4月26日にアニメーション映画『バースデー・ワンダーランド』が公開を迎える。

原作は柏葉幸子の児童文学『地下室からのふしぎな旅』(講談社青い鳥文庫)。

内気な少女・アカネが、誕生日前日に謎の大錬金術師・ヒポクラテスと、その弟子である小人のピポに導かれ、叔母のチィと共に現実世界とは異なる「幸せ色のワンダーランド」で繰り広げる冒険を描く。

監督を務めるのは、『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』、『河童のクゥと夏休み』、『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』を手がけた原恵一。
キャリア初の本格ファンタジー作品にどのような心境で臨んだのか、本作に込めた思いを訊いた。
[取材・構成=山田幸彦]

■日本人にはない感性が生んだビジュアル
――『バースデー・ワンダーランド』は原監督のキャリアでは初となる本格的なファンタジー作品となりますが、どのようなご心境で取り組まれましたか?

原:もともと、僕はファンタジー物にあまり興味がないほうなので、声が掛かったときは正直なところ不安もありました。
ただ、キャラクターがブレなければ、ファンタジーだろうがリアルなものだろうが楽しんでもらえる自信はありました。

映画作りで大切なことは「キャラクターを立たせること」だと常々思っていて、それは今回もブレずに上手くできたかなと思います。

やってみたら、どんどんファンタジーというジャンルの楽しさも感じるようになりました。

――今回、ロシア出身のイラストレーター、イリヤ・クブシノブさんがキャラクターをはじめとするデザイン周りを手がけています。お仕事をご一緒されてみていかがでしたか?

原:当初イリヤは、キャラクターデザインだけをお願いする予定でした。ところが彼はデザイン画であっても高い完成度を持つ一枚の絵に仕上げる力があったし、こちらが求めているものを言わずとも理解してくれる人ということがわかった。
それで制作が進む中で作品全体のビジュアルまでお願いすることになったんです。

もともと、この作品には日本人的でない発想が必要だと感じていたのもあって、イリヤにはロシアで育った彼の感覚を最大限に引き出してもらおうと思いました。

画面に映っているもの……景色、建物、メカ、家の中の家具、食器類、そのほぼ全てイリヤがデザインしたものです。見事に日本人のデザイナーからは出てこないものが出てきましたね。

――街のデザインにも関わられているのですね。

原:絵コンテを進めながら、次の街はこういう感じで……と、具体的な地名を伝えたり、イメージに近い街の資料を見せたりして、それを元にイリヤが書き起こしていく流れでした。
彼は楽しんでくれたし、一緒に仕事をしているこちらも楽しかったですね。

――今作は物語中で“色”について言及されることが多いですが、色彩に関してはどのようなこだわりがあったのでしょう?

原:まずは多彩な街に関して色で変化を付けたいと思っていました。

現実世界を舞台にした作品だと、土地ごとに極端な色の差を出すのはなかなか難しいんです。そういったビジュアル的な冒険もできるのはファンタジーならではの魅力ですね。

――現実世界は基本的に寒々しい色を使われていますが、そんな中でアカネの家だけが色彩豊かなことなど、色に隠されている物語のヒントもありますよね。

原:そのあたり劇中では何も説明していないんですけれど、映画って観た人がいろいろと想像するのも楽しさの一つだと思っています。
今回はいろいろ仕掛けたものはあるし、僕の中で設定は考えているのですが、あえてお客さんに想像してもらおうと思って作りました。

――余計な説明が省かれていたため、目の前に提示された風景やアクシデントをナチュラルに楽しむ、旅行のような鑑賞感がありましたね。


原:今回、旅を通してアカネがものすごい濃密な経験をしたことで、冒頭までの彼女とは少し違う生き方をするんだろうな、ということをお客さんに感じてもらいたかったんです。
異世界と現実がくっきりと別れているのではなく、地続きなものとして思ってもらえるようなつくりにする……それが今回の一番の目標でした。
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■キャラが立てば、どんなジャンルも面白くなる
――本作はアカネの物語でもありつつ、彼女たちと対立し、異世界の平和を脅かすザン・グの物語でもありますが、構成にあたって意識された部分は?

原:良いストーリーに加えて、キャラクターたちがちゃんと立っていれば、どんなジャンルでも面白くなるということだけは信じているんですよ。今回に関しても、主要なアカネ、チィ、ザン・グ、ドロポ、ピポは上手く立てられて、かつとても良いコンビネーションが生まれたと思っています。

――アカネたちを異世界へと導くヒポクラテスも、真面目そうな第一印象に反して、意外性の塊のようなキャラクターでした。中盤で大変な変化に直面して、「ここまでユーモア溢れるキャラになるのか!」と驚かされました。


原:ヒポクラテスに関しては、ストーリー上、「なんでああなるんだ?」という必然性はそんなにはないんですよね。
ただ、意外性を出して「え、どうなっちゃうの?」とお客さんに思わせるのも監督の仕事だと思っていますから、その意外性のためにヒポクラテスはとても災難な目に遭うことになりました(笑)。

――アカネが飼っている猫のゴロ兵衛が、なかなか起きないアカネにお尻を押し付けられるシーンなど、ちょっとした猫の描写がとてもリアルな印象を受けたのですが、原監督は猫を飼われているのでしょうか?

原:子どもの頃実家にいたくらいで、その後は猫と一緒の生活をしているわけではないです(笑)。
ただ、猫にもいろいろ個性がある中で、ゴロ兵衛ならでは個性を描くことは意識していました。そして、アカネとゴロ兵衛の現実世界での関係性が、異世界と意外な繋がり方をしていたりもするので、実は重要な役回りなのかもしれませんね。

――今回、ザン・グとドロポのコンビを、監督が携わられていた『クレヨンしんちゃん』でもおなじみな藤原啓治さんと矢島晶子さんが演じていますが、このキャスティングはどういった流れで決められたのでしょうか?

原:それに関しては、遊びの部分もありますね(笑)。

あと、とても信用している声優なので、機会があれば声を掛けているということもあります。藤原啓治さんも良かったですし、矢島さんのドロポについてはアフレコで大変驚かされましたね。

――これまでの矢島さんの演じられた役の中にもあまりないタイプで、新鮮な感覚がありました。

原:そうなんです。こちらとしても「どうなるのかな?」と思っていたところ、いざスタートしたら見事に僕の思い描いていた以上のドロポになっていて、こんな役も見事にできるんだ、と興奮した覚えがあります。

――ドロポは悪い行いをしつつも、その行動の中に繊細な部分が見え隠れしているキャラクターですね。

原:アフレコでは、ドロポが登場するシーンの度に、そういった繊細さをどう表現するかな? と思い、その度に「そう来たか!」という気持ちになっていました。
子どもっぽい純粋なところから、悪ぶっていたりする部分まで、その振り幅の大きさを巧みに表現してくれて、本当に矢島にお願いしてよかったですね。

■想像を刺激する映画の楽しさ
――その他、お遊び的なことで言うと、劇中登場するチィさんのお店に、原監督作品でおなじみのキャラクターの置物がチラリと映っていましたね。

原:ちょっとした遊びですね。そういうディテールみたいなものを見つける楽しさも映画を観る面白さだと思いますから。さりげなく、かつわかりやすくはしたつもりですので、ぜひ探してみてください(笑)。

――では最後に、本作の見どころをご紹介いただければと思います。

原:今回、幅広い層のお客さんに楽しんでもらえる作品にしたくて、そのために何が一番良いのかと考えた結果、説明を控え、観る人にイメージしてもらう作りにしました。
そこで意味がわからないことがあったとしても、それは映画の楽しさだと思うんです。
わからなかったことは、わからないなりに観た人が答えを出してくれればいいことですから。

僕自身は僕なりに納得が行く作品だと思っていますので、もし観た人の心に何かを残すことができればしめたものです。
想像力を刺激する映画というのは楽しいものだということを、改めて感じていただけると嬉しいです。

『バースデー・ワンダーランド』
公開:4月26日(金) 全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(C)柏葉幸子・講談社/2019「バースデー・ワンダーランド」製作委員会