誰にでも愛される『それいけ!アンパンマン』の人気に秘密はどこにあるのだろうか?そして、2013年に原作者のやなせたかし先生が亡くなられた後、その意志はどう引き継がれて映画が制作されているのか?トムス・エンタテインメントの久保雄輔氏(トムス・エンタテインメント 執行役員 企画本部 副本部長兼 企画推進部長)にお話を伺った。
久保氏には、人気アニメを50年以上にわたり作り続けるトムス・エンタテイントの作品づくりについても語っていただいた。
[取材・構成=数土直志]
映画『それいけ!アンパンマン ミージャと魔法のランプ』
http://anpan-movie.com/2015/
トムス・エンタテインメント
http://www.tms-e.co.jp/
■ やなせ先生の不在で作った初の劇場映画は「変わらずいいもの」
映画『それいけ!アンパンマン ミージャと魔法のランプ』は、7月4日に全国163館で公開した。動員は大ヒットとなった昨年の『それいけ!アンパンマン りんごぼうやとみんなの願い』をさらに上回り、公開27日で40万人を超えるほどだ。
しかも、本作は原作者で2013年に世を去ったやなせたかし先生が参加しない初の作品となった。ヒットの秘密は やなせ先生の意志を引き継いだスタッフの心意気にありそうだ。久保氏は、26年の歴史で培ったノウハウをもとに「変わらないいいもの」が作れたと話す。
アニメ!アニメ!(以下、AA)
2015年夏に公開された映画『それいけ!アンパンマン』のシリーズ最新作が好調です。単刀直入になりますが、ヒットの秘密は何なのでしょうか。
久保雄輔氏(以下、久保)
ヒットの秘密が分かれば常にヒットになりますね。
今年は、やなせたかし先生が関わることなく作った初めての作品なので、立ち上げから進めていく中ではやはり不安はありました。でもアニメ『アンパンマン』が26年の歴史のなかで培ってきたものがあって、いい意味で変わらず作れました。スタッフの試写が終わったところでみんなほっとしました。変わらないいいものができたのかなと思っています。
AA
クリエイティブの中心であったやなせ先生が亡くなられて、ではこれからは何を大切にし、どうすれば次につながるといったことは考えられたのですか。
久保
これまでは毎年先生からのテーマとかメッセージがありました。それがなくなったなかで、アンパンマンのテーマをぶれずに伝えていこうと考えています。子どもたちが楽しんでくれるものになればいいなと心掛けています。
AA
『アンパンマン』がこれだけ長く愛されていることはどう受け止めていますか。キャラクターの人気はわっと広がり、突然人気がなくなったりする時もあります。ところが『アンパンマン』は、どんどん大きくなっていきます。子どもの数は減っていることを考えれば不思議です。
久保
僕も子どもの時に絵本で『アンパンマン』を見ていた世代なんです。この仕事で『アンパンマン』に携わるようになりましたが、本当にその魅力を理屈で説明できないのですが、メッセージはあります。それが子どもにも通じるのかなと思っています。
やなせ先生が言っていたのは、その時は分からなくても大人になった時に、「あ、あの時のはこういうことだったのか」と分かればいいと。子どもに向けて作っていますが、だからといって話をもっと簡単にしようとかはあまり意識しません。子どもだましみたいな感じにはしないようにしています。
AA
『アンパンマン』のアニメーションはトムス・エンタテインメントさんで制作していますが、トムスさんは『名探偵コナン』もそうですし、『ルパン三世』もそうですし、キャラクターを長く愛されるように育てるのがとてもうまい気がします。何か心掛けていることがあるのですか。
久保
これは我々というよりも、原作者の先生たちの力とキャラクターの力が大きいですね。あとは今の3作品も含めてファミリーで見られる、幅広い感じで見られる作品が多いなと思っています。
『アンパンマン』も最初アニメを開始した時には「1年は続けるぞ」と言っていたらしいんです。それが気づけば27年目です。
■ 子どもたちが楽しめる映画館
子どもたちにとって映画館は、実はあまり馴染みの場所でない。閉ざされた空間に子どもたちが怖がるときもあると言う。また子どもたちを持つ親は、子どもたちが劇場で周りの人に迷惑をかけるではと心配することもある。
しかし、映画『それいけ!アンパンマン』シリーズでは、子どもたちの映画館デビューも掲げる。子どもも親も安心して映画を楽しめる。そんな環境づくりも人気の秘密だ。
AA
上映劇場を訪れると、本当に小さなお子さまが楽しそうで、通常の映画興行とは違った世界になっています。
久保
素敵なお話をつくって届ければ感じてくれると思っています。
ふつうの映画は90分以上ですが「アンパンマン」を見るお子さんは小さいので尺を短くしています。スクリーンを見ながら遊べる部分を作っています。
AA
子どもたちの映画デビューといった施策もされています。
久保
対象年齢が2~3歳ですので、劇場によっては館内を少し明るくしたり、ここ何年かは短編作品で子どもたちが一緒に手遊びできるような試みもしています。
映画館は暗くて大きな音がするから子供が泣いてしまう、まわりに迷惑をかけると来場を尻込みされるお客様もいましたが、アンパンマンではお互いさまです、わいわい騒いで良いんですよと。
AA
気にしなくていいわけですね。
久保
はい、そこは口コミ広がっていますね。「楽しんでワーワーできたよ」と。今年の入場者プレゼントがシャカシャカ音がするマラカスですから。映画館の防音施設もしっかりしてきたので、昔とはちょっと違うかたちで歌って遊ぼうねみたいな感じです。
AA
この先、来年、再来年、どういったかたちでつなげていくのか、といったことはありますか。
久保
近いところでは30周年、30作目があるので、そこに向けては積み上げていこうと話はしています。やはり昔から変わらずある やなせ先生の思いを子どもたちに届けていこうと。さらにお父さんやお母さんも一緒に見て楽しめるような作品ができればいいなと思います。
AA
いまですと30代のかたは、子どもの頃に『アンパンマン』を見ている世代です。
久保
小さい子を持つ親は子どもの時に『アンパンマン』やっていたし、おじいちゃん、おばあちゃんも孫が『アンパンマン』が好きですから『アンパンマン』は認知しています。でも映画は見たことがない人はかなりいると思います。
映画は少しメッセージが入ったりするので、「親が見てもいい話があるんだね」という声も聞きます。いろいろな人に見てもらいたいですね。
AA
大人向けのグッズ展開とかは可能性はありますか?
久保
世代が変わってくるとそういう声もあるのですが、やはり子どものための作品ですのである程度線引きをしています。それでも今はLINEスタンプもやっています。これはある意味では大人向けなのかなと思います。カテゴリーは少しずつ広がっているのかなと思います。
■ アニメ制作50年、トムスのノウハウの継承
『それいけ!アンパンマン』の人気の秘密には、アニメを制作するトムス・エンタテインメントのノウハウも大きな役割を果たしていそうだ。そのトムスは2014年にアニメーション制作50周年を迎えたばかりだ。長きにわたり人気作、傑作を生み出す背景は?久保氏に、トムスのアニメーション制作50周年について伺った。
AA
これまでトムスさんの代表作として『アンパンマン』のお話を伺いましたが、トムスさんはアニメ制作を始めてから51年目になります。日本のなかでも有数の歴史です。50年という節目をトムスさんはどういうふうに受け止めているのですか。
久保
50年というと僕も生まれていません。僕が入る前にやっておられた人たちが築き上げてきたものなんです。簡単には語り尽くせないところがありますね。
どちらかというと50年の歴史は、作品を見てくれる人にとってのアニメを考えることが大事だなと思っています。いまでも過去の作品を再放送したり、何かで取り上げたりいただいたり、それがうちの財産です。
AA
トムスさんは過去の作品を大事にする会社だなとの印象があります。先ほどの作品が長く続くということも含めてですが、これからもそうしたことは意識されていきますか。
久保
根底にいいものは色あせない、そういう作品を作ろうという意識は多分みんな持っていると思います。
僕が子どもの頃見ていたのはスポ根とかギャグが多かったのですけれど、トムスでは『それいけ!アンパンマン』や『名探偵コナン』『ルパン三世』といったファミリー系が強いですしこれからも大切にしたいですね。最近は視聴者の方の嗜好も変わってきているので深夜帯のアニメも広くやっています。