【東京・内神田発】米国の組織は総じてトップダウンで、指示に従わなければ部下は解雇されるので急速な変革が可能。それに対して日本の人事評価制度は減点主義で、「なるべく失敗しないように」という土壌があるため急には変わらないと木村さんは語る。
そう言われると、まるで日本がダメなような気がするが、米国では自分の責任範囲のことしか考えないのに対し、日本では現場の人も経営目線で会社のことを考えるため、ボトムアップが強力なのだそうだ。一長一短だが、要はそのバランスということか。
(本紙主幹・奥田芳恵)

●SEからコンサルタントの仕事へ
奥田 木村さんは、独立前、沖電気工業を皮切りに外資系IT企業を含む11社にお勤めになっていらっしゃいます。転職のされ方も米国的な感じがします。
木村 そうですね。仕事の内容も、最初の10年ほどはSEとしてシステム設計やプロジェクトマネジメントに関わりましたが、その後はコンサルタントとして、システムをつくるというよりは業務改善や業務改革のお手伝いに携わりました。つまり、お客さんがやりたいことをどんな手段で実現するかを考えていくわけです。その手段の一つとしてITのツールもある一方で、組織変更や業務手順の変更といった選択肢もあります。それをどう組み合わせて目的を達するかという方向に、仕事の中心はシフトしていきました。
奥田 SEからコンサルタントに転身されたきっかけは?
木村 SEの仕事では、システム導入のためお客さんにさまざまな提案をするわけですが、このとき、自分の知識をもっと広げたいと思いました。先ほどお話しした選択肢をたくさん持ちたいということですね。そこで私は「速読」を習うことにしたんです。

奥田 本をたくさん読んで、知識の幅を広げると。
木村 あるセミナーに出て驚いたのが、講師が「本は最初から読む必要はない」と言ったことです。その本から得たい情報は決まっているはずだから、前書きや目次などは飛ばして、その核心部分から読むべきだと。これはまさに、目的に合わせて手段を選ぶということに通じます。
奥田 本の種類にもよるでしょうが、実務書や技術文献などは、そのほうが合理的ですね。
木村 そこで私が気づいたのは、お客さんはただシステムを導入したいわけではなく、例えば、より早く見積書を出したいとか、繁閑の激しい仕事を平準化したいといった目的があって、そのためにシステム導入を検討しており、価値は目的実現にあるということでした。
 私はベンダーにいたため、企業としてはシステム開発もできればパッケージソフトも持っていました。だから、それを売ろうと考えがちなのですが、その前にお客さんの目的をはっきりさせる必要があり、私はこちらのほうの仕事がやりたいと思ったのです。
奥田 木村さんは、ITプロジェクトの7割以上が失敗に終わるとおっしゃっています。
木村 目的が明確化していないのに手段を先に選ぶというのでは、うまくいきませんよね。例えば、経営者からERPを導入しようという声がかかり、目的が不明確なまま導入したものの、それによりこれまで自分たちの優位性を生み出してきた業務プロセスが崩れてしまったというケースがあります。また、経営層の目的と経営管理層の目的と現場の目的がきちんとつながっていないケースもよくありますが、この場合も大きな改善効果は望めません。

奥田 まさに本末転倒になってしまうのですね。
木村 今はAIや生成AIがブームで、多くの企業が早く導入しなければと躍起になっています。でも、AI導入が目的化しており、それによってやりたいことが明確になっていない企業もまた多く、結果として時間もお金も無駄になってしまっているわけです。
奥田 ツールは違うものの、同じような問題が繰り返されているのですね。
●部分最適を重ねるのではなく 全体最適化に踏み切るべき
奥田 そうしたITプロジェクトをめぐる問題で、日本と欧米では違いがあるのでしょうか。
木村 日本企業の場合は、ITツールを売りたいベンダーがITを知らない経営者に売るという構図がずっと続いています。これに対して欧米の経営者は非IT企業でもITについて一定の知識を持っており、またIT導入時にはIT人材をきちんと確保して、導入前の要求定義や要件定義などを行っています。欧米は人材の流動性が高いため、IT企業でなくてもそうしたことが可能なのです。
奥田 終身雇用の企業が多い日本では、そのときだけ専門性の高い人材に来てもらうというのは難しいわけですね。
木村 こういう状況が続くと、日本はますますIT後進国になってしまいます。システム全体を見通すことのできる人材がいないため、部分最適が進むばかりで全体最適にはつながりません。部分最適というのは、増築を重ねた田舎の旅館のようなもので、全体を見るとアンバランスで魅力に欠けるものといえるでしょう。

奥田 なかなか厳しい状況ですね。
木村 部分最適を重ねて、しかもシステムのブラックボックス化も進んで保守費用はかさむばかりで、それが予算の8割を占めるといわれています。だからこそ、どこかで健全な全体最適化に踏み切る必要があるのです。
奥田 国内のそうした状況は、改善されていくのでしょうか。
木村 これまで中央省庁や1700以上ある地方自治体のシステムはそれぞれに異なっていましたが、デジタル庁が創設され、総務省や経済産業省も本気で取り組み始めたことから、それらのシステムを統合する方向で、少しずつ変わっていくでしょう。その動きに企業も追随していくのではないでしょうか。
奥田 少しずつ、ですか。
木村 そうですね。一気にやろうとしても急激な変化はリスクもありますから、きちんと計画を策定し、教育や組織変革もしながら段階を追って実施するべきと思います。
奥田 今後は、どんなことに取り組んでいかれるのでしょうか。
木村 現在の仕事を続けていく中で、今後どんなことが必要になるかいろいろな人に意見を出してもらっているのですが、以前からの悲願の弊社の最適化計画策定方法論を自動化できればいいと思っています。かつてビッグデータの解析について研究して自治医科大学で教えたり、10年ほど前にそうした製品をつくりましたが、近年、生成AIが登場してきました。

奥田 生成AIのように、ビッグデータから問題解決手法や答えを導き出すわけですね。
木村 当時の研究では、生成AIよりはるかに小さいパワーで企画策定やレコメンドなどができることを目指していました。莫大な資金が投入されている生成AIには、今は精度の面でかないませんが、かつて一緒に研究していた仲間たちともう一度チャレンジしたいと考えています。お金を集めるのは苦手ですが、アイデアやツールをつくるノウハウはあります。家内工業的ですが、なんとか革新的AIを世に出せればと思います。
奥田 興味深く、また勉強になるお話をありがとうございました。今後のご活躍を楽しみにしております。
●こぼれ話
 得意だった英語が一転、苦手に変わる。そのきっかけはピリオドを書き忘れただけで、低い点数になってしまったからだ。教科そのものへの不信感につながるほど、当時の木村礼壮さんに強い衝撃を与えることだったのか。きっと、その出来事を流さずに受け止めて考えるからこそ生まれた不信感なのではないか。
 木村さんとお話しながら、学生時代から芯が通っている感じが、このエピソードからも少し伝わってくる。
英語から距離をとっていた時期もありながら、また英語に向き合うために米国に行ってしまう。そんな思い切った発想と行動力も、とても魅力的だ。
 いつも本質に近づきたい、見極めたいという思いが根底にあるのではないかと感じさせる木村さんには、論理的思考が合っているように感じる。あうんの呼吸が通じる社会にはもちろん良いところがある。しかし、米国で論理的思考の経験を積むことは、木村さんにとって必然だったのではないかと思えてくる。
 「DX推進には納得感と共感が必要」と木村さんはおっしゃる。経営管理層の目的と現場の課題感が一致し、目的達成のための変革に共感が生まれたとき、同時に納得感が高まる。経営管理層から降りてきたものではなく、現場も自分事となれば、もはやDX推進も成功へのレールに乗ったようなものなのだと思う。
 さまざまな変革に通じる考え方ではあると思うが、ITプロジェクトにおいては、便利と思われるITツールの導入に飛びついてしまいがちな状況が長く続いているという。ただ、改善に向かっていると力強く語ってくださった。中央省庁でのお仕事に関わってこられ、実態を知る木村さんの言葉はとても心強い。
 生成AIのこれからの可能性に目を輝かせる木村さん。
革新的AIを世に出したいと、笑顔を見せる。穏やかな表情の中に、強い意志をしっかりと感じる。チャレンジが尽きない木村さんのますますの活躍に期待が膨らむ。(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第377回(下)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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