*(「ろ」は「王」に「路」と書きます)
[取材:数土直志]
2014年秋に『ガンダム Gのレコンギスタ』がテレビ放送を開始した。総監督は富野由悠季氏だ。
1999年にテレビ放送され、今年、待望のBlu-ray Boxを発売する『∀ガンダム』もそのひとつだ。キャラクター原案の安田朗氏はゲーム分野で活躍してきたが、『∀ガンダム』では初めて本格的にアニメに関わる。メカニカルデザインとして∀ガンダムをデザインしたシド・ミード氏は、SF映画などでも活躍する米国の工業デザインの重鎮だ。
『∀ガンダム』の主人公であるロラン・セアックの声優を担当した朴さんも、その中の一人だ。もともと舞台女優として活躍していた朴さんが初めて声優に挑戦したのは、富野由悠季監督の1998年のテレビアニメシリーズ『ブレンパワード』の女性パイロットのカナン・ギモスである。そして、初の主人公が翌年の『∀ガンダム』のロランだった。
朴さんは声優として数々の役柄をこなすが、恰好のいい女性役、そして少年役は得意とするところ。その声優としてのキャリアの最初で、そのふたつを富野監督との作品で演じている。朴さんにとって『∀ガンダム』と富野監督はきっと思い入れも深いはずだ。『∀ガンダム』のBlu-ray Boxが発売されるのを機に、あらためて朴さんに『∀ガンダム』と富野監督の思い出を語っていただいた。
『∀ガンダム』公式サイト
http://www.turn-a-gundam.net/
■ 「『ブレンパワード』のカナンは、当時の私に似ていた」
そもそも舞台女優として活躍していた朴さんが、声優の仕事を選んだきっかけはどういったものだったのだろうか?お話を伺うと、やはり富野監督との出会いがそこにあった。
朴さんは意外なエピソードを教えてくれた。「オーディションを受けた時期は、お芝居を辞めようと思っていたんです」。その時に『ブレンパワード』のオーディションの話があり、「絶対ダメだと思って受けてみたら、受かった」という。そこから初めて声優に挑戦することになった。
しかし、この話には別なストーリーもある。「オーディションに先立って富野監督が自分が出演していた野外公演を見に来ていた」ということを朴さんは後から知る。「仕組まれていたのかはよく分からない」と自身は話すが、富野監督が当初から朴さんの才能に大きな関心と期待を感じていたのは間違いないようだ。
『ブレンパワード』は、朴さんにとって大きな転機になった。初めての声優経験だが、周りの先輩に助けられながらカナン・ギモスを演じ切り、大きな充実感も得たと言う。
何よりもカナンに対する朴さんの思い入れはかなり大きかったようだ。それは初めての声優経験に加えて、カナン・ギモスの役柄自体にあったかもしれない。カナン・ギモスは、リクレイマーの組織を抜け出した主人公・伊佐未勇を追ってノヴィス・ノアに参加する女性パイロット。
それだけに『ブレンパワード』の打ち上げでは、「声優の仕事はもうこれで最後かと思って大泣きした」という。しかし、実際には、まさに朴さんのキャリアを大きく変える役柄がその後に待っていた。『∀ガンダム』の主人公、ロラン・セアックだ。
■ 苦労した少年役、『∀ガンダム』ロラン・セアックとの出会い
ロラン・セアックは、月から地球にやってきた17歳の少年だ。月と地球を巡る争いに巻き込まれて∀ガンダムのパイロットとなり戦うことになる。無垢でひたむきなロランは、どこか朴さんに重なるイメージがある。
ところが、朴さんによれば「私はディアナ役のつもりでオーディションを受けにいったんです。ところがオーディションではロランの台本を渡されて読まされました」とのことだ。いまでこそ少年役は朴さんの代表的な役柄のひとつだが、当時は男性の役は思いもしなかった。
「『ブレンパワード』で冬馬由美さんが少年役を演じているのをみて驚いたぐらい」というから晴天の霹靂かもしれない。
実際にロランを演じるにあたっては苦労が多かった。そもそも少年というものが分からず戸惑ったようだ。例えば、第5話の「ディアナ降臨」である。ロランが股間を打って男性ならではの痛みを感じるシーン。朴さんは、「だって、私は男じゃないから分からない」と当時は思ったと話す。少年役ならこの人という朴さんの若き日のエピソードだ。
しかし、むしろ富野監督はそうした無垢な朴さんの演技を求めていたようだ。当時監督は、「そのまま演技するように」と朴さんに話したという。
■ 「富野監督にはオーラがある」
一方で、アフレコを進めるなかで、富野監督との楽しいエピソードも多かったようだ。『∀ガンダム』でロランのキャラクターを最初に大きく印象づけるシーンに、第1話『月に吠える』のラストシーンがある。地球にやってきたロランが月に向かって「みんな早く、地球に戻って来い!」と叫ぶところだ。
演技指導をする富野監督はスタジオのマイクの向こう側に立ち、朴さん向かって「もっと、もっと、もっと大きく、ここに向かって叫んで」と熱く叫び、あたかもそこに月があるかのように自ら全身でスタジオの天井の方を目一杯示したという。その姿をいまでも印象深く覚えているという。アフレコ現場で全力投球の監督の姿が伝わる話だ。
また朴さんが、アフレコ収録の前にケガをした際のエピソードも印象深い。収録の直前で大きなケガしてしまった朴さんは、「それでもアフレコは大事」と無理をしてスタジオに赴いた。これに対して「富野監督に、『なぜ、出てきたんだ!』」といきなり怒鳴られました」と話してくれた。富野監督らしい思いやりの表現が感じられるエピソードだ。
そんな富野監督について朴さんは、「とにかく他にいない人。天才。オーラがある」と語る。
インタビューに答えていただいた朴さんは、そんなエピソードを語りながら、様々に表情を変える。声優をはじめたばかりの頃、そして声優の仕事をきちんと考え出した頃は語る真剣な表情、楽しいエピソードを語る際は朗らかな表情、それは様々な役柄を演じ切る多才な声優“朴”を彷彿させる。
そんな朴さんにとって、『∀ガンダム』は一際思い出の深い作品のようだ。「『∀ガンダム』は、いろんな人に深く愛されている。私の周りもこの作品が大好き言う人が多い」と話す。
「話をしていてよく“黒歴史”という言葉がでてくるけれど、それは『∀ガンダム』の言葉だからと指摘したりします」と言う。いまでも『∀ガンダム』を身近に感じている。
最終回のアフレコの際には、ボロボロと泣いたとも。声優としてだけでなく、作品への思い入れもまた大きい。朴さんの声優としてのキャリアの原点に、『∀ガンダム』とロラン・セアックがいるに違いない。
『∀ガンダム』公式サイト
http://www.turn-a-gundam.net/
『∀ガンダム』Blu-ray Box
Box1 発売中 32,000 円(税抜)
Box2 2014年12月25日発売 32,000 円(税抜)