法事があった。久々に集まった親戚の前で僧侶が読経する。
時間にして15分ほどの短いものだったが、僧侶の声がいい。何かのライブを聞いているようだった。宗教と芸術は密接に関係している。改めて認識した。宗教と音楽といえば、キリスト教の讃美歌やゴスペルも思い浮かべる。個人的にはイスラム教のアザーンも好きだ。戒律上「音楽」が否定されているイスラム教。従ってアザーンは音楽ではない。礼拝(サラート)の呼びかけだ。時間になると礼拝堂であるモスクから大音声で流される。僧侶ならぬ、ムアッジンと呼ばれるアザーンの唱え人が、毎回肉声で行う。「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」から始まる独特の節回しは、ムアッジンそれぞれで異なるが、聴いていてそれぞれとても美しい。


 礼拝は1日5回、メッカ・カアバ神殿の方角に向かって行う。礼拝の時刻は毎日何時と決まっているわけではない。日の出と日没を基準に定められているため、時刻は日々変わっていく。アザーンが流れる時刻も変化する。国際空港では、イスラム教徒(ムスリム)向けの礼拝コーナーが設置されている所も増えた。ホテルによっては、部屋の天井に矢印がある場合もある。これはメッカの方角を示すもの。1日5回の礼拝を毎日ともなれば、こうした配慮も必要になるわけだ。普段は身近な場所で行う礼拝だが、イスラム教の休日である金曜日、昼の礼拝は、モスクに集まって行うことが求められている。モスクは礼拝のための神聖な施設ではあるが、地域交流や集会なども行う、ある種の社会インフラでもある。ムスリムにとってモスクは欠かせないものだ。
 世界のムスリム人口は現在約19億人。
およそ25%がムスリムという計算だ。国や地域によってはモスクが不足しているエリアも多い。日本も同じだ。例えば、神戸モスクや東京ジャーミイを筆頭に、日本にも170程度のモスクがある。規模はこじんまりとしたものが多い。一方、日本で暮らすムスリムはおよそ42万人。ムスリムの旅行者の増加も考えると、モスク不足は避けられない。そんな背景から、世界初の移動式「モバイルモスク」が登場した。中東と縁の深いYASU PROJECTの井上康治社長が開発したものだ。もともとは東京オリンピックの際に、選手団やその家族、応援団などに供用するために製作した。実際はコロナ禍で1年延期されたうえ、無観客開催になった影響で、オリンピックでモバイルモスクが使われることはなかった。モスク不足に悩むのは、イスラム圏であっても同じだという。
例えばインドネシアでは津波などの自然災害で壊れたモスクの代替としてのニーズがある。そのほか、サウジアラビアでさえ、メッカ巡礼の途中途中に、礼拝だけでなく酷暑を避ける施設としても、こうしたモスクを設置してほしいとの声があるようだ。
 そこで、モバイルモスクが平和貢献に役立つと考えた井上社長は「モバイルモスク平和貢献基金」の立ち上げを決意。10月2日、日本外国特派員協会(FCCJ)で、12月にも設立すると発表した。基金の目標額は5億円。5年で10台程度の製作・供用を目指す。一見すると大きなトラック。左右に展開するとさらに大きな部屋ができ、25~30人を収容することができる。基本的に車両であるため、必要な場所に移動して設置することができる。現在、基金設立に向け準備を進めており、代表には白戸太朗 前都議会議員が就く予定だ。中東地域への進出を計画中のアパレルメーカー、りらいぶが基金への賛同を表明。同地域での売り上げの1%を寄付する方針だ。
このほか、10社程度に基金への参加を呼びかけている。
 イスラム圏の国々を訪れると、よくモスクに出会う。イスタンブールのスルタンアフメト・モスク(ブルーモスク)や、ジャカルタのイスティクラル・モスク、アブダビのシェイク・ザーイド・グランド・モスク、マラッカのマラッカ海峡モスクなどなど、よく知られたモスクは多い。地域地域にも小さなモスクが数多く点在。それぞれに独特の雰囲気がある。偶像崇拝を禁じるイスラム教だけに、モスクの飾りには、肖像画や銅像、動物の彫刻や絵のようなものは一切登場しない。代わりに図形を組み合わせた幾何学模様や植物を模ったアラベスク模様が広がる。大聖堂や寺社とは異なり、キリスト像や仏像のようなものは存在しないのだ。しかし中に入れば、大聖堂や寺社と同じように、心安らかに清められるような感覚になるのは不思議だ。モバイルモスクがどこまで本来のモスクを代替できるかは未知数だが、多少なりともムスリムの心の支えになることには違いないだろう。井上社長の挑戦を見守りたい。(BCN・道越一郎)
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