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衝撃の関ヶ原合戦の真実。小早川秀秋は「超高速」で裏切ってた、日和見じゃなかった!家康タモリに教えたい

2018年9月15日 09時45分 ライター情報:近藤正高
きょう9月15日は、いまから418年前の慶長5年に関ヶ原の戦いが行なわれた日である(ただし西暦でいえば1600年10月21日だが)。それに合わせた、というわけでもなさそうだが、サントリーの缶コーヒー「BOSS」のCMでは今月に入って、タモリが徳川家康、野村萬斎が石田三成に扮した「関ヶ原」篇が放送中だ(動画)。毎回このCMで宇宙人役のトミー・リー・ジョーンズは今回、タカアンドトシとともに足軽として関ヶ原に参戦している。

宇宙人はともかく、このCMでは、家康と三成がにらみあいを続けるなか、三成方についていた小早川秀秋が家康方に寝返り、戦いは一気に家康方の勝利に終わる。時代劇などでもおなじみの展開だ。わずか30秒にすぎないCMにまでこのエピソードが採用されるのは、それだけ広く周知されているという証しだろう。
白峰旬『新解釈 関ヶ原合戦の真実 脚色された天下分け目の戦い』(宮帯出版社)。「真実」という俗っぽいタイトルに反して、緻密な検証により合戦の実像を浮かび上がらせる

小早川秀秋が裏切ったのは開戦直後のことだった


ただ、小早川秀秋が徳川方に寝返ったのはたしかだが、巷間伝えられている、小早川は合戦が始まっても去就をなかなかあきらかにせず、正午頃になってようやく寝返ったという“通説”は、近年の歴史研究により否定されつつある。

このことを私は、昨年刊行された柴裕之の『徳川家康 境界の領主から天下人へ』(平凡社)という本で初めて知った。同書によれば、小早川秀秋は合戦当日、反徳川方の大谷吉継の陣近くの松尾山城(岐阜県関ヶ原町)に入城した時点ですでに徳川方へ従う意向を示しており、開戦するとすぐに脇坂安治、小川祐忠・祐滋の父子とともに寝返ったという。こうして反徳川方の石田三成や宇喜多秀家などが敗勢のなか逃亡、大谷吉継は討たれ、勝負はあっけなくついた。ちなみに時代劇などでおなじみの、小早川秀秋にさんざん待たされ、しびれを切らした家康が鉄砲隊に命じて松尾山に向かって発砲させ、裏切りを催促したという、いわゆる「問鉄砲(といでっぽう)」の逸話も、後世の創作らしい。

なお、今年出版され、ベストセラーとなった呉座勇一の『陰謀の日本中世史』(角川新書)にも、《西軍の小早川秀秋が合戦以前ないし合戦直後に東軍に寝返り、あっという間に決着がついたことは、ほぼ確定した》と同様のことが書かれており、研究者のあいだではすでにこの説が定着しつつあることがうかがえる。

前出の『徳川家康』『陰謀の日本中世史』の記述はいずれも白峰旬の研究に依拠したものだ。白峰は2014年刊行の著書『新解釈 関ヶ原合戦の真実 脚色された天下分け目の戦い』(宮帯出版社)において、一次史料を綿密に吟味しながら合戦の実像に迫っている。

ライター情報

近藤正高

ライター。1976年生まれ。エキレビ!では歴史・科学からドラマ・アイドルまで手広く執筆。著書に『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)など。愛知県在住。

URL:Culture Vulture

「衝撃の関ヶ原合戦の真実。小早川秀秋は「超高速」で裏切ってた、日和見じゃなかった!家康タモリに教えたい」のコメント一覧 14

  • 匿名さん 通報

    衝撃の真実?冗談でしょう。小早川より下にいた長曾我部が小早川の動きを警戒して戦わずして敗北&取り潰しになった点からも背に敵を抱えての行動であることは明らか・・・もう少し勉強しては?

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  • 匿名さん 通報

    ドラマや映画では尺の都合があるしストーリー挟まなければ盛り上がらんだろう。歴史的考証に忠実にやってたら脚本書けんよ

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  • 匿名さん 通報

    勝者側にとって都合の良い歴史が(意図的に)作られてるんですよね❗

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  • 匿名さん 通報

    また、安部がー❗安部がー❗安部がー❗

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  • 匿名さん 通報

    広告の苦情になるので、企業への影響力弱いですが、JAROへそれで終わりです。

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