慶應義塾大学教授で国際政治学者の細谷雄一が7月18日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。中国のTPP加盟の可能性について解説した。

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中国の習近平国家主席(中国・北京)=2023年6月19日 AFP=時事 写真提供:時事通信

中国がTPPにおける国有企業や知的所有権、技術の強制移転の問題など、政治的なハードルを越えることは難しい

飯田)イギリスのTPP加入に関して報じられていますが、「次の焦点は中国」という報道もあります。「高いレベルでのルールづくり」という意味で言うと、中国はついてこられるのでしょうか?

細谷)基本的に現段階では、おそらくTPP加盟国が中国と真剣に加盟交渉を進めることはないと思います。

飯田)現段階ではない。

細谷)経済的には重要なパートナーですが、それ以外にもRCEPという枠組みがありますし、CPTPPは相当程度、政治的・戦略的なインプリケーションが大きいので、中国がそのハードルを越えられるかどうか。例えば国有企業や知的所有権、技術の強制移転などの問題について、アメリカは繰り返し批判していますが、そこを中国が「越えられるのか」ということです。

飯田)ハードルを越えることができるか。

細谷)逆に言うと、越えられるのであれば、日本にとっても利益になります。

中国にどこまで政治改革を進める意思があるのか。習近平政権の2期目の時代、例えば温家宝首相などは……。

飯田)胡錦濤政権ですか?

細谷)胡錦濤政権もそうですし、そのあとの李克強首相も、両方とも政治改革を進める意欲はあったと思います。しかし、少なくとも今回の習近平政権3期目は、その意欲が後退していますので、難しいと思います。

TPP加入交渉をすることによって中国の政治・経済的な改革を進めるべき ~中国の経済学者

飯田)一方で中国側がこの辺りを国際水準に、TPPの基準に合わせようとすると、共産党の統治の否定になるのではないかとも思えます。中国国内はどんな様子なのでしょうか?

細谷)中国の経済学者、特に国際派の経済学者の方と話すと、以前からTPP加盟には積極的でした。中国も経済改革、とりわけ政治改革が進まないので、実際に入れるかどうかは別として、いわゆる外圧のような形でTPP加盟交渉を行う。

その外側の圧力で、中国の政治・経済的な改革を進める必要があるのです。

習近平体制が3期目に入り、いままで以上に内側から改革する意欲が後退

細谷)中国の一部の経済学者は、合理的に考えてそれが必要だと言います。言い換えると、いままで以上に中国は内側から改革する意欲が後退しているということです。それに対する懸念があるのではないでしょうか。

飯田)習近平体制が3期目に入り、経済担当の閣僚も変わりました。以前からの違いもあるのでしょうか?

細谷)特に今回は李克強さんも抜けましたし、胡春華さんも抜けて、「いったい誰が経済改革を進めていくのか」という状態です。3期目の習近平体制は、経済改革に対して後ろ向きなのではないか。

TPPに加盟するような前提条件からすれば、「本当に中国は内側の改革ができるのか」と疑念が広がっているような気がします。

飯田)胡春華氏は、2期目までは副首相を務めていた人です。もともと共産主義青年団という、李克強さんと同じルートから出世した人ですが、左遷されたような形になりました。

10年前は中国をアジアのハブにしようと考えていたイギリス ~ファーウェイの5Gの高速インターネットも全廃し、いまや中国がTPP加盟のために本格的な改革ができるとは多くの国が思っていない

細谷)さらに経済安全保障という概念が、アメリカや日本、ヨーロッパでも広がってきています。2015年、イギリスでは当時のキャメロン首相が「これからは英中関係の黄金時代が始まる」と、中国をイギリスのアジア政策のハブにしようとしていたわけです。

飯田)そうでしたね。

細谷)ところが、いろいろな問題が出てきて、ファーウェイの5Gの高速インターネットも結局、全廃することになりました。

この10年間でイギリスはUターンし、ヨーロッパのなかでも中国の改革に対する希望は大幅に後退しています。それがいまのヨーロッパによる日本重視にもなっています。

飯田)日本重視に。

細谷)いまから10年ほど前には、ヨーロッパでも「これから中国は改革して、国際経済のなかでより積極的な連携が期待できるようになる」と言われた時期があったのですが、いまは大幅に後退しています。TPPの問題に関しても、中国がこれから加盟するために本格的に改革するとは、多くの国は思っていないでしょう。

NATOでは中国は「体制上の挑戦」を突きつけているとされる

飯田)中国に対するヨーロッパの向き合い方の変化ですが、先日の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議のなかでも、2022年に引き続き、アジア太平洋パートナー(AP4)と呼ばれるアジアの国々を招きました。アジア、あるいは中国に対し、強い言葉が共同声明のなかにも盛り込まれています。

状況が大きく変わってきているのでしょうか?

細谷)NATOにおいては相当程度、中国はサイバー攻撃を続けています。エストニアにサイバー攻撃の防衛センターがあり、NATOはそのような情報をかなり持っていると思います。NATOの情報を盗もうとしたり、あるいは偽情報を流し続けている中国に対し、NATOは「体制上の挑戦」を突きつけていると明記しました。もはやパートナーではないという認識が、ヨーロッパでも広がっています。

NATOがアジアへ拡大することに警戒心を持つ中国

飯田)他方、フランスのマクロン政権はNATO東京事務所の設立に反対するなど、日本から見ると中国に甘いのかなとも思えますが、その辺りも戦略的な狙いがあるのでしょうか?

細谷)中国はクアッドもそうですが、アジア太平洋、インド太平洋にNATOが拡大することに対し、とても警戒心が強いです。日本だけであれば、中国にとって軍事的な脅威はありません。

特に、中国が台湾を武力統一しようと考えた際、アメリカ、あるいは日米であれば、ある程度の対応は可能だと思っているでしょう。

飯田)日米であれば。

細谷)ところがインド太平洋、アジア太平洋にNATO全体の影響力が拡大することになると、国連安保理を考えても、イギリス・フランス・アメリカの3ヵ国の安保理常任理事国がNATOにはいます。それらも含め、中国としては可能な限り、NATOにはアジアに来て欲しくないという意向が強いと思います。それはおそらく、マクロン大統領が東京事務所の開設に反対したこととも、多少は関係しているかも知れません。

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