1988~96 年に「モーニング」(講談社)で連載された大ヒットコミック「沈黙の艦隊」を原作として実写化、昨年秋劇場公開された映画『沈黙の艦隊』が、未公開シーンをふんだんに加え、その先で展開する東京湾で勃発する大海戦のエピソードまでを描く全8 話の完全版連続ドラマ『沈黙の艦隊 シーズン1 ~東京湾大海戦~』として、現在Prime Videoにて世界独占配信中だ。
原作者はこの実写化をどう受け止め、新たな『沈黙の艦隊』の世界をいかに楽しんだのか。
かわぐちかいじ氏にお話をうかがった。

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――今回のドラマシリーズに先駆けて、昨年9月に劇場版が公開されています。その時の反響や感想で特に印象に残ったものはありましたか。

かわぐち やっぱり潜水艦の場面、 特に(1話の)「たつなみ」が出港していく場面の迫力に皆さん驚かれています。実際の潜水艦ではないと出せない存在感があって、やはり自衛隊の協力はありがたかったですね。
あとは海江田と深町の人間関係でしょうか。
原作では同期となっていましたが、ドラマでは二人の間にある過去の経緯が描かれていたので、よりそういう部分を楽しめたという話も聞きました。

――そもそも『沈黙の艦隊』実写化の話が出た時、かわぐち先生の思いはどういったものだったんでしょうか。

かわぐち  物語のスケールやテーマの問題があることから、正直実写化はしんどいだろうという不安感をずっと持ち続けていましたが、制作スタッフの方たちと対面させて頂いた時に「もしかしたらこれは完成できるんじゃないか?」という可能性を掴んだのと、何より大沢(たかお)さんから「絶対にこれを完成させます」という熱意を感じましたね。そこから不安感よりも、原作のキャラクターたちをどんな人たちがどう演じるんだろうという興味の方が強くなって、これは挑戦する価値はあるんじゃないか、という気持ちになったわけです。

―― 大沢さんの人間力に惹かれた、ということが大きかった?

かわぐち  大沢さんの「この問題はこう解決させます」という作品完成に向けて先を見た話をされている姿を見た時、海江田のメンタリティーに通じるものを感じたんですね。海江田も未来を構築するエネルギーと青写真を持って行動しているわけで、そこが(海江田を)演じる上で一番大事なことだと思っているんです。
大沢さんにはそういう精神性を感じさせることができるのでは、と確証を持てました。

―― かわぐち先生が『沈黙の艦隊』執筆を始めるにあたって、テーマとして掲げていたもの、中心にあったものは何だったのでしょうか。

かわぐち 最初から物語の終わりまで考えているわけではなく、実際のところは描いているうちに物語がだんだんと大きくなっていきました。最初にあったのは「潜水艦が独立国『やまと』になる」というイメージで、この器ならいろんな要素を呼ぶこむことができるのではないかということに気が付きまして、そこから逃げずに取り組んだものがこうなった、というのが正直なところです。

――何より潜水艦ありきの企画だった?

かわぐち  そうですね。近未来の潜水艦でやろう、というのは最初から決めていました。
そのリアリティを出すためには相当の覚悟が必要だな、とは思いましたけれど、反面非常にワクワクしながら取り組みました。

――本作はスリリングなポリティカルサスペンスであると同時に、優れた人間ドラマでもあります。それだけにキャストの力量や存在感は重要な要素だと思いますが、今回のキャストに関しての印象はいかがでしょうか。

かわぐち 先ほどの話と重なりますが、海江田と深町の間柄は原作ではライバルという関係以上のものは描いていないんですね。でも、大沢さんと玉木(宏)さんの姿を見ていると、二人の因縁、密度の濃い関係性が見えてくるような気がしましたね。
あと、僕の中ではベネット大統領と竹上総理大臣がとても重要なキャラクターだったので、そこは興味深く観ましたね。


――二人とも、原作のイメージからはガラリと変わった印象ですよね。

かわぐち そう、原作のベネット大統領はがっちりしているんですが、実写ではバイデン大統領のような細身のイメージで現在観るとリアリティを感じますね。同じく竹上も当時の総理大臣である竹下登さんをイメージした名前で、ビジュアルは真逆にガッシリとさせたんですが、笹野高史さんの演じた竹上は菅(義偉)元首相のイメージに近くて、これもまた逆にリアルな総理像を提示したんじゃないでしょうか。
あと、個人的に笹野さんの大ファンなので、どういう風に演じられるかなという期待と一緒に嬉しさもありましたね(笑)。

(C)2024 Amazon Content Services LLC OR ITS AFFILIATES.原作/かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』(講談社「モーニング」所載)

―― 他に今回のドラマで加えられた原作からの変更点の中で、特に感心した部分などがありましたらお教えください。

かわぐち 今度のドラマシリーズの中で、世界が注目する中で同盟交渉が行なわれるのですが、そこで竹上首相がある意味アクロバティックな決断をするわけです。
いわばその場で思いついたことをそのまま提示するわけですが、原作ではそのアドリブ的なニュアンスが上手く出せていなかったんです。
ところがドラマでは、なぜそういう言葉が竹上首相の口から飛び出したのかが竹上首相の追い詰められると力を発揮する人物像として分かりやすく提示されていて、おかしいだけでなく日本を守ろうとする頼もしさもあり……そこは感心しましたね。映像ならではの説得力もあり、思わず納得させられました。

―― 日本政府のその他の登場人物も、原作から大きくアレンジされています。

かわぐち 自分が原作を描いている時は、政治の現場や自衛隊の最前線に女性が進出するとは思わなかったんですよ。今回は防衛大臣を夏川結衣さんが、「たつなみ」の副長を水川あさみさんが演じられていて、そういうところを現代らしくアップデートしていただいていて良かったと思います。


――『沈黙の艦隊』の映像化、ということで言いますと、それに先んじてアニメ化――1995年・1997年・1998年のサンライズ制作のOVAシリーズ(監督:高橋良輔)が展開されていました。こちらの作品の印象はいかがでしたか。

かわぐち まず絵がビックリするほど(原作に)そっくりだった、というのが印象的でした。僕の絵は似せるのが難しいんじゃないかと思ったんですが、素晴らしいテクニックですよね。
もうひとつの驚きは、当然ですが自分のキャラクターが動いたことです。僕ら漫画家の場合はキャラクターを描いても、一コマ描いて次に別のコマを描いたら物語としての繋がりはあるけれども絵はまったくの別物で、動きの連続性はないわけですから、それを実現するというのはもう大変な作業ですよね。
さらに、あれだけの動きを見せるためには体格や骨格、それを動かす筋肉までも意識しながら描かないといけないわけで、アニメって本当に魔法の力を秘めているなと思いました。

――OVAでは、今回のドラマより先の展開も描かれているんですよね。

かわぐち そうです、北極海のエピソードまで描いてくれたのはよかったなと。あとアニメで一番好きなのは、海江田の「声」なんですよ。

――海江田役は、津嘉山正種さんが演じられていました。

かわぐち もうこれは不思議と言いますか、最初に津嘉山さんの声を聞いた時から「この声しかない!」という感じがしました。以後、海江田の絵を見ると、津嘉山さんの声が脳内で勝手に再生される、みたいな感じになりましたからね。どうやって決まったのかは知りませんが、実に見事なキャスティングでした。

―― できれば今後OVAの続きも観てみたいものです。では最後に、シーズン1をご覧になられる方たちにメッセージを戴けますか。

かわぐち シーズン1では海江田と日本政府の同盟交渉場面が緊迫感とリアリティを持って描かれていますので、このボルテージでもってシリーズを続けて、北極海を越えて国連まで海江田を連れて行ってほしいという期待を持っています。
そして『沈黙の艦隊』に込めた大切なメッセージは、物語の後半から浮かび上がっていきます。物語の最後まで観て頂ければ理解して頂けると思いますので、是非、それを皆さんに届けたいと思います。

かわぐちかいじ
1948年7月27日生まれ、広島県出身。1968年『夜が明けたら』でデビュー。
『沈黙の艦隊』(1988~1996)、『ジパング』(2000~2009)、『太陽の黙示録』(2002~2010)、『空母いぶき』(2014~2019)など、極限状態で展開する軍事・政治シミュレーションを壮大な人間ドラマとして描く作品で広く知られている。
その他代表作は『ハード&ルーズ』(1983~1987)、『アクター』(1984~1988)『獣のように』(1988~1990)、『イーグル』(1998~2001)、『僕はビートルズ』(2010~2012)ほか多数。

(C)2024 Amazon Content Services LLC OR ITS AFFILIATES.原作/かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』(講談社「モーニング」所載)