こんなに泣くと思わなかった。この原稿を書くために録画を見返しているが、また泣いてしまうので原稿が進まない。
8月9日に放送された『病院ラジオ』(NHK総合)が素晴らしかったのだ。

サンドウィッチマンの2人が病院にラジオ局を作り、患者や家族とトークをする。文字にすればそれだけの番組だ。それなのに、なぜこんなに胸を打つのか。

徹底した引き算が心地いい


『病院ラジオ』の舞台は、大阪にある国立循環器病研究センター。その中庭にテントを張り、2日間限定のネットラジオ局を作った。ラジオを聴けるのは病院内だけ。
ラジオブースには患者やその家族が訪れ、サンドウィッチマンとトークを繰り広げる。

1人目のゲストは、車椅子で現れた70代のおばあちゃん。年齢を聞かれ「52歳」とあっけらかんとウソをつき笑う。自宅で脳梗塞により倒れ、現在はリハビリの最中だという。

伊達:びっくりされたでしょう、旦那さんも
おば:でもうちのお父さん、いろいろあった夫婦だけどね……
伊達:いろいろあった夫婦? ひとつくらい教えてくださいよ
おば:それがちょっと……いろいろあって言えないのよ〜(笑)
富澤:なんすかいろいろって
おば:一番ありがちな問題!
伊達:浮気ですね。
おば:(プイッ!と黙る)
富澤:黙った(笑)

これまで家事を一切しなかった旦那さんは、洗濯をするようになり、毎日病室にも来てくれるという。
しかしおばあちゃんは「優しいと思うでしょう?……罪滅ぼし」「今まで支えたぶん返してもらわないと死ねないもん」とサンドの二人を笑わせる。

一方、別のカメラは病院内でラジオを聴いている一人の男性を映していた。ナレーションや字幕による説明は全くない。だが、その表情から、この男性が当の旦那さんであることがわかる。「まだまだ借りは返してもらってません」という言葉をイヤホンで聴き、苦笑いをしている。

『病院ラジオ』では、ゲストの家族が病院内のどこかでラジオに耳を澄ませているのだ。
2人目のゲストは心臓疾患を抱える娘を持つ母親。別の場所で、娘と父親が放送を聞いている。母親がリクエストした曲は、中島みゆきの『時代』。

生まれてすぐ娘の心臓病がわかり、それから聞くことも歌うこともできなくなった『時代』。そんな時代があったねと笑える日が、本当に訪れるのか不安でしかたなかった。しかし時が経ち、16歳になった娘は、酸素ボンベを抱えながら学校に通っている。
娘の笑顔を見るうちに、いつのまにか口ずさむことができるようになった。

『時代』をBGMに、カメラは娘と父親の表情を静かに映し、編集で病院内のカットをインサートする。ただそれだけなのに、無性に泣けてしょうがない。リクエストした思いが乗った歌は、違う意味を持って鳴り響く。説明もレポートも必要ない。番組は徹底した引き算で構成され、視聴者の感受性に全てを委ねている。
その姿勢は潔く、心地良い。

「笑い」と「真面目」を両立させる芸人


国立循環器病研究センターは、心臓や脳の疾患において国内有数の施設。それだけに、ゲストに関わる病態はどれも重い。100万人に1人の難病を持つ若者や、心停止から2週間後に生還した男性、長生きした事例がない病気を持つ赤ちゃん……。

普通なら、トーク内容は重苦しいものになるはずだ。演出次第ではいくらでも“お涙頂戴”にできるかもしれない。だが、サンドウィッチマンの2人は、過剰に同乗することもなければ、苦悩をあぶり出すこともない。
なんらかの持論や教訓を述べることもしない。

ただ、自然体で相手の話をしっかりと受け止める。うなずき、驚き、感心する。話を受け止めることで、相手も心を開いていくのがわかる。干渉しすぎず、優しく寄り添う。その距離感が絶妙なのだ。

つらい経験に耳を傾ける態度からは、東日本大震災への支援活動を連想してしまう。サンドウィッチマンは気仙沼でロケの最中に被災し、直後に「東北魂義援金」を開設。いまも活動を続けている。近刊『復活力』(幻冬舎文庫)では、当時「お笑い芸人としてはもうダメかもと覚悟していた」と振り返っている。
「病院ラジオ」に涙が止まらない。サンドウィッチマンが患者や家族とトークするだけなのに
『復活力』(幻冬舎文庫)。10年前の著書『敗者復活』を大幅に加筆修正し、10年を振り返る対談を新録。

富澤:一般の人から、お笑い芸人が何やってんの? という批判は、必ずあると思ってたし(略)でもここで動かなくて、どうするんだという気持ちだった。心のどこかで「お笑い芸人として3年ぐらい、いい思いできたから、この先干されてもいいや」って思ってた。
伊達:支援活動に本気になったら、バラエティで求められなくなるだろうなってことは思ったけどね。躊躇はなかったよね。

バラエティに求められないどころか、今や『日経エンタテイメント』で「一番好きな芸人No.1」に選ばれるほどの好感度である。芸人にとって「真面目」はリスクになりうるが、サンドウィッチマンは「笑い」も「真面目」も両立させている稀有な芸人。『病院ラジオ』のパーソナリティも、サンドウィッチマン以外に考えられなかっただろう。

病院は「一番あったかい場所」


番組のエンディングでは、ラジオ局を撤収したサンドウィッチマンが車で病院をあとにする。ハンドルを握る伊達に、助手席の富澤が今回感じたことを振り返る。

富澤:病院っていうと、痛いとかツラいとか悲しいとか、冷たい感情のある場所だと思ってたけど、いろんな人と話すと、こう、感謝だったり優しさだったり……
伊達:いやぁ、あったかいな。あったかい話が多かったなぁ。
富澤:もしかしたら、一番あったかい感情がある場所なのかな、ってイメージ変わりましたけどね。
伊達:そうだな。

最後のリクエスト曲だったKAN『愛は勝つ』をバックに、この2日間で話を聞いた人たちの様子が映し出される。「2本の足で帰る」とリハビリに励むおばあちゃん、精密検査の結果を聞き安心する親子、赤ちゃんの手を愛おしそうになでる女性。

『病院ラジオ』(は8月19日(日)午前9時から、NHK総合で再放送が予定されている。

(井上マサキ)