通称『劇パト』(以下、同様)と呼ばれる2作品。
作品の舞台は『劇パト1』が1999年夏、『劇パト2』が2002年冬。公開当時は“そう遠くない近未来の話”だったが、令和の今となっては“四半世紀ほど前の昔話”になっている。いくらアニメのクオリティは高くても、そこに描かれているものは“近未来”どころか、逆に懐かしさを覚えるものが多い。
『劇パト』を令和に観たら何を思うのか。当時リアルタイムで劇場鑑賞して以来、もう数え切れないくらい『劇パト』を観ている筆者だが、4K版リバイバル上映を機にあらためて2作品を振り返ってみた。
■『機動警察パトレイバー』の本質は人間ドラマ
まず『機動警察パトレイバー』シリーズについて簡単に説明すると、「パトカーの代わりに人型ロボットを使って犯罪を解決したり、人助けをする警察官のお話」だろうか。
この物語は、建築や土木、水中作業など、あらゆる分野に進出した汎用人間型作業機械「レイバー」(Labor=英語で労働の意味)がそこかしこで活動する世界が舞台。そこで起きる新たな社会的脅威“レイバー犯罪”を取り締まるため、警視庁が警備部内に創設した“特車車両二課”(特車二課)で働く警察官たちの活躍を描いている。特車二課がパトカーの代わりに操縦するのがパトロールレイバーだから、通称「パトレイバー」だ。
原作を手がけたのは、押井守、ゆうきまさみ、伊藤和典、高田明美、出渕裕の5名が結成した当時の若手クリエイター集団・HEADGEAR(ヘッドギア)。『うる星やつら』旧TVアニメや劇場版で注目された押井(監督)、伊藤(脚本)、高田(キャラクターデザイン)の3名と、『究極超人あ~る』の連載の終えた漫画家ゆうき(漫画版を「週刊少年サンデー」に連載)、映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を担当した出渕(メカニックデザイナー)という、当時頭角を現してきたメンツが集まっている。
アニメは1988年4月からリリースされた初期OVAシリーズ(オリジナルビデオアニメーション/全7話/現在は「アーリーデイズ」と呼ばれる)を皮切りに、TVシリーズ(全47話)、NEW OVAシリーズ(全16話)、劇場長編3本、短編2本が制作されている。TVシリーズは当初は半年間の放送予定(連続2クール)だったが人気に後押しされ、そのまま1年間(連続4クール)に延長された。押井による実写ドラマ・映画シリーズ『THE NEXT GENERATION パトレイバー』もある。
シリーズが多いと「どれから観たらいいの?」となるだろう。「映画はちょっと長いかも……」なんて人には、アーリーデイズ第7話「特車隊、北へ!」をオススメしたい。のちにTVシリーズとNEW OVAシリーズの全話を担当する吉永尚之監督が、最初に手がけた『パトレイバー』になる。いきなり第7話?と思われるだろうが、1話完結の25分に世界観が凝縮されており、各キャラクターの性格や役割の描写、レイバーのアクションシーンなど見どころが多い。
『機動警察パトレイバー』は、そのタイトルだけでは単純に「ロボットアニメ」と括られがちだが、ロボット(レイバー)はあくまで作品に登場する道具に過ぎず、メインとなるのは特車二課に配属された女の子・泉野明(いずみ のあ)と同僚の篠原遊馬(しのはら あすま)を中心とした人間ドラマ。
彼女ら若者組のほか、特車二課で隊長を務める後藤喜一と南雲しのぶ、漫画版とTVシリーズ、NEW OVAシリーズに敵役として登場する内海課長、その部下の黒崎など大人組の魅力あふれるキャラクター造形に女性ファンも多かった。
近年のTVアニメに例えるなら、アニメーション制作に携わる人々を描いた『SHIROBAKO』のような笑いと涙のある「お仕事アニメ」になるだろうか。『SHIROBAKO』のシリーズ構成・脚本を担当していた横手美智子は、伊藤の一番弟子として知られ、「パトレイバーTVシリーズ第12話」がデビュー作。
■令和に観ると懐かしさとエモさが同居する
さて、あらためて『劇パト1』『劇パト2』を観ると、かつて感じた近未来感はどこへやら、至るところに“懐かしい”があふれていた。
『劇パト1』は首都圏で頻発するレイバーの暴走事件と、海に消えた天才プログラマー・帆場暎一(ほば えいいち)の謎をからめ、ミステリ要素も加えられたストーリー。『劇パト2』は自衛隊による軍事クーデターを扱い、シリアスで重厚な展開になっている。その中で感じた懐かしさとは……。
東京の街並み
『劇パト1』では帆場の残した足跡をたどるべく、かつて住んでいた家屋を訪ねて靴底を減らす2人の刑事・松井と片岡が印象的に描かれている。彼らの行く先々で待っているのは、都市開発から取り残された下町の古い家屋ばかり。帆場はプログラマーで高給取りだったはずだが、解体を待つだけの古びたアパートで転居を繰り返していた。
松井と片岡の見る景色には、トタンや瓦といった昭和に多く見られた屋根が肩を寄せ合うように並ぶ。美術・小倉宏昌が手がけた東京の街は、くすんだ色合いが流れる時代を感じさせ、御茶ノ水の聖橋をはじめ、ロケハンをもとに描かれた東京はリアルだ。
かたや『劇パト2』では東京の銀座、日本橋、新宿など、クーデター直後の風景が描かれる。以前、公式X(旧Twitter)では『劇パト2』の実際の風景を追いかける企画を行なっていた。
フロッピーディスク
帆場はたった一人でレイバーを効率よく動かすOSの新バージョン「HOS(ホス/Hyper Operating System)」をプログラムした。
その「HOSのマスターコピー」の記録媒体は「フロッピーディスク」と公式設定資料に記述されている。フロッピーディスクの容量は1.2MB。映画公開当時に普及していた記録媒体でテキストデータのやりとりなどに使われたが、その容量ではスマホの写真1枚すら入らない……。
HOSのマスターコピーの見た目は「MO(エムオー)ディスク」に似ている。そのMOディスクですら128MBや230MBが一般的だった。現代の1TBなどが普通の外付けSSDとは比べ物にならない(1TBはフロッピーディスクの約100万倍)。
大容量SSDの普及した令和の視点では、全高8m前後もある巨大なレイバーを動かすためのシステムプログラムがフロッピーディスクたった1枚で足りるのだろうか……なんて思ってしまう。HOSは天才プログラマーの仕業だから、それでも足りたのかもしれないが。
パトレイバーの起動ディスクは、今ではキーホルダーなどグッズ化もされている。
整備班長・榊の言葉
特車二課でレイバーを整備する整備班長・榊清太郎が、『劇パト1』でレイバー暴走事件について語るセリフ。
「どんなに技術が進んでもこれだけは変わらねえ。機械を作るやつ、整備するやつ、使うやつ。人間の側が間違いを起こさなけりゃ、機械も決して悪さはしねえもんだ」
「機械」を「車」に置き換えてみて欲しい。どんなに技術が進んでも、車は決して悪さはしない。故障することはあっても、交通事故の大半は人間側に責任がある。定年も近い榊の言葉には、昭和を生きて、時代の進化を見てきた技術屋ならではの含蓄がある。
ミリバール? 今とは違う気圧の単位
『劇パト1』の中盤には「天気予報」のシーンがある。お天気お姉さんは「気圧は950ミリバール」と伝えるが、気圧の単位は1992年12月1日に「ミリバール(mbar)」から「ヘクトパスカル(hPa)」に変わっている。天気予報の内容は以下の通り。
「……本土に接近中の大型台風19号は、紀伊半島の沖を毎時25キロメートルのスピードで北北東へ向かっており、明後日未明には東京湾へ上陸する模様です。気圧は950ミリバール、中心から半径20キロ以内は風速40メートル以上の暴風圏に入ります」
『劇パト1』は1999年世界のため「ヘクトパスカル」が使用されているはずだが、1998年のDVD化にともない新録音を行なった『機動警察パトレイバー the Movie サウンドリニューアル版』でも「ミリバール」がそのまま活かされている。
「ミリバール」を知らない世代にしたら「ミリバールって、なあに?」と思うかもしれないが、そう呼んだ時代があった。
お天気お姉さんは、近年のネット上でも大型台風が近づくたびに顔を見せてくれる。
携帯電話が普及していない世界
『機動警察パトレイバー』の世界では携帯電話がまだ一般に広まっていない。外で電話をかける場合は、緑や赤の公衆電話を使うことがほとんどだ。
『劇パト2』では特車二課隊長・南雲がハンズフリーで車から電話をかけるシーン(この時の車はフロントガラスに直接カーナビが投影されるなど近未来らしさがある)や、松井刑事が現在よりも少し大きめのサイズ感がある携帯電話を使う描写はあるものの、あまり存在感はない。
捜査中に携帯電話を奪われた松井が「電話はどこだー!」と叫ぶシーンでは、彼の背後に皮肉にも電話会社の巨大看板が設置されている。
南雲家の固定電話にある子機にも長いアンテナが付いていた。
『パトレイバー』の劇伴は川井憲次
『パトレイバー』シリーズと言えば、川井憲次による音楽も忘れてはいけない。押井監督の実写映画『紅い眼鏡』(主演は声優の千葉繁)で組んで以来、押井作品には欠かせない存在に。『パトレイバー』シリーズではアニメ版、実写版とすべての映像作品に唯一たずさわっている人物でもある。
『劇パト1』のオープニングでかかる「ヘヴィ・アーマー」、そのラストを飾る「朝陽の中へ」など名曲は数知れず。川井は最近でも映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』、TVアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』を担当し、また海外作品で起用されることも多く、“川井節”のファンは多い。
『劇パト2』の重要なシーンで流れるカラオケ楽曲「思ひ出のベイブリッジ」の作曲/編曲も行った。昭和の演歌のような一曲は聴き逃せない。
黒い箱「ビデオテープ」
その「思ひ出のベイブリッジ」は、特車二課を訪れる謎の男・荒川茂樹が「ちょっと見ていただきたいものがありましてね」と持参したビデオテープに収録されていた。再生するとタイトルバックにイントロが流れ、「このテープでいいんですか?(南雲)」「いいんです、これで(荒川)」「この曲、俺歌えるわ(後藤)」というシュールなやりとりが行われる。
DVDが登場する以前、テレビなど映像媒体の記録はビデオテープが主流だった。劇中の2002年なら記録媒体のDVDも一般的になっているはずだが、『劇パト2』の公開は1993年。まだDVDは開発すらされておらず、規格が発表されたのも1995年だから仕方ない。
なお、『劇パト2』公開前は、インタビューなどをまとめたビデオ・マガジン「Access the Movie(アクセス・ザ・ムービー)」が発売されている。『劇パト1』では「劇場前売券+CDシングル(笠原弘子の歌うイメージソング『約束の土地へ』と特報インフォメーションを収録)+ブックレット+ポスター」が付属する「TIKEMAGA(チケマガ)」を展開するなど、『パトレイバー』は雑誌やグッズも盛り上がっていた。
登場する風景やアイテムにこそ懐かしさや古さを感じるが、『機動警察パトレイバー the Movie』と『機動警察パトレイバー 2 the Movie』の完成度の高さは、令和にあらためて観ても変わらない。4K版リバイバル上映が終わっても、いつかまた上映される機会が必ずあるはずだ。アーリーデイズ第6話「二課の一番長い日(後編)」にこんな台詞がある。
「生きてりゃ、もう1回ぐらいやれるさ」(甲斐冽輝)
出渕裕監督による新作アニメ『機動警察パトレイバー EZY(イズィー)』も2026年に向けて待機中。これからも注目していきたい。
■『機動警察パトレイバー the Movie』
<スタッフ>
監督:押井守
企画・原作:ヘッドギア
原案:ゆうきまさみ
脚本:伊藤和典
キャラクター・デザイン:高田明美
メカニック・デザイン:出渕裕
演出:澤井幸次
作画:黄瀬和哉
美術:小倉宏昌
音楽:川井憲次
録音演出:斯波重治
撮影監督:吉田光伸
編集:森田清次
レイアウト:渡部隆、田中精美
カラーデザイン:池さゆり
プロデューサー:鵜之澤伸、真木太郎、久保真
<キャスト>
泉野明:富永みーな
篠原遊馬:古川登志夫
太田功:池水通洋
進士幹泰:二又一成
後藤喜一:大林隆介
南雲しのぶ:榊原良子
山崎ひろみ:郷里大輔
香貫花クランシー:井上搖
シバシゲオ:千葉繁
榊清太郎:阪脩
松井刑事:西村知道
実山:辻村直人
海法:小島敏彦
福島:小川真司
片岡:辻谷耕史
■『機動警察パトレイバー 2 the Movie』
<スタッフ>
監督:押井守
原作:ヘッドギア
脚本:伊藤和典
キャラクターデザイン:高田明美、ゆうきまさみ
メカニックデザイン:出渕裕、河森正治、カトキハジメ
演出:西久保利彦
作画:黄瀬和哉
撮影:高橋明彦
美術:小倉宏昌
色彩設計:遊佐久美子
レイアウト:渡部隆、今敏、竹内敦志、水村良男、荒川真嗣、田中靖美
音楽:川井憲次
録音:浅梨なおこ
編集:掛須秀一(JSE)
エグゼクティブ・プロデューサー:山科誠、植村徹
プロデューサー:鵜之澤伸、濱渡剛、石川光久
<キャスト>
泉野明:冨永みーな
篠原遊馬:古川登志夫
後藤喜一:大林隆之介
南雲しのぶ:榊原良子
太田 功:池水通洋
進士幹泰:二又一成
山崎ひろみ:郷里大輔
シバシゲオ:千葉繁
榊清太郎:阪脩
松井刑事:西村知道
佐久間:仲木隆司
ブチヤマ:立木文彦
進士多美子:安達忍
海法:小島敏彦
山寺:大森章督
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(C)1989 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA
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