「いつかはクラウン」と言われていたのは、バブル経済前の1983年のこと。誰もが明るい未来を信じ「いつかはクラウン」を夢見ていた時代でした。
その現在に登場した「クラウン」は、「いつかはクラウン」と思わせてくれるクルマなのでしょうか?
◆順風満帆ではなかったクラウンの歴史を振り返る



初代クラウンが誕生したのは1955年のこと。豊田喜一郎氏が掲げた「日本人の手で、純国産車をつくる」という夢のもとに誕生しました。高級車路線へと進んだのは1962年に登場した2代目から。王冠のエンブレムが与えられたのも、この頃と言われています。以後、クラウンはトヨタを代表する高級セダンのトップグレードであるとともに、日本の高級乗用車をリードする存在として代を重ねていきました。
最盛期である1990年代、クラウンは月産1万8000台を記録。誰もが「いつかはクラウン」を夢見て、クラウンを手に入れたのでした。
異変が起きたのは2000年に入ってからでしょうか。ミニバン、SUVブームに代表されるように、一般ユーザーの心がセダンから離れると同時に、レクサスブランドが追い打ちをかけます。気づけばVIP御用達車であったクラウンは、レクサス LSにその座を奪われ、それも今では黒塗りのアルファードが取って代わりました。気づけば“セダン冬の時代”が到来し、「マークII(マークX)」や「コロナ(プレミオ)」といった4枚ドアの箱車は姿を消しました。

しかしトヨタも、指をくわえていたわけではありません。寒波の訪れを予感させた2012年に誕生した14代目から、ユーザーの若返りを図ろうとします。その14代目では「CROWN ReBORN」のキャッチコピーとともに、ピンク色に染め上げたクラウンをお披露目。元AKB48の前田敦子さんを「ジャイ子」役に抜擢したCMで、若年層へのアピールをはじめました。ですが、そのCMもピンククラウンも気づけば姿を消して“あぼーん”……。

次なる若年層へのアピール策はスポーツ路線でした。2018年に誕生した15代目は、日本専売車で日本の道しか知らないクラウンを、ドイツ・ニュルブルクリンク北コースに持ち込み、徹底的に鍛え上げ「史上最もスポーティーなクラウン」としてデビュー。当時のトヨタにとって、ニュルブルクリンクは本気の証だったのです。
ですが、コーナーの脱出速度は速くなったものの、それまでのクラウンが持っていた柔軟な乗り心地から一転し、路上の細かなデコボコが伝わりやすい硬めの足周りに。喜んだのは一部のユーザーだけだったようで、2022年上半期の平均月産台数は約1300台。現在はバブル期の半分ほどしか普通乗用車は売れていないとはいえ、最盛期の10分の1以下という有様です。

クラウン復権のために取った次なる策。
エクステリアもコンサバティブではなく、スポーティーで近未来的なものへと刷新。販売もセダンから始めるのではなく、若年層に受け入れられやすいクロスオーバーから開始するという攻めの戦略です。過去を捨てたといってもよい「クラウン補完計画」は、まさにセカンドインパクトそのものでした。これくらいの危機感を、トヨタは抱いていたのです。
市場では前作より好意的に捉えているようで、販売台数は月平均で1900台と、前作を上回っている様子。特に若年層への取り込みに成功しているようで、特に20代のオーナーが前モデルの2.6倍というか驚き! 今後、既存のクラウンオーナーが乗り換えしやすいセダンなどが導入されることから、クラウン補完計画は成功しつつあるといってもよいでしょう。
◆「これがクラウン?」と最初は戸惑う16代目
16代目クラウンを目の当たりにして「この車をクラウンと呼んでいいのか?」と誰もが戸惑うことでしょう。そして「このクルマ、デカいなぁ」とも。



ボディーサイズは約4930×1840×1540mm。全高は低いので都市部に多い高さ制限のある立体駐車場にも入れることができそうですが、全長や全幅がホントのギリギリになりそう。
ちなみに全長・全幅で似た大きさの現行セダン「レクサス ES」と最低地上高が同じだったりします。それでもクロスオーバーらしさを印象づけるのは、ホイールアーチにSUVではおなじみの加飾を設けているところ。これが良くも悪くも「クラウンらしく見えない」要因の1つだったりします。


ファストバック形状で気になるのは、後席のヘッドルームと荷室の出し入れ。まずは後席からチェックしてみましょう。これが意外と高く、背の高い男性でも問題はなさそう。シートを細かく見ると、左右の2座には立派なサイドサポートが備わり、すっぽり体を包むように湾曲したバックレストは「おぉ! いいじゃないか」と、心のブックマークフォルダに登録。
そして比較的アップライト気味の乗車姿勢といい、ヒップポイントの高さといい、これは年配の方にも喜ばれそう。実際、同業のカメラマンさんに乗ってもらったところ「さすがクラウン、乗り心地最高!」と満面の笑みでした。

アメニティをみると、エアコン送風口にUSB-Cポート、そして100VのACアウトレットと文句ナシ! 「このクルマ、移動中に色々充電できて便利だな」と思うのは職業病でしょうか。


お気に入り登録した後席は固定式で、いわゆるフルフラット化はできません。トランクスルーはセンターアームレストの部分のみ。50インチのテレビを買って車に載せて帰るという、レアケースでない限り困らないでしょう。これはクルマの使い方になるのですが、大型セダンやSUVは、そもそもの荷室が大きいため、本当に余程のことがない限り、シートを倒すことはないような気がします。といいつつ「このトランクスルーの穴に、マンフロットのオートポール(撮影機材)が何本入るかな」などと思う職業病な自分がいたことを告白します。




ラゲッジスペースはかなり奥深く、収納には困らなそう。ですが、結構デコボコしているので、荷物の収納がテトリスみたいになるかも。SUVに慣れた目からすると、ラゲッジ床面とバックドアの間に高さがあり、女性が重たい荷物を載せる時には不便そうです。AC100Vのアウトレットがついているのは最高の一言で、よくぞつけてくれた! と大歓喜です。


ラゲッジのドアは小さめで、大型のスーツケースを大量に積載するといった用途にはちょっと面倒。バックドアの開口面積がガラス面まで上がると使い勝手がよいかもですが、屋根が低い駐車場だと使いづらいとか、雨の時に車内に雨が入りやすくなるとかあって、なかなか難しいところです。
ちなみにトランクのドアを叩くと、甲高い音が鳴り「強度的に大丈夫なのか?」と思ったり。





運転席の扉をあけると、エクステリアと共通するコクピット感の強いスポーティーな室内が目に飛び込んできました。木目パネルに総革張りということはなく、樹脂の比率が高いのですが、デザインセンスが実によく、チープに見えない! その一方で、手に触れる部分はしっかりと革素材を使ってイイモノ感をアピール。シートも電動でラクラク、さすが高級車という感じです。
◆高級車だが気負わずに乗れるのが新型クラウン
筆者は小心者ゆえ、革張りの高級車に乗ると、どこか肩ひじを張ったようで落ち着かないのですが、クラウンの適度な力の抜き方は、ちょうどいいかもと思った次第。この「イイもの感」と「気負いのなさ」の両立点が、このクルマを嫌味のなさ、等身大感、身の丈にあっているというプラスポイントでいいな、という印象を受けました。これより良いインテリアを求める方は、今後登場するであろうクラウンのセダンバージョンやレクサスという選択肢が用意されています。


トヨタらしいなぁ、というのはインフォテインメント。メーターパネルを含めてスマホライクな画面はもはや珍しいものではありません。ですが、この価格帯で高精細大画面はそれほど多くないように感じます。デキの良さを思わせるのは音声認識で、日本車では精度が高いような気がします。



スマホ関連に関しても、心憎いコダワリっぷり。ワイヤレス充電対応のホルダーは差し込み式で、スマホをあまり選ばない様子。

高級セダンらしいな、と思わせるのが、運転席側から助手席のシートポジションが変更できるところ。これは後席の人のためにシートを思いっきり前に出して、背もたれを前に倒すために使います。
◆乗り心地の良さは高級車クラウンそのもの
外観や内観を見て、たしかに良さげな車だとは思うものの、果たしてこれをクラウンと呼んで良いのか? という疑問はいまだ残ったまま。まして同業者から「FRベースではないクラウンはクラウンではない、高級車ではない」などといった声も聞いたりして。今回のクラウンは全車4WDなのですから、FFベースとかFRベースとか気にしないと思うのですが、こういった声も注目を集めている証拠ということでしょう。
個人的には、歴史的なつながりを思わせる記号がなくても、トヨタが4枚ドアのセダンに対して「このクルマはクラウンなんだ」と言えば、それはクラウンなのかなと……。巨大なドアを開けて乗り込み、システムスタート。音はなく静かなのはさすがハイブリッドで、「ホントに動くの」と思いながらシフトをDにセレクト。

ステアリングを握って走り出した瞬間、そこに答えはありました。「これはクラウンに相違ないと」。見た目だけで判断した自分の浅さを恥じるとともに、素直に感動しました。この車はトヨタの良心であり、日本の誇りであると。とにかく、めちゃくちゃ良い! 600万円近い金額のクルマで良くなかったら何なんだ? という声もありますが、とにかく「これでいいんじゃないか」と思わせるものがあるのです。
何がどう良いのか。端的にいえば「日本の道を良く知っているクルマ」であり、普通に走らせるうえで、まったくもって不満がないということ。とにかく走りが滑らかで、これほど滑らかな走りをするクルマは、ちょっと思いつかないくらい。足が柔らかいか硬いかで言えば、柔らかいになるのですが、その柔らかさはまるで産毛をなでるかのような、絶妙な気持ちよさと心地よさ。それゆえ、高速道路だろうが、一般道だろうが、何時間乗っても疲れ知らず。

疲れ知らずな理由の1つが高い静粛性。電気自動車のような無音ではありませんし、モーターやジェネレーターの音は聞こえます。ですが、この音のチューニングが見事で、生理的に悪い気がしません。
「トヨタにはレクサスがあるだろ、それより乗り心地が良いのか?」と尋ねられたら、走りの質感に関していえばクラウンに軍配を上げたいと思います。思うにレクサスは海外販売を視野に入れているためか、日本の道路に対して足回りが(クラウンに比べると)硬め。高速道路をかっ飛ばす分には適していても、一般道でのスピードバンプなどで不快感を覚える時があるのです。
「レクサスが硬いって、何を言っているんだ?」と疑問を持たれる方は、ドイツ御三家の輸入車に乗った経験のある方でしょう。それらと比べ、レクサスは柔らかいのは確か。強いて言えば、アウディに近い乗り味でしょう。ですが、クラウンはさらに柔らかくてしっとり。「それってフニャフニャなので、典型的な日本車の足じゃないか」と言うのは昔のクラウンの話です。しっかり芯があり、地面を掴む感覚を得ながら、マジックカーペットのような滑らかな質感。これが今のクラウンなのです。たとえるなら、しなやかな足をもったBMWと言いますか。
街乗りはもちろん、高速道路でも快適そのもの。デキの良いアダプティブ・クルーズコントロールを使い、左車線で上質な時間を心行くまで味わうのがクラウンの走り方です。
ここまで読まれた方は「刺激がないのか?」と思われることでしょう。走りが楽しいとか、気分が高揚するという車ではないことは、乗る前からわかっています。だからといって退屈な車かというと、そうではありません。踏めば打ち出の小槌のごとく、力がバンバンみなぎり、怒涛の加速をみせるのでご安心ください。その時はちょっとだけエンジンが唸りますが……。
◆年を重ねてわかる、クラウンの良さ

この車の良さをたとえるなら、「ご飯に味噌汁、焼き魚」を食べた時の、ホッとする優しい味わいに似ているといえるでしょう。日本人に生まれてきてよかったという感覚は、年を経ないとわからないものです。
若い頃は、激辛料理や肉々しい料理を好み、和食など目が向かないものです。ですが、これらの料理は、いつしかそれらは口に合わなくなり、体がうけつけなくなってくるものです。そして和食に目がいき、魚料理など淡白で繊細な味わいに心が惹かれ、少し味わうだけで満足できるようになっていくものです。
車も同じで、刺激的な欧州車に憧れたり、チューンドの日本車に乗るものの、次第につらくなるのです。その時にクラウンのような日本車に乗ると、肌合いの良さに「日本車っていいなぁ」とシミジミ思うわけで。クラウンには、その「日本車っていいな」というのが詰まっているのです。しかも高い次元で。
確かに見た目の好き嫌いはあると思います。ですが、日本人の肌に合う車を作り続けるという本質は、67年間変わっていないと感じました。今回のクラウンはグローバルモデルだから、日本人に合わせて作っていないと、トヨタは否定するかもしれません。それでも、お国柄やトヨタの物づくりといった、当人たちは認識できない面が、シッカリとクルマに表れ、結果としてクラウンらしさ、につながっているように思います。
この「クラウンらしさ」が67年間続いたからこそ、ブランドの価値と信頼につながり今に至るように思いました。カタチは変わっても、時代は変わっても、クルマ選びのゴールとしての「いつかはクラウン」は変わらないことでしょう。
■関連サイト