[文:氷川竜介]

■ 1970年代と1980年代の分水嶺

池田理代子原作の『ベルサイユのばら』(通称『ベルばら』)は、日本漫画史上に輝く作品である。フランス革命という現実の史実に、王妃マリー・アントワネットを守る男装の麗人・近衛連隊長オスカルのロマンチックな人生を絡ませた虚実のたくみなバランスで大ヒット。
1972年から1973年にかけて続いた連載が終了した直後の翌1974年には宝塚歌劇の題材にとりあげられ、以来40年ものロングランとなる。

しかしTVアニメ化は同時期の『エースをねらえ!』(連載・アニメともに1973年)に比して遅く、1979年10月スタートである。同年3月に公開された、フランスのベルサイユ宮殿でロケを行った実写映画『ベルサイユのばら』の関連企画でもあった。それは『機動戦士ガンダム』、劇場版『銀河鉄道999』、劇場版『エースをねらえ!』、『ルパン三世 カリオストロの城』などなどと同じ年。TVアニメ黎明期からキャリアを始めた作り手たちが脂ののったベテランとなり、児童から青年へと成長した観客に向けて渾身の力で作品を叩きつけるように送り出していった、アニメ史上特筆すべき百花繚乱の時期にあたる。
その中でも本作は、2人の総監督が担当するという点で異色作に位置づけられる。シリーズ前半(第12話まで)は『巨人の星』の長浜忠夫監督、後半(第19話から第40話まで)は『あしたのジョー』の出崎統監督(チーフディレクターの肩書)である。そんな作品がちょうど1970年代と1980年代の「アニメのあり方」の境界線に現れたのは、実に象徴的でもある。結果論とはいえ、監督交代が作品パワーを高めるように作用したのが実に興味深いところだ。

オスカルたち登場人物は、クライマックスの「フランス革命」に向けて絡みあい、人間関係はもつれ、幾多の事件を経て成長していく。精神的にも大きく変わらざるを得ない人びとの「世界観の変化」というまさに「革命」へ向けて歩み続ける姿が、心情と自然にシンクロしてビジュアル化されている。こうした前半後半の演出の差に応えているのが、『巨人の星』『あしたのジョー』両作に参加していたアニメーター荒木伸吾という事実も意義深い(姫野美智と共同でキャラクターデザイン・作画監督を担当)。

「アニメ作品」とは、さまざまな要素を吸収してひとつに結晶化するもの。それを考えたとき、実に研究のしがいのある奥深さのあるシリーズなのである。

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(C)池田理代子プロダクション・TMS

■ 激情あふれ舞台的な長浜演出

アニメ版『ベルばら』序盤は、女性でありながら男として育てられたオスカルが、まだイノセントで何かにつけて激情をみせる時期を、アクションを交えながら描いている。一方のマリー・アントワネットもオーストリアから嫁いできたばかりで、フランス王朝の腐敗に失望しつつ反抗的と周囲からみられる行動を重ねていく。
長浜忠夫のドラマ演出は、こうしたシンプルな構造をはっきり見せるのに適している。対立軸の衝突(コンフリクト)を内面の心理的な葛藤とシンクロさせ、対立の激化によって圧力を高め、沸点をあげて解放のカタルシスへと導いていく。オスカルの場合、コンフリクトは性差であり、マリー・アントワネットは制度や因習である。どちらも閉塞から自由になりたいという点で共通性があり、その2人の絆も観客の共感を呼ぶ。
ストーリーテリングもビジュアルも、非常に明解で誤解がないように描かれる。怒っているときは画面も鮮烈な色調に変わるし、時に撮影効果を交えて眼光鋭く険しい表情となり、肩をふるわせセリフ回しも猛々しくなる。それで不足ならショックをあらわすイメージ的なエフェクトが加わり、人物はモノトーンに変色する。舞台のカラーライトに相当する効果まで動員されていて、すべては演劇的だと言える。


長浜忠夫監督が直前まで手がけていたのは、『超電磁ロボ コン・バトラーV』(‘76)や『闘将ダイモス』(‘78)など「ロマン」「ドラマ」を重視したロボットアニメであった。敵側の中枢に「美形キャラ」と総称される敵役をおき、葛藤を集約させる構造をとっている。中でも『超電磁マシーン ボルテスV』(‘77)では、敵のボアザン星に「角のある貴族階級と搾取される角のない者」という社会構造を設定。貴族でありながら角のない者として生まれたラ・ゴールが地球の味方になり、異母兄弟対決を交えつつ民衆の革命劇に至るという、まさに『ベルばら』直結の要素を描いていた。
長浜演出は、すべての面において情熱的で激しく過剰で、勢いがある。それが『ベルばら』では若々しい登場人物の抱く瑞々しい感性とマッチングして、スタートダッシュに貢献している。オーバーリアリズムと呼ばれるメリハリのある表現は、昨今なかなか見られなくなったものだけに、いま観ると新鮮であろう。

後編「秘めたる想いを映像に託す出崎演出」に続く 近日アップ予定

『ベルサイユのばら』 Blu-ray BOX
https://www.bandaivisual.co.jp/tms_50th/verbara.html

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