安彦良和監督のロングインタビュー、そしてスタッフ・関係者の発言を交えながら、劇場アニメ『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』のメイキングに迫る書籍「安彦良和 マイ・バック・ページズ 『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』編」が現在発売中だ。
本書を通して改めて作品と向き合うことになった安彦さんは、現在どんな思いを抱いているのか。
本書の構成・執筆を担当したライター・石井誠さんと共にお話をうかがった。

>>>安彦良和がファーストガンダムの世界に帰還!『ククルス・ドアンの島』場面カットを見る(写真8点)

――本書は安彦さんの書籍「マイ・バック・ページズ」の姉妹編になります。前著発売後に周りから何か反響はありましたか。

安彦 周りの人から「読みました」と言ってもらえましたけれど、その中でも一番驚いたのは僕の三番目の姉です。ずっと農家をやっていて、アニメの知識なんかまったくない人なんですよ。「読んでもわからないだろう?」と言ったら「わからないけど、いっぱい仕事してきたんだな」って。


――それが伝わっただけでもまとめた甲斐がありましたね。安彦さんの「これまで」を語った前著に続く本書は、安彦さんの「現在」を語る一冊になりました。

石井 企画の始まりは、雑誌「CONTINUE」での短期インタビュー連載なんですよ。

安彦 前のは2年くらい話したものをまとめていたから、最初は「こんなボリュームで本なんてできるの?」と思いました。でも、今回はスタッフの皆さんも語ってくれているので楽ができましてね(笑)、どんなこと言われるのか心配でしたけれど。

――石井さんは連載時、書籍化前提で動いていたんですか。


石井 いえ、まったく。安彦さんのインタビューは『ククルス・ドアンの島』の応援のつもりで3回連載させていただいたんですが、アニメージュプラスを含む他の媒体でも同作に関する取材原稿を書かせて頂いていたので、それらをまとめればテキストメインでの『ククルス・ドアンの島』メイキング本ができるのではないか、と思って企画提案したんです。

――本書のための追加取材もされたんですよね。

石井 はい、本来ですとメインスタッフ全員にお話を伺いたかったのですが、スケジュールなどいろんな事情から取材対象者をグッと絞って進めさせていただきました。
スタジオ側の意見は入れたかったので、エグゼクティブプロデューサーであるサンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の小形尚弘さん、『THE ORIGIN』の頃からのスタッフである現場プロデューサーの福嶋大策さん、あと副監督のイム ガヒさんに追加でお話をうかがいました。

安彦 イムさん、(スタッフ間でも)すごい人気なんだよね。
ファンクラブができるんじゃないかという勢いじゃないですか?(笑)

石井 イムさんの話は、確かにあちこちで盛り上がりました。

――追加取材時の印象的なエピソードなどはありましたか。

石井 はい。安彦さんの二回目の追加取材の際にご自宅に伺うと、劇場用バナーのイラストを描いて徹夜された後だったんですよ。明らかに疲れているのがわかったので、その日はあまり深堀りできなかったんですが、あれは珍しい出来事でしたね。

安彦 若い頃から「徹夜をしない」というのが僕のポリシーとしてあるんですけれど、ちゃんと色設定を確認していなかったのがいけなかった。


石井 ドアンのスーツの色ですよね。

安彦 そう、一旦まとめた後で「間違えた!」と思って夜を徹して塗り直したんですが……後で確認したら、最初の色が正解だったんだよね(笑)。

石井 でもあの日、僕らの取材の前が詰まっていて安彦さんの仕事部屋で待機することになって、中でそのイラストが乾かしてあったんですよ。イラストの初めての目撃者になって、すごく興奮しました。

安彦 色を間違えていること、今のところ誰からもクレームが来ていないんだよ。適当にしていても大丈夫なものなんだねぇ(笑)。


――イラストの迫力に呑まれているからだと思いますよ(笑)。さておき、本書は様々な関係者の発言を織り交ぜながらも非常に読みやすい内容になっていますが、構成作業は大変だったんじゃないですか。

石井 前の本は人物ドキュメンタリーでしたので、今回は「作品のドキュメンタリー」にすれば読みやすくなるかな、と思いました。ただ頭の中だけではさすがにまとめきれなくて、各テキストをプリントアウトして細かくチェックして、「この発言はここに繋がる」みたいなパズルをはめていくような形で進めていきました。

安彦 アニメの関連本で、こういうテキストベースのものは珍しいんじゃないの?

石井 「バトル・オブ・ブラジル 『未来世紀ブラジル』ハリウッドに戦いを挑む」(ジャック・マシューズ)、あと「メイキング・オブ・ブレードランナー」(ポール・M・サモン)という書籍がありまして、これらは作品のメイキング、あと制作~公開に至るまでの様々な確執を描いたドキュメントで、作品ができるまでに起こる様々なドラマを自分もいつか書いてみたい、という思いがあったんですね。こんなに適した素材が身近にあるという機会もめったにありませんし、今回こういう形式で挑戦させていただきました。


安彦 この本もいろんな確執があったほうが面白かったんだろうねえ。

石井 残念ながら、これが全然なかったんですよ(笑)。

安彦 皆で俺を労わってくれた感じだよね、まるで老人ホームの慰問のような(一同笑)。

――いやいや、それも安彦さんが中心にいればこそ、ですよね?

石井 そうなんですよ。皆さんのお話を伺っていて「安彦さんの絵を活かすために自分たちはこう努力してきた」ということが伝わってきましたし、自分としてもそのリスペクトを記録したかったんですよね。

安彦 みんな「安彦さんの絵」「安彦さんの線」とかしきりに言ってくれるけど、それって何なの? 俺は自分でさっぱりわからないし、そこまでややこしいことは考えてないんだけれど(苦笑)。
【ガンダム】安彦良和が『ククルス・ドアンの島』を語る新著で得た幸福感

(C)創通・サンライズ

――今回の作品に参加されたスタッフの皆さんは安彦さん、しかもファーストガンダムの仕事というのが大きなモチベーションになったと思うのですが。

安彦 美術監督の金子雄司さんは前の現場が押して作業が大変そうだったから、僕としては無理のないように配慮していたつもりだったんですよ。そしたら、作業が終わった後に、実は彼がすごいガンダムファンだって分かってね。だったら、もうちょっとやってもらえばよかった(笑)。

石井 逆にイムさんは、あまり安彦さんのお仕事を知らなかったようですが、かえってフラットな姿勢で作品に関わることができたのではないか、と。

安彦 そうだね、実にフランクなお付き合いができた。この本にも書いてあるけど、今回の彼女の「副監督」というクレジット、俺の時代なら彼女の仕事は「演出」だし、そういう肩書は聞いたことがなかったから「それで良いのか?」って何度も確認したんですよ。今回の仕事が彼女のキャリアアップにならないと意味がないからね。

――スタッフの皆さんの発言を読んで、いかがでしたか。

安彦 実際の気持ちはわかりませんけれど、少なくともこう言っていただけるくらいには信頼を戴けていたのかな、と。ありがたい話です。

石井 僕の印象では、今回の経験を踏まえてもう一度安彦さんとお仕事をしたい、という思いを皆さんから感じられました。

安彦 そう思ってもらえたのなら、本当に嬉しいですよ。

――『ククルス・ドアンの島』の現場は、これまでのものとは違った印象ですか。

安彦 ですね。現役の時は本当に辛いことばかりだったけど、久々に現場へ戻った『THE ORIGIN』の時はハッピーに終われたんです。今回の現場は、それ以上に優しい印象でした。

――『ククルス・ドアンの島』という題材でガンダムの新作を作る、という行為は、ある意味現在のガンダムを巡る様々な状況に一石を投じる機会となったと思うのですが、その辺りはどう思われますか。

安彦 自分の中では意外性はなくて、生意気な言い方をすると「その切り口を面白がってもらえる」という読みがありました。だから(制作させてほしいという)直訴をしたんですが、「『ククルス・ドアン』はこうでなくてはいけない」というスタッフの熱意が返って来たのにはビックリしました。ドアンのザクは異形でなくてはならないとか、石を投げないといけないとか……「そんなにこだわっているなら、どうぞどうぞ」と。
【ガンダム】安彦良和が『ククルス・ドアンの島』を語る新著で得た幸福感

石井 ネタとして語られることは多い反面、どこか心に残るエピソードであったことは、間違いないと思うんです。

安彦 ネットを見ていて、そこは理解していた。たまたま検索していて「作画崩壊」っていうキーワードが出たのでクリックしたら「ドアン」って出るんだよなぁ(一同笑)。あと「島編」なんて言葉も知らなかった。

石井 テレビアニメのシリーズ中で描かれる箸休め的なエピソードのことですね(笑)。

安彦 「そんなに有名だったのか、ならやってやろうじゃないか」と、こっちの気持ちにも火が点いた感じだね。

――公開当時、本作で安彦さんの中の『機動戦士ガンダム』は一区切りがついた、というお話をされていましたが、現在のお気持ちはいかがですか。

安彦 本来やるはずだった「一年戦争編」の代案ではあったけれど、この作品を作って満足したというのは本心ですね。先日『THE ORIGIN』のOVAを観直す機会がありまして、久々に観ると我ながら「よくできているな」と(笑)。
あんまり周りが褒めてくれないけど、本来なかった過去編をここまで上手くまとめられたということで自信も持てましたし、そういう意味ではファーストに関しては、これ以上何かやったら罰が当たるんじゃないかって思います。

――当時、ファーストガンダムがここまでのポテンシャルを持っている作品だという意識はありましたか?

安彦 当時はそんなことを考える余裕もなかったし、目の前の破綻しているところばかりが気になったけれど、『THE ORIGIN』の仕事を通して、やっぱり元のTVシリーズはとても良い構造を持っている作品だということがしみじみ分かった。富野(由悠季)さんの仕事は本当に素晴らしかったし、きわめて稀有な作品じゃないでしょうか。

――今後もアニメと関わっていこうという思いはありますか。

安彦 (アムロ・レイ役の)古谷(徹)さんは、アフレコ時に「これで終わりですね」と別れたのに、完成披露試写の挨拶では「またやりたい」って言ってくれてね……そりゃ泣けちゃいますよ。そんな風に皆さんから「またやりたい」という言葉を聞いていると……正直、その気になっちゃうんですよね(笑)。

――嬉しいお言葉です、ありがとうございます!

安彦 心や身体が弱って描けなくなったら「もうないな」と思うんですけれど、意外にまだ元気なものですから、はい、また何か機会があれば……と答えておきましょうかね(笑)。

やすひこ・よしかず
1947年、北海道出身。70年に虫プロに入社、73年からフリーに。『宇宙戦艦ヤマト』(74年)、『勇者ライディーン』(75~76年)、『超電磁ロボ コン・バトラーV』(76~77年)などの作品に関わったのち、『機動戦士ガンダム』(79~80年)でキャラクターデザイン・作画監督を務め、一大ブームを巻き起こす。
89年に専業漫画家に転進、『ナムジ 大國主』『虹色のトロツキー』『王道の狗』などの歴史物を発表。2001年から11年まで執筆した『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のOVA全6章(15~18年)で総監督を務め、25年ぶりにアニメの現場に復帰。続いて劇場アニメ『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(22年)の監督を務めた。
現在、「月刊アフタヌーン」にて『乾と巽 -ザバイカル戦記-』を連載中。

いしい・まこと
1971年生まれ。茨城県出身。アニメ、映画、特撮、ホビー、ミリタリーなどのジャンルで活動中のフリーライター・編集者。「安彦良和 マイ・バック・ページズ」に続き、「安彦良和 マイ・バック・ページズ 『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』編」の構成・執筆を担当。

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