令和に入って、新たな展開を見せるガンダムシリーズ。その最新作『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』が、公開からわずか3週間で興収18億円を突破し、異例のヒットを記録している。
背景美術の緻密さや光の演出、そして登場人物たちの繊細な心理描写が高く評価され、従来のファンはもちろん、新たな観客層も惹きつけた。その要因を探ると、映像・音楽・ドラマが三位一体となった“令和のガンダム”の姿が浮かぶ。

令和のガンダムが叩き出した異例の数字
1月30日に封切られた劇場アニメ『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の第2章『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』。公開から22日間で興行収入20億円を突破し、観客動員数は120万人を超え、2021年公開の第1章が記録した最終興収約22.3億円に迫る勢いを見せている。

既存のファン層だけでなく、幅広い層を惹きつける高いクオリティが、本作が成功を支えている。実写と見紛うレベルの背景美術や、光の入り方まで計算し尽くされた映像表現は、開始数分で観客を物語に引き込む。本作を牽引するのが主人公ハサウェイ・ノア、謎の少女ギギ・アンダルシア、連邦軍のケネス・スレックの3人が織りなす人間ドラマだ。序盤から難解なセリフが続き、一見複雑な政治劇にも思えるが、この3人の関係性に絞れば物語は非常に明快である。

反地球連邦政府組織のリーダー「マフティー」として使命を重視する一方で、ギギへの想いが滲み出てしまうハサウェイ。対するギギは、ハサウェイに再会するために行動し、時には連邦軍のキルケー部隊をも利用する大胆さを見せる。一方で、連邦軍の司令官ケネスは、マフティーを捕まえるため、一種の「幸運の女神」としてギギを傍に置こうとする。この3人それぞれの思惑と、ある種“昼ドラ”のように男女として惹かれ合う複雑な関係性が、物語に予測不能な熱をもたらしている。


モビルスーツ戦を超えた「内面描写」の衝撃
本作の核心は、村瀬修功監督が徹底した「小説の映画化」という姿勢を貫いている点にある。1989年から90年にかけて富野由悠季監督が発表した原作小説は、文章によって緻密な心理状況が綴られた作品であった。アニメ化にあたり村瀬監督は、派手なアクションシーンを優先するのではなく、会話劇を主体にすることで、ハサウェイら登場人物たちの心の機微を巧みに表現している。

作中では、ハサウェイの抱える「罪悪感」やテロ組織を率いる「大義」、一人の青年男性が持つ「抑えきれない肉欲」が、言葉以上に表情の揺らぎや沈黙の長さによって雄弁に語られ、小説の内面世界を補完していた。特にハサウェイの精神的な不安定さを示す描写は、彼が理想と現実の間で引き裂かれている現状を浮き彫りにする。そこから漂う“死の匂い”こそが、本作が際立って高い評価を得ている理由だろう。

英雄アムロの幻影が示す「逃れられない呪縛」
本作のクライマックスでハサウェイが耳にするアムロ・レイの声は、12年前の戦場から拭い去ることができない「トラウマ」と密接に結びついている。かつての英雄が示した希望と、テロリズムに走った自身の信念との矛盾…。実際、ハサウェイは悲しいほど革命家やテロリストに向いていない。真面目に他人の意見を聞こうとして焦点が定まらず、中盤、オエンベリで敵味方双方の言い分に理解を示してしまう姿は指導者としての欠陥を露呈。天性のカリスマとモビルスーツ操縦の天才性を持ちながら指導者に不向きなその姿は、かつてのシャア・アズナブルを彷彿とさせる。

説得に来たアムロがハサウェイの妄想なのか、ニュータイプ的な残留思念なのかは不明だが、その救いの手すらはじき返したことで、もはやハサウェイには「まともな道」は残されていないのかもしれない。


映像美と音響が構築する「大人のガンダム」の到達点
本作は、音楽と映像が完璧な共鳴を果たしており、一つの文芸映画としての完成度に到達した。澤野弘之による楽曲は、キャラクターの心情変化に合わせて質感を変え、視聴者を世界観へ誘う。また、音響設計もモビルスーツの駆動音や環境音に極限のリアリズムを追求しており、戦場に放り込まれたかのような臨場感だ。

ハサウェイが選んだ道は正しいのか…その答えはまだ提示されていない。次なる最終章へ向けて緊迫感は高まるばかりだが、気になるのは、アムロの盟友であった父ブライト・ノアの存在にある。連邦のレジェンドであり、定年後はミライと静かな余生を願っていた彼にとって、息子が重罪人となる現実はあまりに悲惨だ。交錯する父子の運命が第3章でどのように描かれることになるのか。『閃光のハサウェイ』は「大人向けのガンダム」「ガンダム小説の最高到達点」として、アニメファンの間で長く語り継がれるに違いない。

(C)創通・サンライズ
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