ランタンを手に薄暗い森に足を踏み入れた瞬間、神秘的な冒険が始まる。予約困難な大阪・関西万博の人気パビリオンの中でも、期待を裏切らない満足度で注目を集める「住友館」だ。

総合プロデューサーは、2005年愛・地球博トヨタグループ館をはじめ、ミラノ万博やドバイ万博の日本館を手掛けてきた内藤純さん。今回、副館長の安永明史さんとともに、その特別な魅力の秘密を案内してもらった。

■ホンモノの森につなげる

 シアター鑑賞後、内藤さんはパビリオン出口付近に設置された本を手に取った。

内藤 シアターを見て終わりじゃなくて、最後は「森に行ってみよう」ということで、僕個人としては、日本全国の森に行かせたいんです。「ゴミを捨てるな」とか、その土地ごとの絶滅危惧種の話とかは、現地で学ぶべきだと思っていて。「森には人間の知らないことがたくさんあるんだよ。森には何かが欠けている命の物語があって、そういう森が日本にはたくさんあるから行ってみて」というところまでが、住友館の役割だと思っています。

「地球の歩き方」とタイアップして制作した『日本の森の歩き方:まだ見ぬ幻想的な絶景に会いに行こう』(Gakken)。別子銅山をはじめ、日本の10の森が紹介されている

 パビリオン入館とは別に、子どもを対象とした植林体験イベントが1日4回行われている。「森のがっこう」で植林について学び、スギの苗木を植木鉢に植える約25分のプログラム。サポートしているのは住友グループの社員たちだ。

安永 住友グループとして少しでも貢献したいという思いがあって、万博を開催している184日間、19社からボランティアの希望を募りました。

「循環」がキーワードでもあるので、植林はどうしてもやりたいと最初からお願いしていました。住友館が千本の木を伐採して建てられているので、同時に植林もする。植林した木が将来にわたって成長していくのを、子どもたちに見てもらおうと思ったんです。期間中、1万本の苗を植える予定です。

内藤 自然の森とは別に、林業に代表されるように、人の手による人工林があります。伊勢神宮の式年遷宮のように、木を伐っては植え、50~70年かけて再生するというサイクル。今回、メインショーの主役から人間を外したので、それを建築側が引き受けました。建築に、前回の大阪万博が開催された70年に植林した木が使われているし、今回伐採した分は新たに植えようと。次回また日本で博覧会があるかわかりませんが、建築を中心として、植林で「人の手による森の循環」を伝えようとしたのです。

「森のがっこう」で授業をするボランティア。演台には、木材の丸太をかつら剥きにした端材を用いている。パビリオンのベンチや階段など、伐採した木材を「使い尽くした」と話す安永さん苗木を植木鉢に植える子ども。
苗木は育苗センターで成長させ、約1年後に住友館を建てるために木を伐採した跡地を含む森に植林される「ミライのタネ」コーナーには、住友グループ各社の技術や取り組みをもとにした未来社会や課題解決のアイデアが展示されている

■未来に伝える

 「徐々にネタを見せていく」「全部の種明かしはしない」「わかる人にはわかる」――。内藤さんはパビリオンをエスコートしながら何度もそう口にした。来場者はどう受け止めたのだろうか。

安永 SNSをエゴサーチしていますが(笑)、深い部分までくみ取って書いてくれている方が多いですね。学校の先生が言っていたことがわかったとか。わざわざ感想を書いてくれるのはありがたいです。

内藤 「森に行きました」という感想はまだないですが(笑)、「◯◯を見つけた」「今まで見たことのない世界だった」などと言われると、作り手としてすごくうれしいです。シアターは撮影禁止なので、森のようにSNS上にはあまり上がってこないのですが、シアターは森の伏線回収というか一つのストーリーとして作ったので、「シアターのストーリーに感銘した」「何かが欠けているというのはその通りだ」などと言われると、メッセージを感じ取ってくれたのかなとうれしく思います。

シアターのストーリーラインの紹介パネル。さりげなく伏線回収するのが内藤流

 70年の万博で、住友グループは古今東西の童話の名場面を立体構成した展示を行った。9つの球体ドームからなるSFの未来都市のような外観で、当時の子どもたちにも人気だったようだ。

内藤 70年の時、三菱は未来館で今回も未来館ですが、住友は童話館という名前のパビリオンでした。

住友館全体としては前回とあまり関係ないと思っていますが、作り手として、やはり子どもたちへメッセージを届けるべきだと思いました。

 では、今回の住友館のレガシーにしたいことは。

内藤 子どもたちが森に入って知らない経験をする映画『スタンド・バイ・ミー』(1986)のような冒険がテーマなので、“子ども心”(笑)。僕なりのターゲットとしては、子どもたちへ、子ども心を持った大人たちへ、もしくは子ども心を取り戻したい大人たちへ(笑)。年齢が上がっても、大人であっても、お年寄りであっても、ワクワクする探検心や遊び心を、そのまま持って帰ってもらいたいなと思っています。 

指定の場所にランタンを置くと、命の物語が始まる。「タッチ決済みたいに、ランタンを置いてすぐに離す人が多い。そんなに速く離すと何も変わらないのに。住友館ではもっとゆったりとした時間を過ごしてもらいたい」と話す内藤さん

安永 住友館を思い出してもらうきっかけとして、ショップでランタンを販売しているのですが、それを持った子どもが万博会場を歩いている様子が幻想的だという書き込みがありました。植林についても、単に植えて終わりじゃなくて、植林後の様子をウェブサイトで見られるようにしたり、「日本の森の歩き方」を出版したのも残し続けるため。こういったものを見て、住友館の体験をぜひ思い出してほしいですね。

住友館の植林体験をするともらえる参加証明書。
特設サイトで、旧別子銅山・東平地域に植えられた後の苗木の成長を見守ることができる

 10月13日に万博は閉幕し、住友館も役目を終える。だが、ランタンを手に「未知の森」を歩いた冒険――400年の森の歴史を受け継ぐグループ総出の運営と、世界の万博で培った企画力が生み出した“特別な体験”は、これからも人々の心に刻まれ続けるだろう。

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