2025年12月5日、フジテレビが2026年から2030年の5年間、F1を国内独占配信すると発表した。


 また今日4日、国内の料金プランと、実況のサッシャ氏を起用したことも発表された(2026年のF1はFODで没入! サッシャ実況&川井ちゃん解説を選べて月3880円から)。


DAZN撤退と「独占配信」への転換

 フジテレビは1987年からF1を中継してきたテレビ局だが、2016年からはDAZNも日本国内でF1を配信していた。F1ファンはフジテレビとDAZN、2つのサービスでレースを楽しむ環境が整っていた。 しかし、フジテレビが国内でF1の独占配信権を得たことで、DAZNはF1配信からの「撤退」を余儀なくされた。


 DAZNではラジオパーソナリティーやナレーターでおなじみのサッシャ氏と、元F1ドライバーである中野信治氏の解説でF1中継を楽しんでいた人も多く、DAZN撤退を惜しむ声も上がっていた。SNS上で「DAZN派」と「フジテレビ派」が激しくバトルしていたこともあった。


 なぜ、フジテレビはこのタイミングでF1の国内独占配信権を獲得しにいったのか。


放送から配信へ──野村室長が抱いた「CS放送の危機感」

 実際にF1との交渉に当たった、野村和生 コンテンツ事業局プラットフォーム事業センター室長は「(Netflix効果もあり)F1が世界的に人気が高まる中、放送権の契約更新時に放映権料が高騰するおそれがあった。一方、CS放送やケーブルテレビなどの有料放送はネット動画配信に顧客を奪われており、縮小傾向がある。放送事業単体では放映権料を支えきれないため、生き残りを賭ける意味で配信を強化する策をとった」という。


フジテレビ、F1国内独占配信の舞台裏——DAZN撤退と「生き...の画像はこちら >>
フジテレビジョン コンテンツ事業局プラットフォーム事業センター室長 野村和生氏(右)と、コンテンツ事業局プラットフォーム事業センター ペイTV事業部 部長 永竹里早氏

 野村室長がそうした発想の転換に踏み切れたのは、野村室長が当時、CS放送と動画配信サービス「FOD」の2つを見る立場にいたという点が大きい。CS放送とFODが別組織だったり、子会社であったりしたら、こうした大胆な戦略は打てなかっただろう。


 もうひとつ、フジテレビとしてジレンマを感じていたのがライバルであるDAZNの存在だ。


 「フジテレビの地上波でF1を取り上げて盛り上げたかったのだが、そうすると視聴者がF1に関心を持ってくれても、CS放送ではなく、DAZNを契約してしまう。地上波からFODという流れを作るうえでも、独占配信は避けては通れなかった」(野村氏)。


2024年鈴鹿から始まった
ロンドンのF1本部とのタフな交渉

 フジテレビでF1を独占配信したい。


 野村室長とCS放送を管轄する永竹里早コンテンツ事業局プラットフォーム事業センター ペイTV事業部 部長がF1と交渉を始めたのは2024年4月、鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリの現場だ。


 フジテレビとしては、F1中継だけでなく、日本で配信されていない、各マシンのオンボード映像がすべて視聴できる「F1 TV pro」「F1 TV Premium」の配信もやりたいと提案したのだった。同年11月には、F1の本拠地があるロンドンにも出向き交渉を続けた。契約金は当初、想定していたものよりもはるかに膨らんでいたが、交渉を続けることができていた。


 そんななか、約1年前の2025年1月、世間の関心を集めた「フジテレビ問題」が勃発する。


「フジテレビ問題」の渦中で下された
新社長・清水氏の決断

 野村室長は「まさに交渉の最中にあの事案が起きた。しかし、F1側は真摯に我々と向き合ってくれて、交渉が止まることはなかった。ただ、F1側から提示された金額はとんでもない額になっており、現場で判断できる金額ではなくなっていた。回答期限までにイエスかノーか答えなくてはいけない。タイムリミットが迫っていた」と振り返る。


 野村室長と永竹部長、そしてF1担当者は何度も事業計画書を書き直し、国内独占放送・配信がギリギリ可能だという算段がまとまった。あとは経営幹部を納得させるだけだ。


 膨大な放映権料が必要ななか、ゴーサインを出したのが、あの事案で新社長に就任したばかりの清水賢治氏だった。

野村室長は「清水社長はもともとCS放送部門の責任者をしていたこともあった。F1の価値を十分、理解してくれており、最終的にイエスと言ってくれた」と語る。


フジテレビ、F1国内独占配信の舞台裏——DAZN撤退と「生き残りを賭けた」巨額契約の真相
F1の会長兼CEO ステファノ・ドメニカリ氏(左)と、フジテレビジョン代表取締役社長の清水賢治氏

 相当高額な配信権料が必要ということで、一連の事案で刷新された取締役会にもかけられた。


 当時、あの事案でCM出稿を打ち切る企業が相次いだ。フジテレビに企業のCMがまったく流れなくなるなか、F1独占放送・配信権獲得に対して上層部では不穏な雰囲気が流れ始め、野村室長らは孤立無援になりかけた。


 しかし、一方で野村室長らを激励する社外取締役も現れた。


 「よくぞハードな交渉をまとめ上げたと声をかけてくれた。周りからマイナスな話ばかりされるなか、本当に救われた思いがした」と野村氏は振り返る。社外取締役は、F1は世界の中でも最強のコンテンツの1つであり、フジテレビ復活には欠かせないと理解しているようだった。


 だが、F1側はなぜフジテレビに「日本国内独占配信権」を渡したのか。DAZNと競争させて、日本でF1を盛り上げるという手もあるだろう。


 永竹部長は「そもそも、これまでF1に対して独占放送・配信したいという提案がなかったのではないか。

F1とフジテレビ、一緒に手を取り合って日本を盛り上げられるだろうと興味を示してくれたようだ」と語る。


 実は世界でも40年に渡ってF1の中継を続けているテレビ局はフジテレビぐらいしかないという。長年に渡る信頼関係が両者を引き寄せた面もあるのかもしれない。


 F1側がフジテレビに期待しているのは、今まで以上に日本でF1ファンを増やすということだろう。そのあたりについて野村氏は「日本のモータースポーツ全体を盛り上げ、もっとサーキットに足を運ぶファンを増やしたい」と語る。


 フジテレビでは年間5戦、地上波でF1中継のダイジェストを放送する予定だ。また、ニュース番組でもF1を積極的に取り上げることで、これまでモータースポーツに興味がなかった人にも関心を持ってもらえるようにしていく。


フジテレビ復活への起爆剤
全社を挙げた「F1ブームアップ」

 すでにフジテレビ社内では社長も参加する「F1ブームアップ委員会」という組織も立ち上がっているという。


 野村氏は「契約期間が5年間なので、色々なことができると思っている。たとえば、かつての「エンジン」(2005年に放映された、木村拓哉主演の月9ドラマ)のようなドラマも作れるかもしれない。また、マンガやゲーム、イベントなど、フジテレビが持つ力を使って、横展開を図っていきたい」と意気込む。


 実際、昨年12月にフジテレビがF1を国内で独占放送・配信するというニュースが流れて以降、社内から続々とF1を愛する社員が名乗りを上げ始めているという。


 F1ファンとして気になるのは実際、どのような配信が行なわれるという点だ。CSでは従来通りの内容で放送される予定だ。


 一方、ネット配信では従来のFODの料金プランとは別に「F1スターターコース」という専門のプランが用意される。料金は月額3880円。さらに「F1 TV pro」が利用できる「F1プロコース」が月額4900円、F1 TV Premiumが利用できる「F1チャンピオンコース」が5900円だ。


 FODのF1専門サービスではこれまで長年、出演してきた川井一仁氏の解説が聞けるチャンネルだけでなく、それとは別に実況・サッシャ氏による配信も行なわれる。ここ数年、DAZNでF1を楽しんできた人には朗報だ。


 まさにフジテレビは、日本でF1をさらに盛り上げようと盤石の体制で挑む覚悟を見せている。F1の国内独占配信がフジテレビ復活に向けた「起爆剤」になるかも知れない。


 ちなみに野村室長、永竹部長、どちらも配信権料の金額については頑なに口を割ることはなかった。ただ、アメリカではアップルが2026年から5年間、F1の独占配信権を取得しており、フィナンシャル・タイムズによると、配信権は7億ドル(約1100億円)と報道されている。


 日本とアメリカの視聴者数の違いから、フジテレビがいくら払ったのか、見えてくるかもしれない。


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