平井和正/原作・作画/石ノ森章太郎(執筆当時の名義は石森章太郎)の名作SFコミック『幻魔大戦』(1967年)。宇宙を破壊しようとする絶対的存在 ”幻魔” に立ち向かう東丈・ルーナ姫ら超能力者たちの戦いを描く壮大な物語が描かれ83年には劇場アニメ化、さらに本作を起点にしたパラレルワールドを描く小説・コミックシリーズも展開されるなど、熱狂的なブームを巻き起こした。


『幻魔大戦』終了から4年後、劇画と小説をミックスした形で進行する「劇画ノヴェル」として平井・石ノ森が再びタッグを組んだ『新・幻魔大戦』(1971~1974年)は、幻魔に滅ぼされようとしている別次元の地球の超能力者・香川千波が江戸時代の町娘に精神を移植して「お時」と名乗り、幻魔に対抗する超能力者の家系を増やす使命に挑む姿が描かれていく。

この度、劇画ノヴェル版と連載後に刊行された平井の小説版を併せて収録した「<完全版> 新・幻魔大戦 COMIC&NOVEL」が、復刊ドットコムより刊行された(全2巻)。異色のスタイルで生み出された野心作の誕生の経緯、また内容の見どころについて、石森プロ チーフ萬画クリエイター・早瀬マサトさん、元平井和正担当編集者のウルフガイ・ドットコム本城剛史さんにお話をうかがった。

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――まず、今回の企画を聞かれた際の感想はどんなものだったでしょうか。

早瀬 復刊ドットコムさんでは既に週刊少年マガジン掲載版『幻魔大戦』が発刊されていたので順当な企画だとは思ったのですが、今回平井先生の小説版とのカップリングで刊行されるというのは驚きました。

本城 しかも生賴範義・山田章博両先生の装画も収録されるという完全版。
読者の皆さんにも喜んでいただける企画だと思います。

――劇画ノヴェル版『新・幻魔大戦』を初めて読んだのはいつですか。

早瀬 そういう作品があるという情報は知っていたので、出版されるのを心待ちにしていたんです。1983年にアニメージュコミックスで初めてまとめられて手に取ったのですが、少年マガジン版と直結した内容だと思っていたので、正直面食らいました。しかも、話が進んでいくにつれて小説の比重が大きくなっていくので自分の中で消化しきれず、実は読むのを一度断念してしまったんです(笑)。これはおそらく、平井先生の筆が乗ってしまったということなのだと思うのですが……。

ちなみに、アニメージュコミックス版だと初出の雑誌をコピーしたものをトレスしたと思しきページが散見されるんですね。例えば最終話の最後のページとか……。

――(現物を見ながら)確かに線がクリアではないですね。

早瀬 当時はどうしちゃったんだろうと思っていたんですけれど、私が石森プロに入ってから探してみたら、倉庫でこれらの原稿を発見できたんですよ。以後はそれらを使用して単行本化していましたが、現行は文庫本サイズしかなく、テキスト部分が非常に小さくなっていて読みにくいんですね。
なので、今回の初出サイズでの復刻で、より作品に親しんでいただけるのではないかと思っています。


――本作を執筆されていた1971~1974年の石ノ森先生のお仕事の状況はといえば……。

早瀬 かなり忙しい頃だと思うんですよね。『幻魔大戦』を描いていた頃は丸っこい当時の少年マンガのタッチでしたが、わずか4年で劇画のテイストを取り入れた作風へと移行しているんですね。私はこの時代の石ノ森先生の絵が、個人的に一番好きなんです。

――「劇画ノヴェル」というスタイルの連載は、石ノ森作品の魅力である実験性を感じられますよね。

早瀬 当初は楽しんでいたとは思うのですが、回を追うごとにどんどん小説の部分が増えていきますから、平井先生の筆力に圧倒された部分もあったんじゃないでしょうか。


――毎回原稿を読んでからの執筆になるので、大変だったのではないでしょうか。

早瀬 石ノ森先生は毎日原稿を終えた後、必ず小説を一冊、もしくは映画を1本観てから寝るという生活を送られていたので、本を読むスピードも非常に早かったんですね。だからその点は大丈夫だったと思うのですが、こういう新しい形式の連載だと編集の方が苦労されたんじゃないでしょうか。

(C)平井和正/石森プロ
(C)平井和正

――物語の面ではどういうところに魅力を感じられましたか。

本城 『新・幻魔大戦』は、幻魔に滅ぼされた別の世界線にいる人類が、タイム・リーパーを過去に送り込んで超能力者の子孫を増やすことでそれに対抗しようという話で、そのコンセプト自体が当時としてかなり新しかったですよね。時系列的には少年マガジン版の『幻魔大戦』の前にあたり、これから主人公の東丈を産み出していこうという物語です。


早瀬 さっきお話したとおり、読者だった自分は最初そこに驚いたわけですが、いざクリエイターの立場になると、その気持ちがすごく理解できたわけです。新しい読者に向けて、新しい作品として構築し直したということですね。

本城 その少年マガジン版の『幻魔大戦』でも幻魔の力はあまりにも強大で、月が地球に落下してくる衝撃的なラストでした。その後書かれた小説版『幻魔大戦』は、当初少年マガジン版『幻魔大戦』のノベライズだと思われていたのですが、実際には、少年マガジン版『幻魔大戦』が滅亡した後の、さらに別の世界線の物語であることが明らかになっています。小説版『幻魔大戦』と同時期に書かれた『真幻魔大戦』は、この『幻魔大戦』滅亡後のさらに別の世界線の物語ですので、このような点でもいろいろと先取りしている作品群でした。

――妊娠・出産が勝敗の鍵を握るという部分に、現在注目されているフェミニストSFの側面も感じられますね。
あと新しい試みという点でいえば、本作には月影という狼男のキャラクターが登場していて、平井先生のもうひとつの代表作『ウルフガイ』シリーズとのリンクがある点も見逃せません。

本城 『新・幻魔大戦』の連載前に、講談社「ぼくらマガジン」で『狼の紋章』の元となった(『ウルフガイ』画:坂口尚/1970~1971年)が連載されているんですけれど、同じ時期に石ノ森先生も同誌で『仮面ライダー』の連載をやられているんですよ。その辺りの繋がりも面白いですよね。

――幕末時代を舞台にするというのも思い切った転換です。

本城 石ノ森先生はその前に『佐武と市捕物控』(1966~1972年)を描かれているじゃないですか。過去に戻るだけならどこを選んでも良いと思うのですが、江戸時代を選ぶことで石ノ森先生の絵の魅力をさらに作品に活かせる、そういう目線もあったんじゃないでしょうか。

早瀬 なるほど……少年マガジン版『幻魔大戦』で主人公・東丈は非常にお姉さんを大事にしているキャラクターとして描かれているのですが、そこには自身が漫画家になることを後押ししてくれた唯一の肉親である、早世されたお姉さんを大切に思っていた石ノ森先生の姿が投影されていたという話を聞いています。なので、『新・幻魔大戦』でも平井先生からそのような気配りがあった可能性はあると思います。

それを裏付ける話としまして、私が『幻魔大戦Rebirth』(2014~2019年)という作品を七月鏡一先生と一緒に執筆した時、改めて当時の資料を社内で探してもらったところ、平井先生から石ノ森先生宛に「『幻魔大戦』をSFマガジンで描きませんか」と打診する私信の封書が見つかったんです。今回の初出掲載版に初めて掲載するのですが、これは一見に値する貴重なものだと思います。

――そちらの私信も読ませて頂きましたが、平井先生の熱い思いを感じられましたね。

早瀬 そうですよね。後に石ノ森先生は独自に『神話前夜の章』(1979~1981年)を描き、平井先生は小説版『幻魔大戦』『真幻魔大戦』(1979年)を展開されていくので割と世間の受け取り方としては「二人は仲たがいをした」という感じになっていると思うんですが、今回の本にも収録されますが小説版『新・幻魔大戦』に石ノ森先生は挿絵を描いていますし、実際にはそんなことはなかったということをこの私信が証明してくれると思います。出版社側からの依頼ではない「もう一度二人で一緒に作品を作ろう」という文面から、二人の信頼関係をくみ取って頂けるのではないでしょうか。

本城 先ほど早瀬さんから『新・幻魔大戦』のコミックで平井先生の文字原稿部分が徐々に増えていったという話もありましたが、これは当時『仮面ライダー』がブレイクしてお忙しい石ノ森先生の状況を慮って、最初からテキストでフォローしようと思っていたのではないでしょうか。「劇画ノヴェル」というスタイルを選んだのも、そんな理由があったのかもしれませんね。

――最後に、改めて今回の『<完全版> 新・幻魔大戦 COMIC&NOVEL』をどんな風に楽しんでほしいとお思いですか。

早瀬 ぶっちゃけますと、小説版と併せて読み進めていけば石ノ森先生が描き間違えたところを見つけることができると思います。明らかなアシスタントのミスだけは今回修正させてもらったのですが、石ノ森先生の描いたミスはそのまま残してあります。そういう作家の仕事やアーカイブ的な部分も含めて楽しんでいただけるのではないかと思います。

本城 『新・幻魔大戦』はその後ムーブとなったいわゆるセカイ系、異世界転生、マルチバース、世界線といったキーワードの元祖的作品だと思いますので、そういう目線で読み進めると新しい発見があるのではないでしょうか。劇画ノヴェルと小説、そのどちらも楽しんでもらえると幸いです。

(C)平井和正/石森プロ
(C)平井和正