相性が良く、味をひきたてるのでしょうね。ローストビーフと合う日本酒を作るのが目標だと聞きましたが?
トム 実はペッカム(カンパイが醸造所を構える地区)にあるサンデー・ローストが名物の肉料理専門の英国レストラン「コール・ルーム」にフィズを卸しています。完璧な組み合わせです。そこで供される「うまみサラダ」のドレッシングにもカンパイの純米酒が使われています。
ルーシー その他の地元ペッカムでのコラボとしては、陶芸家による、すてきな四つの杯が付いた日本酒セットや、バーガー用の日本酒入りホットソースもやっています。
ロンドン地酒の今後の日本における展開は?
――日本からの注文は?
ルーシー 注文はありますが、どうするかはまだ未定です。
前回日本に訪れた際に東京の日本酒バーで試飲会をして、好評でした。相手側は仕入れたいようですが、こちら側は小規模生産なので輸出用に十分な量を製造できません。ヨーロッパの他の国々からも声がかかっているのですが……。
トム 日本で日本酒を売るのは夢です。
ルーシー イギリスで日本の素晴らしいウイスキーが人気ですが、その逆ですね。
トム 私たちのスタイルやブランド作りは日本でも評判が良いみたいです。

――将来の目標は?
トム 今の所は需要に見合うようにできるだけ醸造し、もっと成長していきたいです。そしてゆくゆくは居酒屋スタイルのレストランを開きたいと思っています。そもそも日本酒に夢中になったのは居酒屋がきっかけで、それは楽しくクールな体験でした。もしロンドン人も同じように楽しめるなら、日本酒に夢中になってくれるはずです。
ルーシー より楽しくリラックスできるようにしたいと思っています。私たちは和食が大好きですが、ロンドンの多くの和食店は敷居が高く食事代も高いものです。
なので、意表を突いて、より手の届きやすいストリートフードを扱う居酒屋に近いものを目指しています。
――日本の人たちにメッセージはありますか?
ルーシー もっと日本酒を飲んでください。日本では日本酒の人気が下降気味です。素晴らしくてクールな仕事をしている日本の地酒を造る酒職人たちを応援してください。
トム そして、ロンドンに来て私たちの日本酒をぜひ試してみてください。
(ケンディアナ・ジョーンズ)
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