今田耕司「高橋(克実)さん、もう二度と(この番組)できないかもしれません」

アキラ100%が生放送で失敗した。1月1日放送『第51回爆笑ヒットパレード2018』(フジテレビ)の「新春レッドカーペット」コーナーでのハプニングだ。
局部が見えた、見えなかった、とネットは大騒ぎに。Twitterのトレンドにも「アキラ100%」が急上昇した。

生放送で失敗するなんて、アキラ100%はもうテレビに出られないのではないか。そんな心配の声も聞こえる。だが聞いてほしい。あの失敗は「価値ある失敗」だったことを。

アキラ100%の失敗は「価値ある失敗」である。生放送露出事件を「シュレディンガーの猫」と解いてみた
アキラ100%『裸の大様』(Sony Music Marketing inc.)

「この世に絶対って無いよ」


この日、アキラ100%は、3つの箱を入れ替える「シガーボックス」を股間にお盆を挟んだまま見事に披露。そのまま「ここから本番です」と箱を裏返した。右手に「謹賀」、左手に「新年」の箱。2つの箱で赤い箱を挟み、股間を隠したまま慎重にお盆を外す。

ここから、赤い箱を一瞬宙に浮かせ「謹賀」「新年」の箱を横に持ち替えようとしたのだが……うまく赤い箱をキャッチできず、箱はバラバラに。慌てて股間を隠すようにその場に崩れ落ちれた姿に、スタジオは騒然。アキラ100%は土下座のような格好のまま、レッドカーペットで舞台袖へ流されていった。


「見えた」「見えてない」「前貼りをしてた」「全裸だった」……ネットでは元日からアキラ100%の股間について意見が飛び交う。真意の程はわからないが、ひとつ言えるのは「視聴者はこの芸が失敗する可能性があることを忘れていた」なのではないか。

『R-1ぐらんぷり 2017』で優勝して以来、アキラ100%はお盆をはじめ、ティッシュ、おたま、ピンポン球、燃え盛る火など、様々な手段で股間を隠してきた。『水曜日のダウンタウン』でスーパースローカメラと対決して負けたりということはあったが、筆者が見た限りでは本ネタ中に失敗することはなかったように思う。成功に慣れるあまり、視聴者は「失敗するかもしれない」というドキドキを忘れていた。平穏無事な日々が続くあまり、災害対策を怠ってしまうようなものだ。


アキラ100%が本当に局部を露出したのかどうかはわからない。ただ「アキラ100%も失敗するのだ」という事実が大きなインパクトを与えたのは確かだろう。「この世に絶対って無いよ」───アキラ100%の言うことは本当だったのだ。

テレビに映しても大丈夫/大丈夫じゃない


アキラ100%が『R-1ぐらんぷり2017』で決勝に進んだとき、「テレビに映して大丈夫なのか」と心配する声があった。

「テレビに映して大丈夫なのか」は、コンプライアンスへの抵触を不安視したものだ。確かに昨今のテレビはコンプライアンスを過剰に気にするようになったかもしれない。しかしそれ以上に視聴者も「これはコンプライアンス的に大丈夫なのか」と勝手に心配するようになった。
その結果「テレビに映して大丈夫なのか」を裏切ったものが話題にあがる。『THE MANZAI』でのウーマンラッシュアワーや、年末に放送された『カイジ』も記憶に新しい。「地上波でできない」を謳うネット番組も「テレビに映して大丈夫なのか」の裏切りを念頭に置いている。

アキラ100%の裸芸も「テレビに映して大丈夫なのか」という視点があるからこそ話題を呼んだ。だが、テレビで裸芸を成功し続けるうち、信頼と実績を重ね、「テレビに映しても大丈夫」な存在に変わっていった。『ロンドンハーツ』では「アキラ100%チャレンジ」と題してダブルダッチやスキージャンプに挑戦させるなど、テレビ側も「使い方」をわかってきた。
コンプライアンスを打ち破る存在だったアキラ100%が、コンプライアンスの垣根の内側に入っていたのだ。

本当にヒヤヒヤしているのは誰か


アキラ100%が「テレビに映しても大丈夫」と判断されている証左が、今回の失敗に対して「リベンジ」の機会を与えられたことだろう。先ほどの失敗の場面の記述には続きがある。番組終盤、「カムバックレッドカーペット」でアキラ100%は再登場し、同じ芸を見事成功させているのだ。

生放送での失敗という傷を負った状態で、同じ芸に挑戦して成功させる。そのプレッシャーは計り知れない。
思えばアキラ100%は、今までも「失敗したら終わり」のプレッシャーにさらされていたはずだ。「ヒヤヒヤしたんじゃないの〜!」と客席を指さしながら、自分が一番ヒヤヒヤしていたはずだ。

今回の失敗で、アキラ100%は再び「テレビに映して大丈夫なのか」という位置に帰ってきた。コンプライアンスの垣根を越えて、もう一度元の場所に戻る、という稀有な存在になった。

もうこれからアキラ100%がお盆で股間を隠すとき、あの失敗の映像が蘇るだろう。「見えた」「見えない」という議論は、まるでシュレディンガーの猫のように、お盆の下の様子をより不確定なものにするだろう。信頼と実績を持ったまま、「失敗するかもしれない」というドキドキを取り戻す。あの失敗により、ネタの「強度」が上がったと言えるのだ。

奇しくも、元旦の朝日新聞朝刊には田村淳のインタビュー記事が載っており、シリコンバレーでベンチャー企業を立ち上げたこと、現地では「失敗から何を学ぶかが大事にされる」ことを話していた。失敗しても次の一歩を進めればいい。2018年、アキラ100%は裸一貫から出直す……といっても、既に裸なのだけども。

(井上マサキ)