アントニオ・タブッキやナタリア・ギンズブルグの翻訳でも知られる須賀敦子は、イタリア文学を日本語に移して紹介する前に、アツコ・リッカ・スガの名で、日本現代文学の名篇を自ら編集し、イタリア語に訳して簡潔な解題を付すという大きな仕事をなしとげていた。
全二十五篇を収めるその『日本現代文学選』がボンピアーニ書店から刊行されたのは一九六五年、訳者三十六歳のときである。
本書には原本のうち十三篇がまとめられている。一冊のアンソロジーとして楽しめると同時に、作家になる前の須賀敦子がどのような作品を受容、消化していたのかを考えるうえで、重要な指標になりうるものだろう。今回精選されたなかでは、川端康成「ほくろの手紙」、坪田譲治「お化けの世界」、林芙美子「下町」、深沢七郎「東北の神武(ずんむ)たち」、庄野潤三「道」といった作品との向き合い方が気になる。
原本にあった残り十二篇も、続刊として待ちたい。
【書き手】
堀江 敏幸
1964年、岐阜県生まれ。作家、仏文学者。現在、早稲田大学文学学術院教授。主な著書として、『郊外へ』『おぱらばん』『熊の敷石』『雪沼とその周辺』『未見坂』『河岸忘日抄』『めぐらし屋』『なずな』『燃焼のための習作』『その姿の消し方』、書評・批評集として、『書かれる手』『本の音』『彼女のいる背表紙』『余りの風』『振り子で言葉を探るように』などがある。
【初出メディア】
毎日新聞 2021年3月27日
【書誌情報】
須賀敦子が選んだ日本の名作: 60年代ミラノにて著者:須賀 敦子
出版社:河出書房新社
装丁:文庫(489ページ)
発売日:2020-12-08
ISBN-10:4309417868
ISBN-13:978-4309417868