そうした最中、新たにコンシューマー向けのソフト開発が社員から持ち上がる。それは、当時流行し始めたパソコン通信向けソフトの開発だった。当時のインターコムには個人向け通信に関するノウハウはなかったが、人気漫画「ゲームセンターあらし」の作者である漫画家のすがやみつる氏や大学の先生など、開発担当者が自らパソコン通信で知り合った著名人たちに応援を頼み、2年をかけて開発した。86年11月、量販店のソフトコーナーにインターコムのパッケージソフトが並んだ。
これが初代「まいと~く」である。現在まいと~くといえば、20年連続でBCN AWARDの通信ソフト部門で最優秀賞を獲得する企業向けFAXソフトであるが、元はといえばインターネットの登場以前に先進的なパソコンユーザーに活用されていたコンシューマー向けのコミュニケーション用ソフトであった。そして、このまいと~くが爆発的にヒットしたのである。
気が付けば創業から5年足らずで、企業向け、大衆市場向けそれぞれにビジネスの柱となる製品を開発。「通信ソフトのインターコム」という確固たるポジションを築くことに成功していた。
「バージョンアップすれば、会社に毎月数回、郵便局員が布袋一杯になった申込書を配達しに来てくれた。その姿は、まるでサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるように見えた」。当時の凄まじさを高橋会長はそう表現する。
ところが、このまいと~くバブルの状況は一気に収束へと向かう。その要因が、90年代初頭にスタートした商用インターネットの急速な普及と、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を採用したマイクロソフトのパソコン用OS「Windows 95」の登場である。Windows 95およびそれを搭載したパソコンは、パソコンとともに世紀の発明であるインターネットの存在を広く世に知らしめる役割を果たした。さらにそのWindows 95には、インターネットで通信を行うためのウェブブラウザーとして、「Internet Explorer(IE)」が無料でバンドルされていたのである。
それまでインターコムはパソコン普及の恩恵を受けてきたが、その時ばかりはもろに逆風を浴びるかたちとなった。パソコン通信と比べて、インターネットは文字だけでなく音声や動画までも扱える。
ただ幸いなことに、インターコムには端末エミュレーターやEDIソフトなど企業向けに売れていた通信ソフトがあった。まいと~く一本に絞らず、企業向け、コンシューマー向けという二つの方向性で事業を展開し、ほかにも製品開発を続けてしっかりと種をまき続けていたことが救いになったのである。94年に「まいと~くFAX」、95年には「LAPLINKリモートコントロール」など、現在のヒット商品の原型であるソフトも発売している。またその頃には、起業時から一貫してパッケージソフトの自社開発、販売を行い、品質の維持向上に取り組む中で培ってきた「独立系日の丸パッケージソフト開発会社」の文化も醸成されていった。
それらを活路に、インターコムは本格化するインターネット時代という荒波のなか、試行錯誤しながら舵取りを行う難しい段階へと突入していく。まいと~くの終焉は、時代の進化に合わせて変化するという、インターコム第二幕の始まりを告げるものでもあった。
【関連記事】
NHKで学んだ通信テクノロジーをパソコン向けソフトに展開
時代と共に変わる製品展開と変わらないソフト開発へのスタンス
BCN ITジュニア賞 2020表彰式開催、受賞者・受賞チームを讃える
精算業務の「働き方改革」へ、ヴァル研とインターコムが協業
インターコムが設立35周年イベントを開催、「ロマンとそろばんで100年企業目指す」











![[USBで録画や再生可能]Tinguポータブルテレビ テレビ小型 14.1インチ 高齢者向け 病院使用可能 大画面 大音量 簡単操作 車中泊 車載用バッグ付き 良い画質 HDMI端子搭載 録画機能 YouTube視聴可能 モバイルバッテリーに対応 AC電源・車載電源に対応 スタンド/吊り下げ/車載の3種類設置 リモコン付き 遠距離操作可能 タイムシフト機能付き 底部ボタン 軽量 (14.1インチ)](https://m.media-amazon.com/images/I/51-Yonm5vZL._SL500_.jpg)