その中でもオープニングとエンディングは欠かせない見どころのひとつだろう。ペイント・オン・グラスというアニメーション技法でエンディングを描き出すのはその技法で描いたアニメーション作品で世界各地のコンペティション入選を続けるアニメーション作家の佐藤美代。変化し続ける絵の独特の息づかいが大きな話題を生んでいる。
今回、佐藤の元を訪れ、ペイント・オン・グラスとは、エンディング映像がどのようにして生まれたのか、たっぷりと話を訊いた。
[取材・構成:細川洋平]
「モブサイコ100」1話~7話 振り返り上映会
2016/08/30(火) 開場:23:50 開演:24:00
http://live.nicovideo.jp/gate/lv273222347
■エンディング映像の話はなくなったと思っていました
――まずは、『モブサイコ100』のエンディング映像に決まった経緯はどういうものだったのでしょうか。
佐藤
アニメーション関係の知り合いから「立川譲監督が油絵の技法でエンディングを作りたいと考えているらしい」という連絡が来たんです。それで監督とメールでやりとりをして、まず本編を手伝うことになりました。
――本編にも参加されているんですよね。例えば第1話で天井破りの霊が出てくるところと、その霊が消えるところなどですね。
佐藤
そうです。
――エンディングはモノクロですが、本編は色つきで。
佐藤
はい、カラーで作っています。最初に絵コンテとレイアウト、タイムシートが送られてくるので、それを見ながら描いて行きます。
――商業アニメーションの作画の技法やタイムシートの読み方は知っていたんですか?
佐藤
いえ、初めてです。今まで書いたこともなかったのですが、監督が「知っていれば、この先にも活かせるから」と。数枚の原画があって、間の絵をタイムシートを元にこちらで考えて……。1秒を2コマとか3コマで(※ 1秒は24コマ。コマ数が増えるほど動きはゆっくりになる)とったりして、指示がある時はその通りに、ないときは自分で考えて。
――大まかな原画を元に、中割(動画)も含めてやっていくわけですね。ペイント・オン・グラスは実際どのように作っていくのでしょうか。
佐藤
今、会社の片隅に実際の仕事場があるんですけど、まず、外の光が入らないように暗室の中で作業をします。
――そうすると撮った後に一度変化させてしまうとやり直しは効きませんよね。作画監督のリテイクなどにはどう対応しているんですか?
佐藤
リテイクは、フォトショップなどで修正を入れた画像を戻してくれるので、それを元に進めます。だから最初に一枚撮ったらすぐお渡しして、確認を取って、進めて行くという流れですね。
――そうして本編に参加していくうちに、エンディングの映像に入りましょう、という話があったわけですね。
佐藤
本編作業中に「エンディングの話はなくなったんだろうな」と思っていたので、ちゃんと話が来た時はうれしかったです(笑)。打ち合わせではエンディングの曲を聞いて、どんなイメージを持ったか聞かれました。最初、激しい曲調だし、登場人物をいろいろ出して説明するような、カッコいい映像にしなきゃと思っていたんですけど、「それはオープニングでやるからエンディングは大丈夫です」と言われて(笑)。
――ははは(笑)。
■アイデア出しから実制作へ
佐藤
「霊幻の朝をやろう」というのは監督からのアイデアでした。霊幻ってプライベートが原作にもあまり出てこないし、質素な部屋に住んでいる。どんな私生活か少しでも分かる映像がいいんじゃないかと。
――なるほど。そうして方向性が決まったんですね。まずどこから取りかかったのでしょうか。
佐藤
まずは霊幻が朝に部屋の中でどういうことをするのか、というリストをバーッと作りました。撮るものを絞り込んだらモデルさんを立てて、実写の撮影です。室内の次は外の素材撮影です。何を撮るかも決めずに調布市へ行きました。
――なぜ調布市へ?
佐藤
原作の町が「調味市」だったので。
――絵コンテは結局使わなかったんですね?
佐藤
カットを吟味するときには使いましたけど、編集は映像を直接いじった方が早いので、絵コンテは使わなくなりました。
――ペイント・オン・グラスでのエンディング映像制作はどのくらいかかったのでしょうか。
佐藤
1ヶ月くらいですね。
――行き詰まることはありませんでしたか?
佐藤
そうですね、今回はロトスコープ(※実写をトレースしてアニメーションにする技法)を使っているんですけど、キャラクターの頭身が違うので直していたり、背景も描き加えたりして細かい調整は加えていて、手が止まったところはそれくらいでしょうか。
――具体的にはどうやってロトスコープにしたのでしょうか?
佐藤
「Dragonframe」は動画も取り込めるので、PCの画面上に動画と、絵を重ね合わせて確認しながら描いていきます。手元で描いたら、横のPCを見て確認、という流れですね。
――描画用の作業台にはキャラクターデザイン・総作画監督、亀田祥倫さんによる「手の設定画」が貼ってありましたが、手は意識しましたか?
佐藤
亀田さんが手にこだわってらっしゃるようでしたが、まだ私は直接感想を聞けてないです。うまく出来てるといいのですが。
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■ペイント・オン・グラスが違和感なくなじんでいた!
――霊幻の朝の行動はどのように吟味していったのでしょうか。
佐藤
男の人が実際にどういう朝を迎えるのか、いろいろ想像しました。ただ、霊幻はミステリアスだけど、それほど特別なことはしないんじゃないかと思いました。だから部屋の中にある植物に水をやったり、タバコを吸ったりという描写にしました。
――飲んだコップの水をそのまま植物にやるのは、妙に霊幻ぽくて印象的ですね。
佐藤
じょうろを使って水をやるより、一人暮らしの男の生活ですし、コップの方が現実味があるなと思って。これは実写の撮影中にふと思いつきました。
――タバコを吸う霊幻というのもまたモブの前とは違う一面が見られるし、しかも仕草が色っぽいんですよね。
佐藤
モブに会うまでをモノクロにしたことで、画面が地味にならないよう、仕草に色っぽさを残したいなあというのは意識して作っていました。
――最後にモブに会う時に、初めて色が付きますが、ここはどなたのアイデアだったのでしょうか。
佐藤
私が全編モノクロにしたいと提案して、最後に色が付くというのは監督のアイデアです。どういう意図かはまだ詳しく聞いていないですね。
――本放送でエンディング映像を見たときはどんなお気持ちでしたか?
佐藤
放送直前まで「本当は流れないんじゃないか」とずっと疑っていたんです(笑)。というのも、技法が独特なので作品を邪魔しているんじゃないかと不安で。でも本編を見ていたらいろんな作画があるし、ペイント・オン・グラスも違和感なく馴染んでいたので、エンディング映像まですごく安心して見ることができました。
――TVアニメ『モブサイコ100』の本編は、ご覧になってどう感じていらっしゃいますか?
佐藤
作画がすごくおもしろいですね! アニメーションを勉強してきた側の人間なのに、今までTVアニメはあまり知らなかったのをすごく後悔しました。だから今、いろいろと見てます!
――うれしくなる感想ですね(笑)。今回、まだ引き続きですが商業アニメーションに参加して、自分の絵ではないキャラクターの絵を描くことに抵抗はありませんでしたか?
佐藤
私は商業アニメーションの中で自分の技法を使えることが単純にうれしいと思いました。この技法がどういうことまでできるのかも知りたかった。まだ自分の作風を確立したくないという思いと、できることはできる内にいろいろやりたいという思いもありましたし、抵抗なく参加することができました。
――参加したことは、アニメーション作家・佐藤美代の活動に活かせそうですか?
佐藤
はい。たくさん。特に「ホラー」要素は今まで自分が作った作品の中でも最も上手く表現できたんです。だから、これからはホラーも行けます(笑)。
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■1人のペイント・オン・グラスの作家が生まれるまで
――ここからはググッとさかのぼってうかがいたいのですが、佐藤さんがペイント・オン・グラスという技法に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
佐藤
名古屋芸術大学に通っていたときに友だちが教えてくれたPVがきっかけです。日本の映像チームのPVで、ペイント・オン・グラスと似た手法で作られていました。私はそれまで紙に描いた作画しかやったことがなかったので、それがどうやって作られているのか全然分からなくて、何度もくり返し見ました。すると「どうやらガラスに絵の具で塗ってる感じだな」と分かってきて。ちょうどその頃、知り合いのミュージシャンからPVを作って欲しいという話があったので、自分の部屋を暗室代わりにして、夜だけ撮影するという方法で作り始めました。
――どういう技法が分からないけど、とりあえず自分でやってみた、というのはすごいですね。
佐藤
そうですね(笑)。アクリル板を買ってみて、今も使ってる台の上に、家にあるビデオを下向きに設置してやってみました。
――その時使った画材は何だったのでしょうか。
佐藤
最初の作品から何作かは、油を多めに混ぜた油絵の具でした。でも油絵の具って3日くらい経つと乾いてしまうので使いにくいんです。そのときにちょうど、キャロライン・リーフというペイント・オン・グラスのアニメーション作家さんを知ったんですけど、彼は水彩絵の具にグリセリンを混ぜたものを使っていたんです。それを真似てみたら全然乾かないので、それからは水彩絵の具にグリセリンという組み合わせで描いています。油絵の具は臭いはちょっと苦手だったので助かりました。
――初めて作品を作り上げたときはどんな感触だったんですか?
佐藤
その時は絵コンテも描かずにやっていたので、技法というか、絵の具が変わっていく感じがおもしろくてただただ遊んでいたという感じです。完成映像を「初めて見た!」と言ってくれる人も多くて、うれしかったですね。
――それから少し時間を置いて、ペイント・オン・グラスを再び始めることになります。
佐藤
はい、大学を卒業して2年後に東京藝術大学大学院のアニメーション専攻に入ったのをきっかけにして。1年間で何か作品を作らなくてはいけなくて、だったら今までやってきたことをもうちょっと突き詰めたいと思ってペイント・オン・グラスで1本作りました。その後、修了制作の『きつね憑き』という作品でも同じ技法で作ったんですけど、結局この技法が自分に1番合ってたんだと思います。
――『きつね憑き』は近いところで言うと東京アニメアワードフェスティバル2016(TAAF2016)のコンペティション部門短編アニメーションで入選しているほか、海外の映画祭などにも出展されています。
佐藤
『きつね憑き』では砂絵も取り入れました。砂は手で描くことや画材が絵の具と似ているのですぐに取り組めたんです。いちばん好きな作家であるキャロライン・リーフは砂絵でも有名で、『カフカの変身』などを砂絵で作っているんです。同じ原作ものの『きつね憑き』を作る時には参考にさせてもらいました。日本ではペイント・オン・グラスも砂絵もやっている人は少ないので珍しがられますけど、海外にはたくさんいるんですよね。インディペンデントアニメーションではカナダのNFB(※カナダ国立映画制作庁)というところが有名で、ペイント・オン・グラスも砂絵も質の高いものが多く、大学院時代はよく見ていました。
――それだけペイント・オン・グラスという技法が佐藤さんを惹きつけているというのは、制作のペースや創造性に応えてくれるからなのでしょうか。
佐藤
いえ、逆ですね。何が生まれるか読めないんです。紙では描いた線画が当然そのまま現れますが、油絵の具だと絵の具そのものの変化や残像――前に描いていたものの消し残しだったり――というものが出てくる。そう制作過程が自分にとってはすごく大事で、すごく好き。砂遊びのような、画材の感覚を楽しみながら作れるというところがやっていておもしろいところですね。