今注目のアプリ、書籍をレビュー

0

路線図の時空は歪んでいる。路線図に魅入られた者たちによる狂おしくも『たのしい路線図』の世界

2018年8月20日 09時45分 ライター情報:近藤正高
地下鉄はおおむね暗渠を走るため、《乗客は、自分がどこにいてどの方向に向かいつつあるのかを、知ることが出来ない。ただ、出発駅と到着駅を知っているだけなのであり、その意味で地下鉄は、これからそれに至る時間経過に過ぎない》と、書いたのは劇作家の別役実である(別役実『日々の暮し方』白水社)。

言われてみればたしかに、車窓を見ても真っ暗な風景しかない地下鉄の車内では、空間を移動しているという感覚は乏しく、時間が経過するのを待っているというほうが正しいかもしれない。
井上マサキ・西村まさゆき『たのしい路線図』(グラフィック社)。帯文にあるとおり「路線図をただ眺めて『いいねぇ』って言いたい!」という思いが高じて生まれた本だとか

路線図における「時空の歪み」


別役実は、地下鉄での移動が「時間経過に過ぎない」証拠として、《地下鉄の各駅には、それぞれの駅に到達するための所要時間は書いてあるが、距離と方角は書いていない》ことをあげている。これはおそらく路線図のことをいっているのだろう。現に、たいていの地下鉄の路線図は、駅間の距離や位置の正確性などは無視してデザインされている。なぜなら、利用者が何よりも知りたいのは、現在いる駅から目的の駅にいたるルートであって、距離や方角といった情報はあまり求めていないからだ。

現在の地下鉄路線図のルーツとされる、ロンドンの地下鉄路線図はまさにそうした発想から生まれた。そこでは路線が実際の線形とは関係なく、垂直・水平・斜め45度の直線にそろえて描かれている。この路線図は1931年に完成し、後年、世界中の地下鉄にかぎらず多くの鉄道の路線図のデザインに影響をおよぼした。

地図のような正確性が求められないがゆえ、路線図にはさまざまなデザインのものが存在する。先ごろ出た井上マサキ・西村まさゆき著『たのしい路線図』(グラフィック社)は、そんなバラエティ豊かな路線図の世界を紹介する一冊だ。なかには実際の地理からは大きくかけ離れた路線図も出てくる。本書はそれを「時空の歪み」と名づける。

たとえば、東京臨海高速鉄道りんかい線の路線図の一つでは、同線の乗り入れるJR埼京線が、現実には南北に伸びているにもかかわらず、池袋の北から先が画面上右に曲がったかと思うと、さらに上へ左へと曲げられて“横倒し”になり、板橋〜川越(川越線)間は水平の直線で表示されている。そのおかげで、本来なら2分で行ける距離の池袋〜板橋間がやたらと離れてしまった。まさに「時空の歪み」である。

色を見分けづらい人たちのための「カラーユニバーサルデザイン」


本書はまた、列車の系統や路線別に色分けされたラインの並ぶ路線図を「レインボー路線図」と名づけている。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

「路線図の時空は歪んでいる。路線図に魅入られた者たちによる狂おしくも『たのしい路線図』の世界」のコメント一覧 0

コメントするニャ!
※絵文字使えないニャ!