政治、報道......まだまだ女性の割合が少ないマッチョな職場において、望月さんがパワフルに活動を続けられる、その行動力の源泉とは一体何なのか。現場の主流派である男性たちに舐められないための、望月流「仕事の取り組み方」とはどのようなものなのか。波乱万丈な彼女の半生から、現代の女性が働く上でのさまざまなヒントが見つかるはず。
官房長官を質問攻めにして、一躍"時の人"に今年の春先から「森友学園・加計学園問題」の取材チームの一員になった望月さん。「私の所属先は社会部で、官邸での定例会見に出席するのはたいてい政治部記者なのですが、うち(東京新聞)は大手紙と違って臨機応変なところがあるので、取材したいんですけど、と担当の上司に話したらあっさり許可が出ました」。いわゆるアウェイなフィールドでの仕事。定例会見の"空気"を乱し、社内外から批難を受ける場面も多々ありましたが、その一方で、このカケモリ問題に再び国民の関心を向けさせることに成功したのです。
『新聞記者』には、そんな望月さんが、演劇にのめり込んでいた学生時代から、ジャーナリストを志し、進路を報道マスコミに絞った就活時代、新米記者として奮闘する駆け出しの日々などが綴られています。さらには結婚・出産を経て武器輸出をテーマに絞った調査報道に邁進し、安倍政権の隠蔽体質に異を唱えるため、できるだけ官邸会見に毎日出席するようになった経緯も語られています。
「社会派を気取っているわけでも、自分が置かれた状況に舞いあがっているわけでもない。」「正義のヒーローのように言われることも、反権力記者のレッテルを貼られるのも、実際の自分とは距離があると感じている。」
『新聞記者』p.9より
望月さんいわく、新聞記者のモットーは「警察や権力者が隠しておきたいと思うことを明るみに出すこと」。そのためには、情熱をもって何度も何度も質問をぶつけることは当然の仕事のはずなのに、昨今の......特に政治部記者と政権サイドの馴れ合いは目に余るもので、「聞きたいことを聞けている状況とは言いがたい」ことに異を唱える日々だといいます。
望月さんの「質問パワー」はどこから来ているのか?「今度の本にも書きましたが、私は母の影響で幼い頃から児童演劇を始め、小学生時代は母といっしょに小劇場の舞台をハシゴして観ていました。
慶應大学への進学、オーストラリアへの留学を経て、望月さんはマスコミ各社への就職活動を展開します。しかし、大手は筆記試験が軒並み不合格となり、続いて当たったブロック紙の中で、最終面接を経て真っ先に内定を得たのは、東京新聞社でした。
研修を終えた彼女の最初の配属先は、千葉支局。事件報道のキーマンである県警幹部から、いかに情報を引き出すかが記者の腕の見せどころです。ある日、広報担当の副署長が、東京新聞の先輩記者から鬼気迫る形相で問い詰められている現場に望月さんは遭遇します。「こっちが本気で聞いているのに、何なんですか!」と。
それまでの対応のまずさを反省してか、副署長は少しずつ情報を開示しはじめました。「おかしいと思ったことを納得いくまで聞くという、先輩記者の後ろ姿から学んだものは大きかったですね」。そうした鮮烈な原体験が、望月さん自身の新聞記者としての矜持を育み、今日の菅官房長官との対決姿勢にも繫がってゆくのでしょう。
望月さんから学ぶ、質問・発言のテクニック官邸会見で、他の記者からも一目を置かれるほどに存在感のある望月さん。
幼いころに舞台での経験もある望月さんは、質問や発言では努めて「大きな声を出す」ことを意識しています。「官邸会見の最前列を陣取っている政治部記者の皆さんは、みんな声が小さくて、発言内容が後ろまで伝わりません。またせっかくテレビや動画で中継されても、見ている一般の方に聞き取りづらいですよね。そもそも私は小柄なので〝小さい女がでかい声で質問している〟という構図が話題を呼んだところもあるかもしれませんね(笑)」。
2:わかりやすく、手短に発言する望月さんご自身「これは、自分でもまだうまくできず、周囲からは長い! くどい!と言われるのですが(笑)」と前置きしつつ、その大切さを語られていました。「新聞は、特定の社会問題の知識や背景を知るのにとても便利です。しかし、会見質問にそれをそのまま盛り込むと、どうしても長くなりがち。手短で記憶に残る"キャッチーな言葉"をいつも探しています」。望月さんは毎朝起きると、テレビやラジオ、Twitterをチェックして、司会者やコメンテーターが発した「短くて印象的なフレーズ」を必ずメモに取っています。
3:「この人になら話そう」という信頼性を築く望月さんが所属する東京新聞は、他の全国紙に較べて発行エリアや部数が限られているブロック紙なため、以前は取材相手から「東京さんに話してもなぁ......だれが読んでるの?」と、回答を渋られることも多々ありました。しかし、さまざまな取材対象と対峙するうち「"答えてくれるかどうか"は、どこの記者だとか、記者自身の頭の善し悪しではなくて、"その取材に記者がどれだけの情熱を注いでいるか"が相手に伝わるかどうかなのだ」ということに気づかれます。
しかし、そんな望月さんもまた、駆け出し記者の時代には取材対象との信頼関係が築けずに苦い想いをしたこともありました。そもそも新聞記者とは、今なおハード&マッチョで、体育会系な職場。そうした職場で彼女が仕事へのモチベーションを維持するために、メンタル面ではどのようなコントロールをしてきたのでしょうか? 後編は、そうした「女性記者」の働き方とメンタルにフォーカスします。
『新聞記者』
著者:望月衣塑子
出版社:角川新書
価格:864円(税込)
望月衣塑子(もちづき いそこ)さん
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。2004年、日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をスクープし、自民党と医療業界の利権構造を暴く。東京地裁・高裁での裁判を担当し、その後経済部記者、社会部遊軍記者として、防衛省の武器輸出、軍学共同などをテーマに取材。17年4月以降は、森友学園・加計学園問題の取材チームの一員となり、取材をしながら官房長官会見で質問し続けている。著書に『武器輸出と日本企業』(角川新書)、『武器輸出大国ニッポンでいいのか』(あけび書房、共著)がある。二児の母。
取材・執筆/木村重樹、撮影/野澤朋代