◆強化されるエリート教育、その背景にあるもの

 教育現場を混乱させている新学習指導要領での英語強化は、グローバル化を掲げる経済界・産業界の要請に応えたものだということを、前回の記事(「『子どものため』のようで、経済界に影響されているだけの日本の教育」)で触れた。英語だけでなく、教育は経済界・産業界の要請に応えようとしている。

 エリート教育も、英語と並ぶ、経済界・産業界からの大きな要請である。それに応える方向で、教育は動きつつもある。

「3割のエリート」と「7割の非正規」を育てる、それが日本の教...の画像はこちら >>
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 エリート教育に拍車をかけるきっかけになった文書がある。日本経営者団体連盟(日経連、現在は経済団体連合会と統一して日本経済団体連合会<経団連>)が、1995年に発表した「新時代の『日本的経営』」という報告書である。この報告書は、日本の労働環境を一変させた、といわれている。その延長として、エリート教育を促すことにもなったのだ。

 報告書では、労働者を①長期蓄積能力活用型②高度専門能力活用型③雇用柔軟型の3つに分けている。簡単に言えば、①は幹部を約束された管理職②は高度技能者③は単純労働者である。そして、①だけが正規、②と③は非正規でいい、と定義づけた。しかも、①のグループは労働者全体の3割でいいとした。7割が非正規でいいとしたわけで、これをきっかけに、日本では非正規の数が急激に増えていく。

 非正規が増えても、正規と同等の収入が補償されているのなら問題はないのだが、言うまでもなく、非正規と低所得はイコールなのが現実だ。

つまり報告書をきっかけとして、日本には非正規という低所得者が急増することになったのだ。

 それは、報告書の意図するところでもある。報告書作成で中心的な役割を果たした日経連の成瀬健生常務理事(当時)は、円高不況と呼ばれる状況のなかで「コストを下げるためには人件費を下げないといけない。(中略)やっぱり職掌を分けて、単純業務をする人の賃金が定年まで毎年上がっていくようでは、とても駄目だと。そういう定型業務の人の賃金は、ある程度いったら上がらないというのも、しようがないんじゃないか」(『新時代の「日本的経営」』オーラルヒステリー<慶應義塾大学出版会>)と、後に語っている。賃金の低い労働者を増やして人件費を下げるしかない、というわけだ。
 そして、正規を3割に抑えて低賃金の非正規を大部分とする報告書の「雇用ポートフォリオ」が示されたのだ。

 ◆7割の非正規を生み出す教育へ

 そして、企業は正規を減らして非正規を増やす方向へ猛然と走りだす。すでに企業は賃金の安い中国などへ生産拠点を移すなどの人件費カットに力を入れていたが、その企業の背中を報告書が押して、国内でも人件費カットに走らせたのだ。2015年には労働者派遣法を改正し、政府も非正規を増やす方向に突き進んでいく。報告書が打ち出した「正規3割」へ、日本全体が急速に動いていくのだ。

「正規3割」は幹部を約束された管理職であり、組織でのリーダーであり、エリートである。

経済界・産業界は、リーダーであるエリートを求めていることになる。

 この動きに、教育も巻き込まれざるをえなくなる。非正規では生活もままならないという実態が大きく宣伝されたこともあって、「我が子は3割に入れなくてはならない」という親の思いは強まり、子どもたちも引きずられていく。そのために進学校、一流大学にはいるための学力重視の風潮が強まっていく。

 小渕恵三政権のときにつくられた「教育国民会議」は2000年12月に最終報告を発表するが、そこには「リーダー養成のため、大学・大学院の教育・研究機能を強化する」と「エリート養成」が謳われた。さらに第1次安倍晋三政権のときに発足した「教育再生会議」は2007年6月に第2次報告を発表し、そのなかの「目指す人間像」で「国際社会で活躍できるリーダーを育成することにも力を注がなければならない」とエリート教育の推進を掲げている。

 さらに文部科学省は、「高等学校等におけるグローバル・リーダー育成に資する教育を通して、(中略)将来、国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を図ることを目的」として「グローバルハイスクール(SGH)」に指定する制度を2014年にスタートさせ、これまでに全国で100校を超える高校が指定を受けている。

 エリートと言っていい「3割の正規」を求める経済界・産業界の要請に応じて、教育は「エリートづくり」に奔走している。そして、7割の子どもたちには「エリート以外=非正規」を押しつけようとしている、と言っていい。それを、教育と呼べるのだろうか。

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