「現在の子どもたちは、これまでに類を見ないほど困難な事態にさらされている」

『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などで知られるノンフィクション作家・石井光太さんの新刊『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』(CEメディアハウス)の「はじめに」にある言葉だ。

■過去最高を記録する、子どもたちの「加害」と「被害」
2024年度の校内暴力は12万件以上。
暴力だけでなく、いじめの認知件数(約76万9000件)、不登校の件数(約34万人)、さらには児童ポルノ事犯の件数も、20年くらい前と比較すると軒並み増加傾向だという。

少子化で子どもの数は減っているのに——である。

被害に遭う子どもがいれば、当然、加害をする子どもがいる。被害実態には焦点が当てらるが、加害の理由は本人の特性や親の問題などで片づけられてきた。

石井さんは、出産を控えた編集者から「連日子どもの加害や被害が報道される中で、自分の子がいつか当事者になるかもしれない。こんな社会で、子どもを生んでいいのか」と不安を打ち明けられたことが、本をまとめるきっかけになったと語る。

「今回の本の執筆は『子どもが当事者、特に加害者になったら』という、加害の視点に興味を持ったのが出発点です。これまでも加害事件についてはさまざまなルポを書いてきましたが、少年事件のルポなどは親に向けたものというより、社会全般に向けたものでした。だから親に向けて子どもの加害について書くということに、意義を感じました」
トラブルから遠ざけた結果の「暴力」急増。「傷つかない」社会が子どもから奪った“仲直り”の作法
「親に向けて子どもの加害について書いた」と石井さん(撮影:宮本信義)
何か事件が起きると、加害をした子どもの発達特性や、家庭環境などに原因があるのではないかと考えてしまうことも多い。だがあくまでそれは要因の1つでしかないと、石井さんは見ている。

「例えば、発達障害だから親から虐待を受けやすいとか、いじめのターゲットになりやすいといったことがあるかもしれません。しかし発達障害も含めて、何らかの障害だけで加害に走ることはないと思います。
これまでも少年院などを取材してきましたが、確実にいろいろな問題が背後にあった。そこは切り分けて考えなければならないと思っています。

これまで教育の現場では何十年もの間、いじめ対策をしてきました。でも学校などに招かれて講演する際に感じるのは、先生たちも子どもの身に起きている事態をきちんと把握できていないということです。

その背景には、現代の子どもを取り巻く環境が可視化しにくいものになっていることがあると思います。家庭がブラックボックス化しているのに、成育環境はどんどん多様化していっている。そのため、先生はなぜ子どもたちがこうしたトラブルを起こすのかといった因果関係を正確に把握できずにいるのが現状と言えます」

■昔と今で異なる、校内暴力やいじめの概念
「学校での暴力」と聞くと、先生や同級生を殴る校内暴力を想像しがちだ。

しかし『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』によると、小学校低学年の間に「幼稚な暴力」が増えていて、低学年の暴力行為はこの10年で10倍以上に増加しているという。

「とある小学校の1年生男子で、授業中も休み時間も区別なく担任の男性教員にじゃれついていた児童がいました。ある日の掃除の時間に、男の子はいつものように先生に抱きつこうとしました。先生がそれに気づかずに振り返り、腕が彼の顔に当たってしまった。すると男の子は自分を否定されたと思い込み、『先生なんて大嫌い!』と叫んで、先生の顔面を殴りつけてケガをさせてしまった。


これが校内暴力事案として報告されたことがあります。このような『未熟な小学生による、幼稚な暴力』が増えていて、これまで大人が抱いてきた校内暴力やいじめの概念と、今の子どもたちの行動が違うものになっているんです。

なぜこのようなことが起きているのかといえば、現在の子どもたちに見られる傾向として、コミュニケーション能力の脆弱(ぜいじゃく)さがあります。

小さいときから周囲とコミュニケーションを取って、言葉を選びながら気持ちを伝えていく経験を重ねていない子どもが、今増えています。

例えば、誰かが給食の時間に牛乳をこぼしたら、周りの子たちはなんと言うか。『キショ』『クサ』『エグ』と言うんですよ。でも、牛乳をこぼした子はキショくもクサくもエグくもない。要するに、子どもたちの発している言葉と起きている現象がかみ合っていないんですね。

何も考えずに、とりあえず不測の事態が起きて『キショ』『クサ』と言っていたら、言われた相手は当然傷つきます。教室に“圧”を感じて、不登校にだってなるでしょう。だってキショくもクサくもないのに、そう言われるわけですから」

■「キショ」「クサ」……スマホの影響が大きいのは事実
トラブルから遠ざけた結果の「暴力」急増。「傷つかない」社会が子どもから奪った“仲直り”の作法
なぜ子どもたちは平気で「キショ」「クサ」と言うようになったのか(撮影:宮本信義)
短文でしかコミュニケ―ションが取れず、気持ちのグラデーションを表現しきれないのは子どもに限った話ではなく、SNS上の大人同士のやりとりにも散見される。ゆえに社会構造が抱える問題が、子どもにも影響しているのではないだろうか。


「それだけの責任とは言い切れませんが、スマホやタブレットの影響が大きいのは事実です。だって、膨大な情報が年齢に関係なく入ってくるわけですよね。

例えばポルノだったら、30~40年前はそれこそ河原に落ちているエロ本を拾ってくるとか、年の離れたお兄さんが所有するアダルトビデオを盗み見ないと女性の裸を見る機会はなかった。

写真だってカメラ屋に現像に出さないとならないしお金もかかるから、めったなものは撮れなかった。リストカットだって、周囲に実行している人がいない限り、知ることもないですよね。

本来、大人や環境が遮断したり逆に教えてくれていたものに対して、ブロックする術を持たず、周囲に物事を客観的に見られる大人もいない。そんな子たちが影響を受けてしまうのは、ある意味当たり前の話です。

先ほどの『キショ』『クサ』ではないですけれど、言葉だって同じです。そういう言葉が無条件に次々と視界や耳に入ってくれば、使っていい言葉なんだと思ってしまう。それが無意識のうちに人を傷つける。

しかし、そういった情報を子どもたちに流しているのは大人たちで、それが時にビジネスとして成立している。そんな状況で生きていかなくてはならない今の子どもたちは、大変だろうと思います」

「ある日突然、自分の子どもが加害者になってしまった」ということを防ぐには何が必要か。


石井さんは、大人が子どもの周りで起きているリアルを知ること、子どもがトラブルを起こすメカニズムを把握すること、トラブルを起こす子どもに必要な対応を取ることが不可欠だと説明する。

その上でこう語る。

「できるだけコミュニケーションを取って人の痛みを聞くとか、自分がつながるものを大切にするとか、あるいは自分の言葉をもって問題を解決していくということが、いじめや暴力から身を守るための防御策になると同時に、人間性を育てていくことにつながります。

言葉を丁寧にすればいいとか小手先の方法ではなく、人と付き合って互いに傷つき合い、仲違いしたら一生懸命謝って、もう一度仲良くなる。その繰り返しの中でしか人間関係は築けない。

そのためには何が必要かのヒントを、『傷つけ合う子どもたち 大人の知らない、加害と被害』に書いています。あふれる情報にパニックになって、あっちもやらなきゃこっちもやらなきゃと苦しんでいる大人に手に取ってもらえたらうれしいです」石井光太 プロフィール
トラブルから遠ざけた結果の「暴力」急増。「傷つかない」社会が子どもから奪った“仲直り”の作法
ノンフィクション作家の石井光太さん(撮影:宮本信義)
1977年東京都生まれ。教育現場をはじめ、国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなうノンフィクション作家。著書に『物乞う仏陀』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(いずれも文藝春秋)、『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(いずれも新潮社)、『教育虐待 ─子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)などがある。

この記事の執筆者:朴 順梨
フリーライター。早稲田大学卒業後、テレビ番組制作会社、雑誌編集者を経てフリーランスに。おもな著書に『離島の本屋--22の島で「本屋」の灯りをともす人たち』など。
共著に『奥様は愛国』(河出文庫)など。現在、朝日新聞社サイト「好書好日」にて「本屋は生きている」を連載中。
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