そんな第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で優秀賞に輝いたのが、一昨年度に新人賞を受賞した『たまこラブストーリー』につづく、山田尚子監督による『映画『聲の形』』だ。人と人とのコミュニケーションという普遍性の高いテーマを、リリカルな映像感覚や、それと有機的に絡み合う音像により、まるでインスタレーションのように体験させる本作は、いったいどのように取り組まれ、またどのような想いが形になっていたものなのか。2017年9月16日(土)から開催されている受賞作品展に向けてお聴きした山田監督の声を届ける。
【取材・構成=高瀬司】
第20回 文化庁メディア芸術祭受賞作品展
会期:2017年9月16日(土)~9月28日(木)11:00~18:00
※入場は閉館の30分前まで
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]、東京オペラシティ アートギャラリー 他
http://festival.j-mediaarts.jp
■希望を描く“真心の作品”
――『たまこラブストーリー』(2014年)での第18回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞につづき、『映画『聲の形』』(2016年)での優秀賞受賞おめでとうございます。
山田
ありがとうございます。文化庁メディア芸術祭は、いつも作品を作るときの一つの目標にしているので、とてもとてもうれしいです。
――今回の受賞をきっかけに、『映画『聲の形』』のことを新たに知る方も多いと思います。そこであらためて、基礎的なところからうかがわせてください。本作は大今良時先生のマンガ『聲の形』のアニメ化ですが、最初に原作を読まれた際の印象というのは?
山田
頑ななまでに希望を欲する心が描かれているように感じました。登場人物たちはすごく絶望的でつらい状況に置かれていますけど、それだけじゃなく、同時にたくさんの相反する感情が描かれていて、これは“真心の作品”なんだなと。
――そうした繊細な原作をアニメ化するうえで、意識した点、キーワードとした言葉などはありましたか?
山田
“ゆるされたい”です。生きていたら、失敗したり、傷ついたり、傷つけてしまったり、どうしようもない状況になってしまったりすることがあると思うんですけど、それでも生きていけるし、生きていっていいという、そういう希望を描きたいと思いました。
――原作は全7巻からなるため、それを120分の作品としてまとめあげるにはエピソードを絞り込む必要があったと思います。どのような点に気をつけられましたか。
山田
原作はひとつひとつのエピソードが魅力的なうえ、解釈のレイヤーがいくつもある作品だと思います。なのでそのぶん、あれもこれもとなってしまわないように、ちゃんと“映画を作る”んだという意識で、作品の軸がぶれてしまわないように気を付けながら構成していきました。
――“軸”というのは具体的には?
山田
主人公である石田将也の物語に集中するということですね。
――そのコンセプトを貫くためにこだわられた点はどこでしたか? シナリオ面でも、画作りの面でも。
山田
一番は、まず作品全体を見通して、そこから必要なことを逆算しながら作ることですね。これはいままで関わらせていただいた、どの作品でも大事にしてきたやり方ですけど、この作品では特に気を付けました。
また画作りでは、“居心地のよさ”を大切にしました。登場人物は一人ひとり悩みを抱えていて、明日を迎えるのすらつらそうな子たちばかりなんですけど、それに対して世界の側は、そんな子たちをいつでも迎え入れてくれるような懐の深い存在であってほしくて。なので、将也たちを包む世界を一貫して美しく描くようにしました。
■次ページ:音を映画にする
■音を映画にする
――第20回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員である高橋良輔さんは、講評で「むずかしい題材へのチャレンジ」、そしてマンガをアニメに落とし込む際に加えられた「動き」と「音」の魅力について激賞されています。
山田
シリアスな面が注目されやすい作品ではありますけど、私はこの作品はそれを見せるための作品ではないと思っているんですね。なのでそのことを観た人にわかってもらえるようにしなければいけないなと。そのために、作中で描かれるどの行為に関しても、否定するでも肯定するでもなく、それぞれの登場人物の心に寄り添うように描くことを大切にしました。
――「動き」に関しては、注目ポイントの一つに、細やかな「手話」の描写があると思います。アニメで描くにはむずかしいモチーフだと思いますが、どのような手順で制作されたのでしょうか。
山田
手話は繊細な言語なので、少しの違い、たとえば手のひらの向きが少し違うだけで意味が変わってしまうそうなんですね。なので最初に、できあがった絵コンテを手話監修の方に見ていただいて、そのうえで手話が登場するシーンすべてを実演していただきました。アニメーターの方には、その参考映像をもとにして、芝居を起こしてもらっています。ただその際も、動作として正確に描くだけでなく、手話を使っている人ごとの性格や修練度合いの違いも大事にしながら演技付けをしていきました。
――また「動き」に関してもう一点。山田監督はしばしば、人物の感情を表現する際の方法論として、“足”の動きや描写にこだわりを持つ映像作家として言及されてきました。
山田
足元を映すことは、いままでもこれといった決まりごとがあってやってきたわけではなくて、そのときどきで必要なものに寄り添っていった結果、自然と多くなっていたんだと思います。今回は将也の物語なので、カメラワークに関しても“将也が見ることのできる世界”を軸に考えていきました。“将也自身が選び取って見ているもの”と、“将也に気づきが訪れたときに見えてくるもの”、その二つの世界を積み上げて編み込んだつもりです。
――「音」に関しては、音楽家である牛尾憲輔さんとの密な共同制作による、ノイズを活かした独特の劇伴が大きな注目を集めました。どのような手順で制作されたのでしょうか。
山田
牛尾さんとの音作りは、最初の顔合わせのときに“作品づくりの概念”みたいな抽象的なお話をして、「いまのお話を受けてまず何か1曲書いてみます」というところからはじまりました。それから絵コンテが少し進むたびにお見せしては、それを読んだ牛尾さんから「スケッチです」と新しい音楽が届くということの繰り返しで、気が付けばあらためて楽曲を発注するまでもなく、作品世界に寄り添った音楽ができあがっていました。またその後も、完成画面に音を当てはめていくダビング作業まで、相談し合いながら一緒にやりましたね。
――映像と音響が相互に刺激し合い高め合う特殊な制作スタイルだと思いますが、なぜそこまで「音」にこだわられたのでしょうか?
山田
この作品は“人の生理に寄り添う”作品だと思ったからです。そこから胎内……というか体内、生きているものの体の内側に必ず存在する“音”というものを“見る”、もっと言うと“体験する”ような作品にしたいなと。
音は“聞こえ”のものとしてとらえられることが多いと思うんですけど、それだけではなくて、周波数によっては身体に振動を与えたりとか、あらゆるものに紐付いた現象だと思うんですね。
――とんでもないです。よくわかります。
山田
素直には……“音”を映画にしたかったんだと思います。
――まさに“音聲(おんせい)の形”を作り上げられたということだと思いますが、手応えはいかがでしたか?
山田
すごく刺激になりましたね。今回の経験を通じて、今後さらに挑戦してみたいことが見つかりました。
■次ページ:色やにおいを感じさせる作品世界を信じて
■色やにおいを感じさせる作品世界を信じて
――文化庁メディア芸術祭は例年、「アニメーション部門」以外にも、「アート部門」「マンガ部門」、そしてゲームやWeb、アプリケーションなどデジタルメディアまで含む「エンターテインメント部門」と、多彩なメディアを対象としています。アニメーション以外で気になる部門はありますか?
山田
アート部門が気になりますね。毎年真っ先にチェックしています。
――山田監督の近年の作品は、伝統的なアニメーションの魅力だけでなく、メディア越境的な映像感覚、たとえば実写的なレンズ感、さらに言えば擬似的なレンズ風のデジタルイメージが、特徴的な作風の一つとして挙げられると思います。そうしたこだわりはどういったところから生まれたものなのでしょうか?
山田
もともとカメラや実写の映像作品が好きだということがあるのかもしれません。でも、かといってアニメーション作品のなかに実写を取り込んだりするようなことではなくて……というのも、実在するものとしないものとのあいだには、とても繊細な線引きが必要だと思っていて、カメラのシミュレーションも、ちゃんとアニメーションの世界を成立させたうえでやりたいんですね。
――2017年9月16日(土)から28日(木)まで開催されている、文化庁メディア芸術祭受賞作品展では、アニメーションファンだけでなく、多様な関心を持つ方々が本作に触れることになると思います。さきほどうかがった“音”への特別なこだわりも関連すると思いますが、『映画『聲の形』』を「アニメーション作品」ではなくあえて「メディア芸術」というより広い枠組みでとらえたとき、どのように観てもらいたいですか?
山田
まずこの作品は「一人の少年が生きるための練習をしていく」物語を描いた映像作品ですけど、別の軸として、さきほどの「音の映画」以外にさらにもう一つ、「人の潜在的な記憶や感覚を追体験する作品」という側面も考えながら組み立てていて。なのでお話の内容や意味を楽しむだけでなく、観てくださる方それぞれが、フィルムから立ち上がってくる何か、つかみきれないような何かを、個人的な映像体験として受け取っていただけたらとてもうれしいですね。
――ありがとうございました。最後に読者の方へのメッセージをお願いします。
山田
『映画『聲の形』』は、重苦しいテーマの作品のように思われる方もいるかもしれませんけど、たぶん怖くないので、安心して、ぜひこの機会に一度観てみていただけたらうれしいです。