多くの子どもにとって最初の読書体験になるであろう絵本。当時読んだ作品を鮮明に覚えている人も多いのではないだろうか。
絵本を読む効能として昔から子どもの想像力の育成や読み聞かせを通じた他者との交流促進などが指摘されてきたが、最近では絵本を別の角度から活用しようとする取り組みも出てきている。

静岡県三島市が2024年度から新たにスタートした<絵本のまちづくり>プロジェクトは、絵本活用のまったく新しい取り組みの一つだ。ただ、「絵本でまちづくりって、どうやるの?」、「絵本と三島市にどんな関係が?」と不思議に思う人もいるはずだ(もちろん筆者もその一人)。

今回はそんな疑問を解消するために、実際にプロジェクトに取り組む三島市役所の担当者に取材を行った。事業のコンセプトや今後の計画について話を伺ったので、この記事を読んだ人はぜひ実際に足を運んで絵本のまちづくりの景観を体験してほしい。

お話をきいた人:静岡県三島市役所 文化のまちづくり課 鈴村さん

【関連画像】公募で決定したロゴマークやイベントの写真を見る!(3枚)

――全国のあらゆる自治体がそれぞれの強みを活かした地方創生に取り組む状況で、<絵本のまちづくり>というテーマを掲げる三島市のチャレンジはとても斬新で目を引くものだと思います。この取り組みがスタートした経緯を教えてください。

鈴村さん 行政の事業として正式にスタートしたのは2024年度からです。ただ、三島市の文化的な資源として絵本に注目し、独自に取り組む市内の事業者や個人の方はそれ以前からいらっしゃいました。
もともと三島市は、児童文学者の小出正吾、詩人の大岡信をはじめとする文人とゆかりのあるまちです。

最近では、絵本作家の宮西達也さんやえがしらみちこさんが市内にショップを構えているほか、絵本原画展を定期的に開催している佐野美術館、住民有志の方が絵本との交流を目的に運営する家庭文庫の「てんとうむし文庫」や私設の「あひる図書館」といった民間の取り組みも精力的に行われ、特に絵本との親和性が高い状況にありました。
こうした特性を活かすべく、官民協働の取り組みとして<絵本のまち三島>事業がスタートしました。


――調べてみると、一年目とは思えないほどさまざまな取り組みをしていることに驚きました。今年度に実施したものについて、いくつか代表的なものを教えてください。

鈴村さん 今年度の取り組みを大きく分けると、「事業全体の方針や基盤となる体制作り」と「草の根的な活動の継続」の二つとなります。
本事業をスタートするにあたり、はじめに着手したのは活動の基盤となる体制の立ち上げでした。構想段階から我々行政だけでこの事業を進めることは難しいと考えていたこともあり、体制作りに際しては実際に三島市を拠点に活躍している現役の絵本作家や、絵本の取り組みに関わる市民団体の代表者の方々にもご協力をいただき、キックオフミーティングを開催しました。
この場では今後目指すことや事業のポイントについて意見交換を行ったのですが、総意として「あくまでも市民の参加を重視した地道な取り組みにする」という方向性が決まりました。

――過性のイベントではなく市内での意識の定着を目的にしているということですね。

鈴村さん ここで決まった市民参加の要素を体現する取り組みとなったのがロゴマークの作成です。事業を象徴するデザインを目指し公募の形式をとったのですが、382点の申し込みと想定以上に多くの方に参加していただきました。
最終的に市内の小学校6年生の作品が選ばれ、宮西さんの調整を経て正式なロゴマークとして制定されました。このロゴマークについては、あくまでも市民参加のきっかけやまちのPRが目的のため、商用問わず無料で使用できるようにしています。すでにこのロゴを用いたグッズ開発に取り組んでいる方もいらっしゃると聞いています。


――実際の活動についてはどうでしょうか。

鈴村さん そちらは地道な活動による市内外へのプロモーションになります。取り組みの方針としては二つの柱を掲げています。
柱の一つ目は「読み聞かせのすすめ」です。これは絵本そのものに触れ、親しんでもらう機会を提供するもので、対象となる方にあわせてさまざまな企画を実施しています。例えば、絵本作家の方による小学校での読み聞かせや乳幼児向けのお話し会、市内の高校生有志による幼稚園での読み聞かせなどがあります。それ以外にも読み聞かせをする際にパントマイムを交えたり、絵本を題材に演劇要素を取り入れたりした企画を定期的に実施しています。協力いただく方々もさまざまですので、その人たちの強みが発揮できるような企画が多いです。

また、少し特殊な方向性として、宮西さんが開催している「おやじと読もうぜ」という読み聞かせイベントがあります。これは父親と子どもの親子を対象とした企画で好評を博しています。会の終わりにはそのまま「おやじと飲もうぜ」という企画につながり、交流の場となっていることも特徴です。

――読み聞かせは話し手によって物語の印象が大きく変わるので、いろいろな人の話を体験できるのは貴重ですね! また、親子向けの企画は家庭での読書習慣の定着という意味でも面白い試みだと思います。


鈴村さん 二つ目の柱は絵本を通じた広義の文化振興に関わる活動です。本事業を開始する前から三島市では「文化の種をまこう・文化の庭を作ろう・文化の花をさかそう」をスローガンに市内の文化的な環境づくりに取り組んできました。
今年度からは<絵本のまちづくり>に即した新たな種まきもはじめており、代表的なものをあげると、市内の絵本に関連したスポットをまとめたマップの配布や絵本作家によるトークショーやサイン会の実施があります。

また、本市では「絵本の日」である11月30日にちなみ11月全体を「絵本月間」と定め、集中的な絵本との交流機会を設けています。なかでも「音と絵本のマルシェ」という屋外イベントは地域の書店や図書館、各種団体が一堂に会す大規模なもので、初開催にもかかわらず市内外の多くの方に参加していただきました。

――改めて取り組み初年度とは思えない積極的な活動ですね! 基礎が出来上がっているところに行政の丁寧なサポートが入ったことが要因なのではと感じました。

――三島市の取り組みは絵本を扱う出版社にとって勇気づけられるありがたいものですが、行政のまちづくりという観点からみたときの絵本の魅力はどこにあるのか教えてください。

鈴村さん まず絵本の魅力についてですが、創造性や想像力が育まれる点はもちろん、絵本との出会いで得られる心のうるおいや豊かさ、人生観の深まりといった様々な「人生の彩り」を提供してくれる点にあると思います。そしてその人生の彩りが本市の目指す「ウェルビーイング」と密接に結びついている点がまちづくりにとって重要なポイントです。

<絵本のまち>というブランディングを通じて文化や教育、福祉の分野での振興、商店街をはじめとする市内経済の活性化、観光誘客の促進などを目指し、最終的に三島市民のウェルビーイングにつながるような取り組みに成長していくための潜在的な魅力が絵本にはあると考えています。

――最後に、取り組み初年度がもうすぐ終わる、というところですが、来年度以降に取り組みを予定していることや、将来的な目標について教えてください。

鈴村さん まずは一年目が終わり、当初目標としていた体制作りやロゴマークの作成、さまざまな絵本と触れるイベントの企画については達成できたと考えています。

来年度からはこういった活動の継続と拡大を図りつつ、新たな文化的な資源の掘り起こしにつなげていくことが目標になります。具体的にはロゴマークの活用です。事業のシンボルとなるものですので、来年度以降は官民問わず市内のあらゆる絵本のイベントで活用してもらい、点在している取り組みを<絵本のまち三島>の関連事業として紐づけることで活動全体の認知度の向上を目指したいと思います。

もう一つの取り組みとしては今年度初めて実施した大規模イベント「音と絵本のマルシェ」の活用です。来年度は今回以上に多くの団体や事業者の方に参加していただき、イベントとしての満足度を高めることはもちろん、事業者間の交流を促進し、新たなイベントが生まれてくるような交流の場へと整備していきたいと考えております。
また、行政としてもすでに民間事業者の方々が取り組まれている絵本関連のイベントとの連携を深めていき、官民協働の<絵本のまち三島>の輪をより一層拡げていくことが総合的な目標です。

――かなり具体的なロードマップですね。一貫して住民との関わりをしている点は、冒頭に仰っていた意識ともつながりますし、官民協働の新たなモデルとして後に続く自治体もあるかもしれません。同じく文化の価値を信じている仲間として、今後の大成を応援しています!

いかがだっただろうか。今回の取材では、<絵本のまちづくり>という興味深い地方創生の手法について話を伺った。絵本以外にもさまざまな文化的資源があらゆる地域に存在するが、それを地方創生に結び付ける発想と実行力を持つ自治体はそう多くはないのではないか。まだ道半ばの事業ではあるが、今後のさらなる発展を期待しつつ引き続き注目していきたい。
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