(撮影:田中克佳/取材協力:NY1PAGE)
全米最大の規模を誇る警察組織、ニューヨーク市警察(以下・NYPD)。
「多いのはギャング同士の抗争かな。麻薬密売のテリトリーを奪い合うんですよね。それで撃ち合ったり殺し合ったり」(京美さん)
日ごろから危険な現場に身を置く警察官の仕事。肝を冷やしたこともある。
深夜、傷害事件の容疑者を追って、低所得者用団地に足を踏み入れたときだった。格差社会を絵に描いたようなニューヨークシティ。
「気づいたら、数百人の住民が、私たちを取り囲んでいたんですね。口々に警察の悪口を言い始めたと思ったら、いろんな物を投げつけてきて。私の腕にも中身の入った重いトマト缶が当たりました」(京美さん)
深夜2時。
「じつはこの日、容疑者逮捕の直前に私、迷子になってたんです。低所得者用団地って内部が入り組んで迷路のようなんですね。そこで私、容疑者も同僚も見失ってしまって。そのとき私1人で、あの群衆に囲まれていたらと思うと、ちょっとゾッとします。
警察官となって、はや10年。「事件が多すぎて、いろいろ忘れたけど」と笑うが、若い女性や子どもが被害者の事件は、強く印象に残っている。
「5年前の傷害事件はつらかったですね。通報で駆けつけたら、12歳の少女が、顔から流した血でパジャマも赤く染めていました。容疑者は母親の彼氏。もちろん、子どもに暴力を振るった男は即、逮捕しましたが、その男より許せなかったのは、母親です。
けんかやDV事件が、スパニッシュ・ハーレムでは後を絶たない。そのたびに京美さんは、被害者の少女や少年に幼いころの自分を重ねる。
「恥ずかしいんですけど、私の実家もけっこうひどい家庭で。
京美さんの同僚で7年以上もパトロールのパートナーを務めたリオ・ムニョスさん(43)はこう語る。
「この街の住民は、国籍も人種も文化もいろいろ。だからここの警察官は、いろんな価値観の市民に共感できなきゃいけない。京美は多くの経験と、優しさと、賢さを使って、それができる人なんだ。いっぽうで、こんなに小さな体で大きな男を速攻で逮捕するタフさもある。京美はもうすぐ、素晴らしい刑事になるはずだよ。僕は確信しているよ」(ムニョスさん)
京美さんはこの秋から、「刑事」になるための面接試験に臨む。刑事になればおもに捜査を行い、制服警官の今よりずっと、DVや性暴力の被害者と深く関われる。
「この仕事を続けるのは、もちろん、娘と2人、生きていくためです。でも、それだけじゃないな。自分でも最近わかってきたことですが、私はDV被害者や困窮家庭の子どもを助けたいんです」(京美さん)