愛知県名古屋市で開催される新たな映画祭「あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル(ANIAFF)」。審査員には『スター・ウォーズ』シリーズ、『シドニアの騎士』、『亜人』などを手がけてきたデジタルアニメーションスタジオのポリゴン・ピクチュアズの代表・塩田周三代氏が名を連ねる。


クリエイターファーストを掲げる「ANIAFF」に対する期待や、3DCGアニメの可能性について塩田氏に聞いた。

【塩田周三 プロフィール】
1997年 株式会社ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ立ち上げに参画後、1999年 株式会社ポリゴン・ピクチュアズ入社。2003年 代表取締役に就任し、海外マーケット開拓に注力。「アヌシー国際アニメーション映画祭(仏)」などの国内外映像祭の審査員を歴任。2022年、「第25回文化庁メディア芸術祭」功労賞を受賞。
●『シドニアの騎士』が切り開いた3DCGムーブメント
――塩田さんが代表を務めるポリゴン・ピクチュアズでは、近年では映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-(ヒプムビ)』やTVアニメ『アイドルマスター シャイニーカラーズ(シャニマス)』などの作品も制作されています。地上波でも3DCGで作られるアニメが増えていますが、そうした3DCGアニメの流れをどのようにご覧になっていますか。

日本は世界のアニメーション市場の中でも極めて特殊な存在で、完全に手描き作画が上位にある文化圏ですよね。そのなかで、私たち3DCGアニメーションのスタジオは、自分たちの立ち位置をなんとか確保しようとずっと戦ってきました。

ちょうど『シドニアの騎士』を出した2014年前後に、サンジゲンさんやグラフィニカさんも3DCGのアニメ作品を発表されて、いくつかのスタジオがほぼ同時期にCG作品を出したことでひとつのムーブメントが生まれました。

『シドニアの騎士』も幸いそれなりにヒットして存在感を示すことができましたが、それは決して1社だけの成果ではなく、複数のスタジオが同時に取り組んだからこそ起きた動きだと思っています。

ただ、そこから10年経っても、CGアニメはまだどこも決定的な大きなヒットを出せていない感覚があります。
映画『THE FIRST SLAM DUNK』を大ヒットに位置づける考え方もあるかもしれませんが、多くの人にとってはあくまで井上雄彦先生の『SLAM DUNK』という原作の力によるヒットという認識が強く、CGアニメーションの快挙としては捉えられていないところもあります。

どこかのCGスタジオが抜きん出たヒットを出さないと、「超一流の手描きスタジオに断られたからCGスタジオに依頼したんでしょ」というような、いわばセカンドチョイス的な位置付けから抜け出せないのではないか?が大きなテーマだと感じています。

●映画『ヒプムビ』が示したCGアニメの可能性
――『THE FIRST SLAM DUNK』以外にも、音楽系作品を中心にCGアニメ作品のヒット作が出てきているようにも思います。

『ヒプムビ』は上映館数が限られていましたが、興行収入25億円という数字を出して、CGアニメーション映画としてはかなり上位に食い込むことができました。『THE FIRST SLAM DUNK』をどう定義するかにもよりますが、少なくとも「CGアニメーションの作品」として存在感を示せたのではないかと思っています。

他社にもぜひ攻めた作品を作っていただいて、業界全体で新たな立ち位置を築いていければと感じています。CGアニメーションはアニメ的な見た目や形態を持ちつつも、手描きを完全に模倣することはできないので、その違いを逆手にとった物語や表現の強さを打ち出していく必要があります。アニメでしか伝えられない物語をきちんと届けつつ、私たちなりの差別化を図り、それが多くの視聴者に届いてヒットする。そうした「完全な立ち位置」を、どこかの作品で必ず作らなければいけないと強く思っています。

――一方で音楽系の作品を中心に、ライブパートから3Dが導入され、その流れでCGに移行するケースも増えていると感じます。

CGは音楽との相性がものすごくいいと感じていますし、『ヒプムビ』もまさにその好例です。しかし、CGアニメーションで日常系のアニメまでやるべきかと言われると、それは負け戦になる場面も多い。
そこは無理に正面から挑むべきではないと考えています。大事なのは、私たちの表現が最もフィットする領域はどこかを見極めることです。音楽系はそのひとつの大きなヒントですし、そうしたジャンルでの立ち位置をこれからも見つけていきたいと考えています。

●線と影にこだわる、ポリゴン・ピクチュアズの「手描き感」
――日本のCGアニメーションは、まさに「手描き感」どう出すかが重要です。このテイストが制作会社ごとの色が最も出るポイントでもあると思うのですが、ポリゴン・ピクチュアズの工夫や特徴について教えてください。

私たちは日本のCGスタジオの中でも規模がかなり大きいほうだと思いますし、年間に手がける作品数も多いです。国内向けのアニメシリーズだけでなく、『スパイダーマン』関連作品やNetflix配信アニメ『ラブ・デス&ロボット』、最近では多数のアニメスタジオが参加したアンソロジーシリーズの『スター・ウォーズ:ビジョンズ』まで、本当に多岐にわたる作品や作風にチャレンジしてきました。そうした量と幅を支えるうえで重視しているのは、組織力と、理路整然とした制作手法、そしてテクノロジーに裏打ちされた効率と表現力です。

「手描き感」については、社内には開発専任のメンバーが何十人もいて、アニメ的な表現に特化した技術開発を続けています。キャラクターモデルの出来や、モデルを動かすアニメーションの良し悪しといった個々のスキルはもちろん重要ですが、CGならではの工夫で線のバリエーションをどう出すか、影のニュアンスをどうコントロールするかといった部分にも力を入れています。

そのために独自のソフトウェアやツールを開発し、「この表現はうちのアプリケーション、うちのパイプラインでしか出せません」というところまで持っていく。それを差別化の核にしようとしているところが、ポリゴン・ピクチュアズならではの「手描き感」の作り方だと考えています。


●鉄鋼メーカー時代の経験がアニメ制作に活きた理由
――塩田さんのご経歴も拝見したのですが、新日本製鐵やコンサルティングなど、アニメとは別の仕事から業界に入っています。ビジネスの世界からアニメ制作会社に入った、大変だったことなどを教えていただけますか。

ポリゴン・ピクチュアズに転職した当時はコンピュータグラフィックスについて何も知りませんでしたし、アニメーションに特別な興味があったかと言われると、そうでもなかったんです。ただ、新日本製鐵という製鉄会社に勤めていたときの経験から、アニメーションの制作現場を見て、「これは製造業と同じことをしているんだな」と感じたんです。

当時は情報も少なかったのですが、ピクサーの映画がどうやって作られているのかを、みんなでクレジットを見ながら分析していくうちに、基本的には分業制でラインを組んでいるとわかってきた。これはまさに製造業と同じ構造だと確信しました。

――どのように製造業と同じだと思ったのでしょうか。

製造業では、原材料が工程を経て変化していくわけですが、CGの場合はその原材料がデータになります。クリエイティビティという点でも、鉄鋼の世界も相当クリエイティブなんですよ。膨大なバリエーションの鉄があって、それをいかに安定して、狙った品質で作るかは、ものすごい創意工夫の積み重ねです。

日本が誇る“カイゼン”の文化の中で、現場からボトムアップでアイデアを出し、プロセスを磨き込んでいく。その営みは極めてクリエイティブで、それはアニメーション制作のクリエイティビティに勝るとも劣らないものだと思います。
CGも同じ分業である以上、製造業的な視点から制作というものに関わるのは、自分にとって意味があるのではないかと感じたのです。

●手描き100年、CG数十年の違いが生むマネジメント
――CG制作会社は、手描きスタジオに比べて進行管理がしっかりしていて、働き方も整っているイメージがあります。そうした点も含めて製造業と似ている部分が多いのでしょうか。

ここは歴史の違いがまず大きいと思います。日本のアニメーションは100年以上の歴史があって、そのほとんどを手描き作画が占めています。手塚治虫さんがマンガ制作から生み出した日本独自のアニメ制作ラインがあり、それを大きく変えないまま続けてきた背景があります。その結果、一連の制作工程が「紙と鉛筆さえあればできる」という前提で回ってきたわけです。つまり、インフラに大きな投資を必要としない形で、長い時間をかけて育ってきた産業なんですね。

一方でCGは歴史が短く、まず一連の制作工程を考案し、それをソフトウェアに落とし込んでアップデートしていく必要があります。データの流し方も常に見直さなければいけない。そうなると、多くの人を社員として抱え込まざるを得ないんです。当社とほかの3DCGスタジオでは作り方はまったく違いますが、いずれにしても社員として人を雇い、固定費として給与やコンピュータ、アプリケーションのコストを抱えることになります。
この固定費が高い以上、それをいかに効率よく回すかは文字通り死活問題でした。

また、私は残業すればするほどクリエイティビティが増すとはまったく思っていません。最終的に作品の良し悪しを決めるのは、最後の20パーセントだと考えています。その「勝負の2割」にパワーを割くために、最初の8割をどれだけ効率的に進められるかが重要になります。デジタルで制作している以上、その8割を効率化するべきだという発想は、完全に製造業の経験から来ています。

私が社長になってから22年ほど経ちますが、多くのアニメ制作会社が制作事業単体では赤字になりがちな中で、当社は制作事業単体でも一応黒字を維持できていますし、スタッフの平均残業時間も常に月20時間を切っています。そういう働き方の部分も含めて、「製造業として考える」というのが大きなポイントでした。

――働き方がしっかりしているのは、3DCGスタジオの強みだと感じます。塩田さんご自身が制作の現場を見るうえで、大切にされているポリシーのようなものはありますか。

今は個別のプロジェクトに深く入り込むことはほとんどなく、基本的には会社全体を見る立場になっています。その上でいつも従業員に話しているのは、「社長の一番大事な役割は、会社の“ノリ”をつくることだ」ということです。会社の一体感というか、グルーヴを生み出す存在であるべきだと言っていて、自分のことを「グルーヴ・マスター」だと冗談まじりに呼んでいます。


会社のノリが乗っていると、物事は大体上手く回るんです。逆に、会社のノリが悪くなると、いろいろなところで失敗が起き始めます。その「ノリ」をどう制御するかが、社長としてものすごく大事な仕事だと思っています。だから、制作現場に対しても、細かい指示を出すというよりは、「皆が気持ちよく、グルーヴ感を持って仕事ができているか」を一番大切にして見ているつもりです。

●「原作モノ8割」の時代に、オリジナルアニメの入り口をどう作るか
――今回審査員として参加される「ANIAFF」に対して、塩田さんは現時点でどのような期待をお持ちでしょうか。

内容についてはまだ全然わからないのが正直なところです(※11月取材時点)。ただ、サムネイルやトレーラーなどを拝見すると、作品のバリエーションがものすごく豊かだと感じています。物語のジャンルもさまざまですし、表現手法も本当に多岐にわたっていて、純粋に「見るのがすごく楽しみ」という気持ちが一番大きいです。

もうひとつ楽しみにしているのが、「クリエイターファースト」というテーマを掲げている点です。その理念が具体的にどのような形で実践されるのかを、自分の目で確かめてみたいと思っています。

また、ピッチコンテストのような企画にも注目しています。日本のアニメーションは、世界的な潮流の中で今や最高峰、最高潮に達していると感じていますが、一方で年間に何百本も作られる作品のうち、8割くらいはマンガやライトノベルなど既存の原作に依拠しているのが現状です。

つまり、いきなりオリジナルアニメーション企画が立ち上がるハードルは高いのが現状です。そうした状況に風穴を開ける試みとして、この映画祭がピッチコンテストを位置づけているのだろうと考えています。そのうえで、実際にどんなピッチが出てくるのか、どんな動きにつながっていくのかという点には、個人的に強い関心があります。

●映画祭ごとに変わる色と、変わらない自分の審査軸
――「ANIAFF」は今回が第1回となる新しい映画祭です。国際コンペティションの審査にあたっては、新潟などほかの映画祭でのご経験や評価基準を参考にされることはありますか。

全然ないですね。というのも、私は私のやり方でしか審査ができないからです。これまでにもさまざまな映画祭で審査員を務めてきましたが、自分の根本的なスタンスが変わることはありません。変わるのは、そのフェスティバルごとにどのような作品が最終候補に残るのかという点です。そこはフェスティバルディレクターや選考に関わる方々が決める領域で、その取捨選択によって、その映画祭ならではの“色”が立ち上がってきます。私は、その最終候補のリストを受け取ったうえで、自分の琴線に触れるものを選んでいくだけです。

ただ、選考にあたって大きく変わる要素としては、どのような審査員が選ばれているか、という点があります。どの作品が最終的に選択されるかは、最終選考リストの内容と、審査員の顔ぶれによって大きく左右されると考えています。一定の評価基準はもちろんありますが、最終的に上位に行くかどうかは絶対的な尺度ではなく、相対的なものです。だからこそ、誰と一緒に審査をするのか、その組み合わせによって審査の行方が変わっていく、そのプロセス自体をとても楽しみにしています。

――塩田さん審査の際、とくにどういったポイントを見ることが多いのでしょうか。

私はポリゴン・ピクチュアズという3DCGスタジオを経営していますが、逆にこうした審査の場では「自分たちの会社では商業的に絶対に作らないようなもの」を探すようにしています。思わず「あ、なんじゃこりゃ」と声が出るような作品にすごくキュンとくるんです。「うわ、何これ、見たことない」と驚かされるものや、作家の魂の叫びがぐんぐん伝わってくるような作品や、この監督はこういうものを作らずには生きていけないんだろうなと感じるような作品に強く惹かれる傾向があります。だから、ちょっと「へんちくりん」なものが大好きなんです。

●作家性とビジネスをつなぐ、「登竜門」としての映画祭
――人材確保や育成は、どのスタジオにとっても大きな課題ですよね。今回の「ANIAFF」は人材の発掘や育成という観点から、どのような期待をお持ちでしょうか。

正直に言うと、映画祭そのものが直接的な人材育成の場になるかというと、そこは難しい部分があります。映画祭は興行とはまったく別の評価軸で成り立っていて、そこで評価されるのは世界の映画祭で賞を狙うような、作家性の非常に高い作品なんです。そうしたクリエイターを当社で積極的に採用するかというと、正直ほとんど採りません。その人にはその人にしかつくれない作品、その人だけの叫びを貫いてほしいからで、大衆に向けて売らなければならないプレッシャーの中で作ってほしいとはあまり思いません。映画祭で育つのは、そういう強い作家性を持つ人たちであり、それはそれでとても尊いことだと感じています。

一方で、映画祭には多くの人が集います。クリエイター志望の若者もいれば、プロデューサーや配給関係者、海外のフェスティバル関係者など、世界中から人が集まり、交流が生まれる。その場で感化されたり、業界側と接点を持てたり、別の形で産業とつながる道を見つける人も出てくるはずです。

また、ANIAFFが取り組んでいるピッチコンテストのような企画は、まさに商業アニメーションへの入り口になり得るものです。商業作品を作りたい人にとって、ひとつの「登竜門」になる可能性があります。そういう意味で、映画祭は作家性の高い人材を育てる場であると同時に、産業への多様なルートを提示する、多層的な場になっていくことを期待しています。

第1回あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル
開催概要

開催日
2025年12月12日(金)~12月17日(水)

開催場所
愛知県名古屋市

会場
ミッドランドスクエア シネマ、ミッドランドスクエア シネマ2、109シネマズ名古屋 ほか

主催
ANIAFF実行委員会

共催
愛知県・名古屋市
編集部おすすめ