【崖っぷちのドミノの“かたじけない!”・8】この頃、テレビで「昭和と今を比べる」といったような特集をよく見かけるようになりました。懐かしい映像とともに流れるナレーションを聞いていると、あの頃の空気がふっと蘇ってくるような気がします。
“昭和100年”という節目を迎えて、私たちは改めてあの時代の文化や価値観を見つめ直すタイミングにいるのかもしれません。そこで、Apple Watchのようなデジタルツールから少し離れて、日本の紙文化とデジタル化の流れについて、ゆったり考えてみたいと思います。

●日本の紙文化:歴史と技術の融合
 私自身、今もIT関連の仕事をしていて、日々“紙の電子化”や“デジタル活用”を推進しています。確かにデジタル技術は便利で、情報の整理や共有には欠かせません。でも、PCの画面越しにデータを見ていると、ふと「紙ってやっぱり良かったな」と感じる瞬間があります。紙には、手触りや重み、そして“時間を感じさせる力”があるんですよね。
 日本は昔から紙を大切にしてきた国です。その歴史はなんと1400年以上にも及びます。自然と調和し、四季の移ろいを感じながら紙を使う、それは単なる実用品を超えた、文化そのものだったのではないでしょうか。
 紙は情報を伝える道具であると同時に、芸術や宗教、教育、そして暮らしの一部として息づいてきました。例えば、掛け軸や短冊、障子や襖など、紙は日本の美意識を形にする素材として使われてきました。白い和紙の上に筆が走る音、墨の香り、光に透ける柔らかさなど、そのどれもが、どこか心を落ち着かせてくれます。

●和紙の誕生と発展
 調べてみると、紙は中国から伝わり、日本には7世紀頃、飛鳥時代に入ってきたそうです。仏教の伝来とともに紙の製法が伝わり、奈良時代には国内で紙の生産が始まりました。そして聖武天皇が建立した東大寺の「正倉院」には、当時の紙文書が今も残っています。1200年以上も前の紙がいまも形を保っているのは、それだけで和紙の耐久性と完成度の高さが分かります。
 和紙は、楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの植物繊維を使い、手作業でていねいに漉き上げられます。その質感には、手仕事ならではの温かみがあります。柔らかくて、でも強い。光を通すと、ふわっと透けるような美しさもある。だからこそ、世界中で「ジャパニーズペーパー」として評価され、ユネスコの無形文化遺産にも登録されているんですね。
 書道、絵画、折り紙、障子、襖、神事や仏事――。どの場面にも和紙がそっと寄り添っているのを見ると、日本人の“手で感じる文化”の深さを感じます。私も神社やお寺で“書”を目にすると、不思議と心が穏やかになるんです。
紙には、どこか神聖さが宿っているような気がします。
●印刷技術の導入と普及
 紙文化の発展に欠かせないのが、印刷技術の登場でした。日本最古の印刷物とされる「百万塔陀羅尼」は、奈良時代の木版印刷によって作られたもの。仏教の教えを広く伝えるために、当時の人々がどれほどの労力をかけたかを思うと、胸が熱くなります。
 江戸時代に入ると、木版印刷は庶民の文化にも浸透していきました。浮世絵や草双紙、瓦版などが次々に生まれ、紙が“娯楽”の道具にもなったんです。
 寺子屋の普及で読み書きが広まりましたね。昭和でも「読み書きそろばん」という言葉が当たり前に使われていました。紙は教育の基盤でもあり、人々の学びを支える存在でした。
 明治時代では、西洋の活版印刷が日本にも導入されます。新聞や雑誌の発行が活発になり、情報が一気に社会の隅々まで届くようになりました。紙が、時代の知識や思想を運ぶ“メディア”になった瞬間です。

 そんな印刷の歴史の中で、私にとって一番印象に残っているのは「ガリ版印刷」ですね。小学校の頃、学級新聞やプリントを作るときに、鉄筆で専用紙をガリガリ削っていたあの音。印刷の時に漂う独特のインクの匂い。一枚一枚、手で印刷していた記憶は今でも鮮やかに覚えています。
 ガリ版印刷機の原型はエジソンが発明した「ミメオグラフ」。それを日本で改良し、堀井新治郎さん父子が「謄写版」として発明したそうです。大正時代には多色刷りも研究され、宮沢賢治もこの技術に関わっていたとか。あの時代の人々の創意工夫が、いまの私たちの印刷文化につながっているんですね。
●複写機とデジタル化の時代
 20世紀に入ると、紙文化は新しいステージへ進みます。特に“複写機”の登場は、紙の使い方を大きく変えました。1950年代、アメリカのゼロックスが開発した乾式複写技術が日本にも伝わり、あっという間に広まりました。
 ガリ版は姿を消し、オフィスや学校、役所などで複写機が当たり前のように使われるようになります。
日本企業も負けていません。リコーさん、富士ゼロックス(現・富士フイルムビジネスイノベーション)さん、キヤノンさんなど、どの会社も世界市場で高い評価を受ける製品を生み出しました。紙をコピーすることで、情報の共有が一気に加速。効率が上がり、ビジネスのスピードも格段に変わりましたね。
 今ではPCやスマートフォンでPDFを共有するのが当たり前ですが、その原点はここにあったのだと思います。PCとプリンターが普及すると、誰でも自分で文書を作って印刷できる時代になりました。紙は“記録するもの”から“伝えるための出力手段”へと役割を変えて来たと思います。
●紙と記憶、そして感性
 「紙に書くと、記憶に残る」とよく言われますよね。実際、手書きのメモは脳を刺激して理解を深めるという研究結果もあるようです。ペン先が紙を走る感覚、インクが染みていく音。それだけで、頭の中が整理される気がします。私もミーティングのときは、万年筆でメモを取るようにしています。

 デジタルメモの方が共有したり使い道は広がったり、と分かっていても手で書くと不思議と記憶が残るんです。文字だけでなく、聞いたことを図にしたり矢印を入れたりするだけでいろんな情報がその一枚の紙に入ってきます。ただ、書き間違えたり、漢字が出てこなかったりして少し落ち込みますけどね(笑)。
 でも、紙の質感や匂い、ページをめくる音には、デジタルにはない“ぬくもり”があります。それはきっと、紙が時間とともに少しずつ変化していく素材だから。人と同じように、紙にも「歳月」が刻まれていくんですよね。
●紙文化の現在とこれから
 紙の世界で一番変わったのは、やっぱり“本”だと思います。私はアニメが好きで、コミックをよく読むのですが、昔は単行本を本棚にずらっと並べていたのが、今ではiPadで読むのが当たり前になりました。ただ、紙のページをめくるときの指先の感触や、インクの匂いは、電子書籍では味わえないものがあります。
 新聞や雑誌も、速報はデジタル、詳細は新聞や、週刊誌を紙で購入して読むという使い分けが定着しました。スピードと深み、それぞれの良さがあるんですよね。紙が電子化されても、メディアそのものがなくなることはないと思います。

 確かに電子契約やクラウドの普及で、紙の使用量は減っています。でも、日本ではいまも紙への信頼が根強く残っています。契約書や学校の教材など、“実物”がある安心感は、デジタルではまだ完全に置き換えられないのだと思います。
 その一方で、環境問題との関わりも無視できません。森林資源を守りながら、リサイクル技術を高めていくことが、これからの紙文化には欠かせません。伝統的な和紙づくりも、エコの観点から世界で再評価されているそうです。
 日本の紙文化は、1000年以上に渡って人々の暮らしと心に寄り添ってきました。和紙の美しさ、印刷技術の発展、複写機による効率化、そしてデジタルとの融合。そのどれもが、時代を超えて受け継がれてきた“日本の手仕事の精神”を体現しています。
 これからも紙は、単なる物質ではなく、人の思いや文化、そして技術をつなぐ架け橋として、静かに、でも確かに進化し続けるのだと思います。これからも紙とデジタルの両方に触れていきたいと思います。ぜひ、皆さんもその魅力を感じてみてください。
 かたじけない。(崖っぷちのドミノ)
■Profile
崖っぷちのドミノ
1960年3月生まれ。現在64歳で会社員人生はあとわずかの管理職です。部下の多くは女子で娘が大勢いる感じ。中学、高校とブラスバンドでパーカッション担当。その時代の当たり前の流れで同級生とバンド結成し、大学、社会人1年生ぐらいまで活動したドラマー。就職は独立系ソフト会社に入社。その後、気づいたら汎用機の開発技術者を13年間経験、その後、今の会社に入社。
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