1月7日~10日に米ラスベガスで世界最大のエレクトロニクスショー「CES」が開催された。5Gの商用サービスが世界各地で本格的に立ち上がる2020年に、エレクトロニクスも次の世代にあるべき形へと変貌を遂げつつあった。
●毎年変わるCESのトレンド 今年は何が一番注目された?
EV(電気自動車)が普及してから、CESのようなエレクトロニクスの展示会にオートモーティブのメーカーが数多く出展するようになった。2020年のCESは筆者が得意とするオーディオ・ビジュアルに関連する展示が減った代わりにオートモーティブの話題が賑わっていた。
考えてみれば5Gの影響を最も強く受けるエレクトロニクスのデバイスはオートモーティブかもしれない。自動車そのものだけでなく、信号機などのインフラ、パーキングシェアなどの自動車に関連するサービスもすべてネットワークにつながり、クラウドAIにより管理されるようになると、いずれは街全体がスマート化する未来図が見えてくる。自動車メーカーであるトヨタが今年のCESで「Toyota Woven City」というコネクテッド・タウン構想を立ち上げたことに必然性はあると思う。
ただ、あまり視線の倍率を“街全体”にまで広げてしまうと、個々のエレクトロニクスの技術がどの辺りまで来ているのかが見えづらくなる。本稿では目立った製品・技術の分野にズームインしながら5Gとエレクトロニクスの現状の関わりを読み解きたいと思う。
●クアルコムのSoCから“スマホのようなクルマ”が生まれる
5Gの時代には通信のキャパシティが強化され、大容量のデータが高速に遅延なく送受信できるようになると言われる。これ以外にも「多接続」、つまり家の中にあるさまざまな家電機器や、街の信号機や水道メーターまでもがネットワークにつながることも考えられる。
クラウドに送られたデータを元にした生活に役立つサービスの誕生をいま私たちは心待ちにしているわけだが、その代表例のひとつが「自動運転」だ。5Gのネットワーク革新による多接続の恩恵を最も色濃く受けるエレクトロニクス機器は“クルマ”になるかもしれない。
今年のCESで米国の大手半導体メーカーであるクアルコムは、スマホやタブレットなどモバイル端末向けのSoCとして名をはせる「Snapdragon」シリーズを、自動運転などADAS(先進運転支援システム)を搭載したコネクテッドカー向けのプラットフォームに仕立てた「Qualcomm Snapdragon Ride Platform」を自動運転向けのソリューションとして発表した。
クアルコムのクリスチアーノ・アモン社長は、同社が車載器向けのテレマティクスに長い経験を蓄積してきた企業であり、新しいSnapdragonの名を継ぐプラットフォームが自動運転に限らず、モビリティが走るためのインフラまわりのコネクテッド化を実現するセルラーV2Xの無線技術や、ドライバーへの情報伝達や自動運転車の操縦を支援するデジタルコックピットの技術革新を支える柔軟性も備えていることをアピールした。Snapdragonを搭載する“スマホのようなクルマ”は2023年ごろに街を走ることになりそうだ。●オートモーティブとホームをAlexaがつなぐ
アマゾンのAlexaはオートモーティブと「クルマのためのサービス」をつなぐAIプラットフォームとしても大きく育ちつつある。今年のCESで、アマゾンがオートモーティブ関連のイノベーションを集めたブースは見応えがあった。
北米ではAlexaをビルトインする自動車をランボルギーニやキャデラックがローンチする。筆者もアマゾンのブースでキャデラック「CT5」に試乗して、ドライバーが音声操作でAlexaと対話しながらルートマップを探したり、離れた自宅のスマート家電機器の操作、給油代金をAmazon Payで支払うデモンストレーションを体験した。
アマゾンがコネクテッドカー向けに開拓するサービスはAlexaをビルトインした自動車に限らず、アマゾンが北米で発売したあらゆる自動車をAlexa対応にできる車載AIアダプター「Echo Auto」を載せた自動車でも利用できる。本機はコネクテッドカーの敷居を下げて、サービスへの関心を集める起爆剤になりそうだ。Echo Autoと対応するサービスの日本語化、日本上陸を楽しみに待ちたい。
今後も家と自動車のどちらか一方にコネクテッドライフの中心が偏ることはないと思うが、5Gの本格スタートに伴って、まずはネットワークにつながる自動車の技術革新が進むと思う。その後に今はまだ伸び悩むスマートホームにも「コネクテッドカーに対応する製品やサービス」が入り込むことによって、互いの普及を後押しするのではないだろうか。
●ソニーの立体音響が自動運転モビリティにも広がる
モビリティが自動走行を実現するころまでには、映像・音響まわりのリッチなコンテンツサービスも出揃うだろう。
筆者もコンセプトカーに試乗してその音を体験した。サラウンド対応のカーオーディオはとりわけ珍しいものではないが、360 Reality Audioはオブジェクトとして360度全天球の音響空間に音を配置して自由自在に動かせる。車体の壁を越えて外から聞こえてくるような、力強く伸びやかなサウンドはカーサウンドの既成価値を超えるリアリティを感じさせた。
自動運転が実現する時代には、迫力たっぷりのサラウンドをクルマの中で目を閉じて聴くことも当たり前になるのかもしれない。現在ポータブルヘッドホンやイヤホンの技術として注目されている「ノイズキャンセリング」や「外音取り込み」も、人がハンドルから手を離してドライブを楽しめるようになったときには、車内空間でエンターテインメントを快適に楽しむために欠かせない技術として脚光を浴びることになりそうだ。
●「共創」から再び「競争」の時代へ
オートモーティブに比べると、筆者は今年のCESではホームエンターテインメント系の展示に心動かされることが少なかったと思う。8Kについてはいくつかの大きなアナウンスもあったが、それでもテレビの新製品が発売されるということ以外に、あの大画面・高画質のエンターテインメントを5G時代にどうやって活用するのか、目新しい提案に出会えなかった。
ただ、次世代の映像デバイスの中にとても刺激的なアイテムもあった。パナソニックが開発を進めるHDR対応の眼鏡型VRデバイスだ。本機で視聴したHDR映像は画素構造が見てわからないほど一体感にあふれていた。人物を被写体に捉えた映像を見てみると、まるでその人が目の前に立っているような感覚に息を呑んだ。
仁和寺の金堂内部をキャプチャしたリアルなCGの世界を、自分の足で歩きながら回れるバーチャルミュージアムを想定したコンテンツが特に圧巻だった。筆者はこれまでにもVRデバイスを取材して楽しいと感じたことはもちろんあるのだが、パナソニックの試作機は格段に画質が良いため、ある程度長い時間映像を見ていても疲労感がなかった。
眼鏡とほとんど変わらない軽快な装着感を実現しているから、コンテンツへの没入感も損なわれない。パナソニックでは5Gの商用サービスを見据えて、配信型のVR映像コンテンツを本機単体、またはPCやスマホなどのモバイル端末と組み合わせて視聴できるデバイスとして製品化の検討を進めるそうだ。
VRエンターテインメントが5Gの時代に革新を遂げるための鍵はどうやら「画質の向上」にあるようだ。このように競争軸が顕在化すれば、今後来年のCESまでに画質を追求したVRのハードとコンテンツが続々と出揃うかもしれない。これまでに次世代の5Gエンターテインメントを「共創」する道とパートナーを模索してきた各社が、それぞれの相方探しを終え、これからはユニークなアイデアと技術をぶつけ合わせて再び「競争」するときが訪れたのではないだろうか。(フリーライター・山本敦)
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●毎年変わるCESのトレンド 今年は何が一番注目された?
EV(電気自動車)が普及してから、CESのようなエレクトロニクスの展示会にオートモーティブのメーカーが数多く出展するようになった。2020年のCESは筆者が得意とするオーディオ・ビジュアルに関連する展示が減った代わりにオートモーティブの話題が賑わっていた。
考えてみれば5Gの影響を最も強く受けるエレクトロニクスのデバイスはオートモーティブかもしれない。自動車そのものだけでなく、信号機などのインフラ、パーキングシェアなどの自動車に関連するサービスもすべてネットワークにつながり、クラウドAIにより管理されるようになると、いずれは街全体がスマート化する未来図が見えてくる。自動車メーカーであるトヨタが今年のCESで「Toyota Woven City」というコネクテッド・タウン構想を立ち上げたことに必然性はあると思う。
ただ、あまり視線の倍率を“街全体”にまで広げてしまうと、個々のエレクトロニクスの技術がどの辺りまで来ているのかが見えづらくなる。本稿では目立った製品・技術の分野にズームインしながら5Gとエレクトロニクスの現状の関わりを読み解きたいと思う。
●クアルコムのSoCから“スマホのようなクルマ”が生まれる
5Gの時代には通信のキャパシティが強化され、大容量のデータが高速に遅延なく送受信できるようになると言われる。これ以外にも「多接続」、つまり家の中にあるさまざまな家電機器や、街の信号機や水道メーターまでもがネットワークにつながることも考えられる。
クラウドに送られたデータを元にした生活に役立つサービスの誕生をいま私たちは心待ちにしているわけだが、その代表例のひとつが「自動運転」だ。5Gのネットワーク革新による多接続の恩恵を最も色濃く受けるエレクトロニクス機器は“クルマ”になるかもしれない。
今年のCESで米国の大手半導体メーカーであるクアルコムは、スマホやタブレットなどモバイル端末向けのSoCとして名をはせる「Snapdragon」シリーズを、自動運転などADAS(先進運転支援システム)を搭載したコネクテッドカー向けのプラットフォームに仕立てた「Qualcomm Snapdragon Ride Platform」を自動運転向けのソリューションとして発表した。
クアルコムのクリスチアーノ・アモン社長は、同社が車載器向けのテレマティクスに長い経験を蓄積してきた企業であり、新しいSnapdragonの名を継ぐプラットフォームが自動運転に限らず、モビリティが走るためのインフラまわりのコネクテッド化を実現するセルラーV2Xの無線技術や、ドライバーへの情報伝達や自動運転車の操縦を支援するデジタルコックピットの技術革新を支える柔軟性も備えていることをアピールした。Snapdragonを搭載する“スマホのようなクルマ”は2023年ごろに街を走ることになりそうだ。●オートモーティブとホームをAlexaがつなぐ
アマゾンのAlexaはオートモーティブと「クルマのためのサービス」をつなぐAIプラットフォームとしても大きく育ちつつある。今年のCESで、アマゾンがオートモーティブ関連のイノベーションを集めたブースは見応えがあった。
北米ではAlexaをビルトインする自動車をランボルギーニやキャデラックがローンチする。筆者もアマゾンのブースでキャデラック「CT5」に試乗して、ドライバーが音声操作でAlexaと対話しながらルートマップを探したり、離れた自宅のスマート家電機器の操作、給油代金をAmazon Payで支払うデモンストレーションを体験した。
アマゾンがコネクテッドカー向けに開拓するサービスはAlexaをビルトインした自動車に限らず、アマゾンが北米で発売したあらゆる自動車をAlexa対応にできる車載AIアダプター「Echo Auto」を載せた自動車でも利用できる。本機はコネクテッドカーの敷居を下げて、サービスへの関心を集める起爆剤になりそうだ。Echo Autoと対応するサービスの日本語化、日本上陸を楽しみに待ちたい。
今後も家と自動車のどちらか一方にコネクテッドライフの中心が偏ることはないと思うが、5Gの本格スタートに伴って、まずはネットワークにつながる自動車の技術革新が進むと思う。その後に今はまだ伸び悩むスマートホームにも「コネクテッドカーに対応する製品やサービス」が入り込むことによって、互いの普及を後押しするのではないだろうか。
●ソニーの立体音響が自動運転モビリティにも広がる
モビリティが自動走行を実現するころまでには、映像・音響まわりのリッチなコンテンツサービスも出揃うだろう。
ソニーが2019年のCESで発表した独自の立体音響技術「360 Reality Audio」は、今年、ソニーが自社で外装とコネクテッドカーに求められるプラットフォームを試作したコンセプトカーに組み込まれる形で、初めて車載向けの展開がお披露目された。
筆者もコンセプトカーに試乗してその音を体験した。サラウンド対応のカーオーディオはとりわけ珍しいものではないが、360 Reality Audioはオブジェクトとして360度全天球の音響空間に音を配置して自由自在に動かせる。車体の壁を越えて外から聞こえてくるような、力強く伸びやかなサウンドはカーサウンドの既成価値を超えるリアリティを感じさせた。
自動運転が実現する時代には、迫力たっぷりのサラウンドをクルマの中で目を閉じて聴くことも当たり前になるのかもしれない。現在ポータブルヘッドホンやイヤホンの技術として注目されている「ノイズキャンセリング」や「外音取り込み」も、人がハンドルから手を離してドライブを楽しめるようになったときには、車内空間でエンターテインメントを快適に楽しむために欠かせない技術として脚光を浴びることになりそうだ。
●「共創」から再び「競争」の時代へ
オートモーティブに比べると、筆者は今年のCESではホームエンターテインメント系の展示に心動かされることが少なかったと思う。8Kについてはいくつかの大きなアナウンスもあったが、それでもテレビの新製品が発売されるということ以外に、あの大画面・高画質のエンターテインメントを5G時代にどうやって活用するのか、目新しい提案に出会えなかった。
ただ、次世代の映像デバイスの中にとても刺激的なアイテムもあった。パナソニックが開発を進めるHDR対応の眼鏡型VRデバイスだ。本機で視聴したHDR映像は画素構造が見てわからないほど一体感にあふれていた。人物を被写体に捉えた映像を見てみると、まるでその人が目の前に立っているような感覚に息を呑んだ。
仁和寺の金堂内部をキャプチャしたリアルなCGの世界を、自分の足で歩きながら回れるバーチャルミュージアムを想定したコンテンツが特に圧巻だった。筆者はこれまでにもVRデバイスを取材して楽しいと感じたことはもちろんあるのだが、パナソニックの試作機は格段に画質が良いため、ある程度長い時間映像を見ていても疲労感がなかった。
眼鏡とほとんど変わらない軽快な装着感を実現しているから、コンテンツへの没入感も損なわれない。パナソニックでは5Gの商用サービスを見据えて、配信型のVR映像コンテンツを本機単体、またはPCやスマホなどのモバイル端末と組み合わせて視聴できるデバイスとして製品化の検討を進めるそうだ。
VRエンターテインメントが5Gの時代に革新を遂げるための鍵はどうやら「画質の向上」にあるようだ。このように競争軸が顕在化すれば、今後来年のCESまでに画質を追求したVRのハードとコンテンツが続々と出揃うかもしれない。これまでに次世代の5Gエンターテインメントを「共創」する道とパートナーを模索してきた各社が、それぞれの相方探しを終え、これからはユニークなアイデアと技術をぶつけ合わせて再び「競争」するときが訪れたのではないだろうか。(フリーライター・山本敦)
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